頭部打撲のPECARNルールにおける「保護者の希望」に思うこと。

子どもが頭を打ったとき、頭部CTを撮るかどうかについて、有名な基準があります。
それが、PECARNルールです。

PECARNルールについては、以前書いたことがあります。

小児の頭部外傷の指標。PECARNとCATCHとCHALICEのまとめ。

2017年6月7日

PECARNルールは、”外傷性脳損傷の中間リスクを持つ児に対して「保護者の希望」で頭部CTを撮る“とあります。

この「保護者の希望」
いわゆるコンシューマリズム。
これが、すごく腑に落ちないと以前から思っていました。

今回、軽症頭部打撲に対する頭部CT撮影と共有意思決定についての論文を紹介します。

PECARNルールのおさらい

頭部打撲のPECARNルールをおさらいしましょう。
これは2009年LANCET誌に発表されました。
2009年といえば、私が医師になった年です。

Identification of children at very low risk of clinically-important brain injuries after head trauma: a prospective cohort study. Lancet. 2009; 374: 1160-70.

(A) 2歳未満

1.      GCS15点未満(筆者はJCS1-2で母親が児の状態に違和感を持つ、またはJCS3以上で有意としている)。

2.      いつもと精神状態が違う(興奮、傾眠、同じ質問ばかりする、反応が鈍い)。

3.      頭蓋骨に触って分かるような骨折がある。

4.      後頭部、頭頂部、側頭部の頭皮に血腫(たんこぶ)がある。

5.      5秒以上意識がなかった。

6.      外傷機転が重度(90cm以上の落下だと重度な外傷機転である)。

7.      親の命令に正しく行動できない。

(B) 2歳以上

1.      GCS15点未満(筆者はJCS1-2で母親が児の状態に違和感を持つ、またはJCS3以上で有意としている)。

2.      いつもと精神状態が違う(興奮、傾眠、同じ質問ばかりする、反応が鈍い)。

3.      頭蓋底骨折の徴候がある。

4.      意識がなかった。

5.      嘔吐した。

6.      外傷機転が重度(150cm以上の落下だと重度な外傷機転である)。

7.      強い頭痛がある。

このうち、1-3はハイリスクで、どれか1つでも該当すれば2歳未満では4.4%、2歳以上では4.3%が外傷性脳損傷を持つとされます。
ハイリスクでは、頭部CTを撮影すべきです。

4-7は中間リスクとされ、どれか1つでも該当すれば2歳未満では0.9%、2歳以上では0.8%が外傷性脳損傷を持つとされます。
中間リスクでは、主治医の経験や、症状の悪化、そして「保護者の希望」で頭部CTを決定します。

いずれも満たさないときは低リスクとされ、外傷性脳損傷を持つ確率は2歳未満では0.02%未満、2歳以上では0.05%未満です。
低リスクでは、頭部CTは基本的に必要ありません(虐待は除く)。

中間リスクにおける「保護者の希望」

たとえば1歳2か月の子どもが、ベビーベッドから転落しました。
すぐに泣きました。
現在は母親を認識できています。
ベビーベッドの高さは60cmです。
側頭部にたんこぶができています。

このケースは(A)2歳未満の、4を満たしています。
つまり、中間リスクです。
外傷性脳損傷のリスクは0.9%となります。

「お子さんの脳損傷の確率は、0.9%です。頭部CTを撮影しますか?」

この質問に、どれだけの意味があるのでしょうか。
頭部CTの決定に「保護者の希望」があるとはいえ、保護者にその判断を委ねるのは医療のプロフェッショナルとしてどうなのでしょうか。

軽症頭部打撲に対する頭部CT撮影と共有意思決定

そこで、今回の論文です。
Effect of the Head Computed Tomography Choice Decision Aid in Parents of Children With Minor Head Trauma: A Cluster Randomized Trial. JAMA Netw Open. 2018; 1: e182430.

嬉しいことに、全文無料です。
さっそく読んでみましょう。

序文

PECARNルールは、外傷性脳損傷中間リスクに対する指針をほとんど与えていません。
本研究は、中間リスクの小児の保護者を対象に、意思決定支援ツールと通常のケアを比較しました。

方法

クラスター無作為化試験です。
2014年4月から2016年9月、アメリカの7つの救急外来で実施されました。

結果

中間リスクの子どもは971人で、意思決定支援群493人、通常ケア群478人に分けられました。
意思決定支援群の保護者は、通常ケア群と比較して、頭部外傷に関する知識が豊富であり、医師との意思決定の対立が少なくなりました。
また受傷7日間の医療ケアの頻度が減りました。

いっぽうで、頭部CTの実施率に有意差ありませんでした(決定支援群22% vs 通常ケア群24%)。

「保護者の希望」に思うこと

中間リスクでの頭部CT撮影率が22-24%というのは、日本よりずっと少ないと考えられます。
これは、米国では頭部CTに「コスト」がかかるため、撮影率が低く抑えられたのでしょう。

多くの自治体で、子どもの医療費が無料となっている日本において、CTのデメリットは被爆だけです。
それはもちろん重要なデメリットですが、0.8-0.9%という確率の脳損傷を早期発見できるというメリットと天秤にかけると、判断が難しいです。

これを「保護者の希望」で決めるのは、やはり医師としての矜持に欠けると私は思います。
患者の意思決定に、医師のアドバイスはあるべきです。

ただ、意思決定支援を行っても、頭部CTの実施率に差がなかったという結果をどう解釈しましょう。
ちなみに意思決定支援群では、CTを撮影するメリット、デメリットについて、分かりやすいビデオデモが使用されたようです。

私は、この意思決定支援には「主治医自身が、0.8-0.9%という確率の脳損傷リスクと、被曝リスクとをどう考えているか」が反映されていないように思いました。
Shared Decision-makingには、医師と患者が互いに「相手は何が重要だと考えているか」を理解しようとする姿勢が大切です。

Shared Decision-makingについては、こちらに書きました。

小児科における意思決定の特殊性。Shared Decision-makingの問題点。

2018年3月28日

私は、0.8-0.9%という確率を「決して無視できない」と考えています。
だから、中間リスクにおいても、基本的には頭部CTを撮影する意義があると考えています。

医師と患者が互いに「相手は何が重要だと考えているか」を理解しようとしつつ、CTを撮るかどうかを決定したのであれば、「保護者の希望でCTを撮影した」というカルテにはならないだろうと思います。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。