O157と溶血性尿毒症症候群を小児科医が考える。

2017年8月、埼玉と群馬でポテトサラダを食べた人が病原性大腸菌O157に感染しています。

今回は、O157と溶血性尿毒症症候群について書きます。

医師国家試験におけるO157と溶血性尿毒症症候群

2歳の女児。
4日前から続く発熱、下痢および血便を主訴に来院した。
前日から尿回数が減少しており、今朝から排尿を認めない。
(中略)
眼瞼と下腿前面とに浮腫を認める。
顔面と前胸部とに出血斑を認める。
(中略)

第104回医師国家試験

 

7歳の男児。
腹痛、下痢および顔色不良を主訴に母親に連れられて来院した。
4日前から下痢が始まり、昨晩から腹痛を伴う血便が認められた。
今朝から排尿がないのに気付かれ受診した。
7日前に家族で焼肉を食べに行った。
母親、父親および兄も軽い下痢を呈している。
(中略)

第109回医師国家試験

これが典型的なO157食中毒から溶血性尿毒症症候群にいたる症例です。

幼児から学童くらいの子どもが、下痢と腹痛ではじまって、やがて便に血が混じるようになります。
さらに、おしっこが出なくなって体がむくみ始めたり、体に紫斑(出血斑)が出たり、貧血になって顔色が悪くなることもあります。

それらをふまえて、もう1問見てみましょう。

4歳の男児。
5日前から続く強い腹痛と血便とを主訴に来院した。
昨日から尿量が減少したという。
体温38.2℃。
脈拍120/分、整。血圧120/86mmHg。呼吸数18/分。SpO2 96%(room air)。
顔面は蒼白である。
眼球結膜に軽度の黄染を認める。
前脛骨部にpitting edemaを認める。
尿所見:蛋白3+、糖(-)、沈渣に赤血球多数/1視野。
血液所見:赤血球298万、Hb 7.0g/dL、Ht 23%、白血球23,000(桿状核好中球8%、分葉核好中球55%、単球7%、リンパ球30%)、血小板5万末梢血塗抹標本で破砕赤血球を認める
血液生化学所見:尿素窒素40mg/dL、クレアチニン1.1mg/dL(基準0.2~0.4)、総ビリルビン3.5mg/dL、AST 45IU/L、ALT 16IU/L、Na 128mEq/LK 5.5mEq/L、Cl 97mEq/L。

保護者への説明で適切なのはどれか。3つ選べ

a「抗菌薬が有効です」
b「まず、点滴で治療を開始します」
c「脳に障害が出ることがあります」
d「病原菌のつくる毒素が原因です」
e「ほとんどの患者さんには透析が必要になります」

第106回医師国家試験

血便と腹痛、おしっこが出なくなるというのは、最初の2問と同じです。

血圧120/86は高血圧です。
米国小児高血圧ガイドラインで4歳の血圧99パーセンタイルが118/77で、拡張期血圧がそれより5以上上回っていますから、stage2(重症といっていいでしょう)の高血圧です。

顔色が蒼白なのは、脱水のせいかもしれませんし、貧血のせいかもしれません。

目に黄疸があるのは、溶血性貧血があるのでしょう。
赤血球が壊れると、ビリルビンという黄色い色素になるのです。

浮腫があって、血尿があるのは腎不全の徴候です。
高血圧であるのも腎不全のせいでしょう。

採血でも貧血や血小板減少、溶血所見、腎機能低下所見が見られます。

答えについては、後述することにします。
O157と溶血性尿毒症症候群について、さらに詳しく見ていきましょう。

O157について

O157は、志賀毒素産生性大腸菌(STEC)の代表格です。

日本の細菌学者・医学者である志賀 潔(しが きよし)先生は赤痢菌を発見しました。
その後、赤痢菌は毒素を産生することが分かり、その毒素は「志賀毒素」と呼ばれました。

O157が出す毒素は「ベロ毒素」や「志賀様毒素」と呼ばれていた時代もありましたが、志賀先が発見した赤痢菌の毒素とほぼ同一であることが分かり、今では「志賀毒素」と呼ばれます。
日本人の名前を冠する毒素は他に聞いたことがありませんので、志賀先生の偉大さをあらためて感じます。

