食物経口負荷試験による死亡事故で感じたこと。

アメリカ、アラバマ小児病院で、3歳の男の子が食物経口負荷試験中にアナフィラキシーショックで亡くなられました。

このショッキングな事件を受けて、食物経口負荷試験について考えてみます。

死亡事故の概要

経口負荷試験中の死亡事故に関するニュースはこちらで読めます。

「baked milk(十分に加熱した牛乳)での経口負荷試験中に、3歳の男の子が重篤な反応で死亡した」という見出しです。

記事内容を訳してみます。

アラバマ州の3歳の男の子が重篤なアナフィラキシー反応で悲劇的に死亡しました。
その男の子は複数のアレルギーを持っており、その中には牛乳アレルギーと喘息がありました。

baked milkを含んだ食品を食べられるかどうか確認する経口負荷試験で、アナフィラキシーの症状が起きました。
彼は2017年7月30日に亡くなりました。
バーミンガムのアラバマ小児病院でこの負荷試験は行われました。

両親は悲しみつつも8月2日に葬式を行い、そこで母親は声明を出す予定です。
母はこう言います。「私は自分の息子のことを皆さんに可能な限り正確に知って欲しいです。負荷試験で死亡するということは今までになかったことだと聞いています。私はこの可能性について警告されていませんでした」と。

この死亡事故に際して、家族はこの8月に4歳になる予定だった息子を「スーパーヒーロー」と呼んでいます。
家族は言います。「息子は小児喘息とアレルギーと言う最強の敵に対して不断な聖戦を挑み、そして死んでしまった」と。
「息子は家族だけでなく、尊敬する仲間や小さなきょうだいたちをも残して死んでしまった」と。

乳アレルギーがどの程度寛解し、どの程度の食事ができるかを知るために、よく管理されたbaked milk負荷試験が行われます。
適切なアレルギーリスク評価がされた経口負荷試験は、良い実績を残しています。
そのため、今回の悲劇はアレルギー専門医の中でも大きなショックになっています。

家族は喘息の子どものために開かれる夏の「喘息キャンプ」に対して、献花の代わりにこの男の子の名前での寄付を申し出ているようです。

経口負荷試験の死亡事故のニュースを読んで

私も月に10件近く、食物経口負荷試験をしています。
2017年8月は14人の経口負荷試験(入院で12人、外来で2人)をしました。

経口負荷試験を日常業務として行っている私にとって、今回の死亡事故はとてもショッキングなニュースでした。
このニュースを受けて私が考えさせられたのは次の4点です。

  • 事故の詳細な状況
  • 喘息の状態について
  • baked milkについて
  • 今後の食物経口負荷試験のありかた

まず、今回のケースで、今までのアナフィラキシーの既往はどうだったか、RASTの推移はどうであったのか、負荷試験のスケジュールはどうであったのかなど、詳しく知りたいと思います。

それと併せて、児の喘息のコントロールがどうであったかも知りたいです。
コントロールされていない喘息は、アナフィラキシー時の呼吸不全リスクを高めます。

次に、baked milkによる負荷試験の有用性も知りたいと感じます。
baked milkとは、「オーブンで焼いたミルク」という意味です。
クッキーを焼くイメージであるなら、170℃で10-15分くらいでしょうか。

私が敬愛している小児アレルギー医の先生のブログで「baked milk」と検索したところ「180℃で30分加熱」という論文が見つかりました。
(参考:乳経口免疫療法が失敗した群では、baked milkでも経口免疫療法の成功率が低い)

私はお菓子作りの経験がないのですが、180℃で30分って真っ黒焦げにならないのか心配です。
また、これで牛乳の抗原性がどれくらい減るのかも不明です。
これは、これから明らかにすべき課題でしょう。

そして最後に、今後の食物経口負荷試験のありかたについて考えさせられました。
私は経口負荷試験をどう扱えばいいのでしょうか。

経口負荷試験を安全に行うために

今回の事故を受けて、アメリカとカナダから声明が出ています。
(日本小児アレルギー学会のホームページから読めます)

がんばって訳してみます。

アレルギー医療に取り組んでいる人々はみな、3歳の少年の家族と友人を心配しています。
3歳の少年は今週、一般的な食物経口負荷試験で亡くなりました。
彼の死は悲劇であり、私たちはこの死の恐ろしさを想像することさえもできません。

この悲劇の詳細は入手できませんし、家族や関係者全員に遠慮しているわけでもありませんが、今回の事故は一般的な経口負荷試験について言及する重要な機会です。
食物負荷試験に積極的に携わっている人や協会は、この事故に対して強い関心と多くの疑問を持っていることと思います。
そこでアメリカやカナダのアレルギー協会は今回の声明を準備してきました。

今回の事故は、食物負荷試験に携わるすべての人が、自施設の負荷試験の手順や準備、人材配置、管理などを見なおすきっかけだと考えるべきです。
そして食物負荷試験のプロトコールはアレルギー学的・免疫学的にもっとも安全な方法でなければなりません。

食物経口負荷試験は、アレルギーと診断するための試験として数十年にわたって行われ続けました。
今回の事故は、食物負荷試験に関連した初めての死亡事故です。
たった一つの死亡でさえももうたくさんでありますが、それでも食物経口負荷試験はアレルギーと診断するためのゴールデンスタンダードであると考えています。
アレルギー専門医として、われわれはアレルギーの可能性があるときはこの経口負荷試験を用います。
またアレルギーが寛解したかどうかを調べるためにも、われわれはこの経口負荷試験を用います。

食物アレルギーは子どもの約8%にあります。
アレルギー反応が起きれば、その重症度に関しては予測できません。
非常にまれではありますが、食物アレルギーで亡くなることもあります。
このため、食物アレルギーの基本的な対応は、厳格な除去やエピペンの所持、エピペンをいつでも使えるようにしておくこと、その打ち方や打つタイミングをしっかえり知っておくことです。

食物アレルギーの診断は単純ではありませんが、適切な診断がとても重要です。
避けるべき食物を正確に知る必要があります。
また、アレルギーではない食物についても知る必要があり、不要な食物除去を避けなければなりません。

プリックテストや特異的IgE抗体検査は食物アレルギーの診断を助けます。
しかし、不幸なことに、それらは完全ではなく、適切な評価が必要です。
アレルギー専門医は食物経口負荷試験に対する特別な訓練と経験を積み、正しい手順で負荷試験を行います。

食物負荷試験は以下の場合でのみ実施され、可能な限り安全を保障しなければなりません。

  • 食物経口負荷試験は、食物アレルギーやアナフィラキシーについて十分な知識と経験を持った者によって、確立した手法に従ってなされます。
  • 十分な知識と経験をもったスタッフによって管理された食事を提供でき、患者のすぐそばに専任の看護師や医療者が待機でき、アレルギー反応が出たときにはすぐに対応でき、負荷試験後も十分に観察できるような施設で行われます。救急蘇生装置は必要な時に利用できなければなりません。
  • 負荷試験のリスクとメリットについて、負荷試験を行う前に、親や介護者に対して、文書によるインフォームドコンセントを行わなければなりません。そして危険性については理解されなければなりません。
  • 負荷試験の結果について、患者に説明しなければなりません。

食物経口負荷試験を行うかどうか判断する基準はたくさんあります。
もし喘息のコントロールがうまくいっていなかったり、喘息発作が起きていたり、最近または現在かぜをひいていたりする場合は、負荷試験はキャンセルすべきです。
これらは負荷試験のリスクを増やします。

アレルギーが寛解しているという確証があるケースのように、「これは絶対大丈夫」という状況でのみ負荷試験を行うというのは実践的とは言えません。
しかしアレルギーが不確かであるために、アレルギー反応を起こさせる目的で負荷試験を行うことは反対します。
負荷試験はリスクのある検査ではありますが、アレルギー免疫療法(例えば免疫療法としての皮下注射)を超えるリスクはあってはいけません。
負荷試験を実施するものは、負荷試験のリスクを十分に理解し、すべての患者においてそのリスクとメリットを考えなければなりません。

まとめ

食物経口負荷試験はアレルギーの診断においてとても大事な検査ではありますが、安全性を十分に確保しなければなりません。

そのためには、十分な知識と経験をもったアレルギー専門医が、十分な設備とスタッフをそろえたアレルギー専門施設で実施しなければなりません。

アレルギー反応を起こさせるつもりでの食物経口負荷試験は推奨されません。
負荷試験の性格上、アレルギー反応が起きないことを保証することはできませんが、それでもアレルギー反応が起きないような閾値を設定し、負荷試験を計画しなければなりません。

食物アレルギーで論文を書こうと思うと、ゴールデンスタンダードである経口負荷試験が必須となってきます。
ですが、論文を書くために負荷試験をするというのは本末転倒です。
(その研究が未来の子どもをどれほど救おうとも、今の子どもを犠牲にしてはいけないと私は思います)
少なくても、画一的な負荷試験プロトコールに対しては慎重になるべきでしょう。

今回の死亡事故は、食物アレルギーの診断において、食物経口負荷試験の地位を揺るがすものではありません。
私自身、今回の死亡事故を受けて、食物負荷試験を控えようとは考えていません。
食物経口負荷試験は、食物アレルギー診断・診療において、本幹と言うべき大切な試験です。

ですが、今一度、自施設のプロトコールを見なおし、安全性を再確認すべきだと思いました。

 

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    小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。