O157による食中毒の原因は、加熱不足のハンバーガーや、レタス、ほうれん草、サラミ、焼肉、低温殺菌されていない乳製品などが挙げられますが、それ以外の報告例もたくさんあり、「これに気をつければ大丈夫」というものではありません。

志賀毒素産生性大腸菌(STEC)に感染した場合、症状は様々です。
ネルソン小児科学によると、無症状である場合、軽症の下痢である場合、重度の出血性大腸炎を発症する場合について書いてあります。

胃腸症状の特徴は、初期には水様性であるが2-3日以内に線状または著しい血性に移行する下痢を伴った腹痛である。

ネルソン小児科学

重症化しやすいのはやはり子どもです。
ネルソンによれば、生後6か月から10歳の小児で重症化例が多いようです。
(高齢者でも報告例はあります)

O157が重症化すると、溶血性尿毒症症候群という状態になります。

溶血性尿毒症症候群について

STECによる出血性大腸炎を呈した小児の5-10%では、急性腎不全、血小板減少症および微小血管性溶血性貧血を特徴とする溶血性尿毒症症候群(HUS)などの全身性合併症を数日のうちに発症する。

ネルソン小児科学

O157が出す志賀毒素は、血管の壁にダメージを与えます。
(これを血管内皮細胞の障害といいます)

怪我をしてもかさぶたができてすぐに血が止まるように、血管はダメージを受けると血栓を作るようになっています。
志賀毒素によってダメージを受けた血管は、たくさんの血栓を作ります。
血栓を作るために血小板が消費され、血小板減少がおきます。

また、血栓だらけの狭くなった血管を無理やり赤血球が通ろうとすると、赤血球は強く変形し、やがて壊れます。
この物理的に壊された赤血球が「破砕赤血球」です。
赤血球が壊れて減っていくことを「溶血性貧血」といいます。

また志賀毒素は腎尿細管細胞も障害するので、急性腎不全となります。

血小板減少、溶血性貧血、急性腎不全の3つがそろうと、溶血性尿毒症症候群といいます。

溶血性尿毒症症候群の診断・治療ガイドラインによると、診断は次になります。
次の3つをすべて満たすと溶血性尿毒症症候群と診断します。

  • 溶血性貧血:破砕赤血球を伴う貧血でHb10g/dL未満
  • 血小板減少:血小板15万/μL未満
  • 急性腎不全:血清クレアチニン値が年齢・性別基準値の1.5倍以上

治療と予後

O157感染であっても、溶血性尿毒症症候群(HUS)に至らず、下痢だけがメインであるならば、適切な輸液療法で治癒します。

抗生物質を使うかどうかについて、ネルソン小児科学では次の記載があります。

志賀毒性産生性大腸菌感染症に対する治療においては、特に厄介なジレンマがある。
それは多くの抗菌薬が毒素産生や毒素放出を伴うファージ媒介性溶菌を引き起こすおそれがある、というものである。
抗菌薬はHUS発症のリスクを増大させる可能性があるため、志賀毒性産生性大腸菌感染症に使用してはならない。

ネルソン小児科学

つまり、O157感染は脱水に気をつけつつ、抗生剤を使わずに様子を見ていれば、自然に治ることが多いです。

ですが、腸炎が重症化し、HUSに至れば厳格な治療が必要です。
輸液や利尿剤で体の水分や電解質を調整します。
高血圧に対するコントロールも大切です。

溶血性貧血に対して赤血球輸血をする場合もあります。
いっぽうで血小板減少に対しては、血小板輸血をすると血栓がさらに悪化する場合があるので、原則として行いません。

利尿剤でも尿が出ず、体の水分も電解質もコントロールできないときは、透析します。
ネルソン小児科学によると、溶血性尿毒症症候群(HUS)の患者の半数が透析を必要とするようです。
O157感染で出血性大腸炎を起こした子どもの5-10%がHUSになり、そのうちの半分が透析になるのであれば、出血性大腸炎を起こした子どもの2.5-5%が透析になると考えてよいでしょう。

もし溶血性尿毒症症候群に至ったとしても、死亡する確率は5%未満とされます。
ほとんどの場合、腎機能は完全に回復します。
(いずれもネルソン小児科学より)

O157による脳症

私が経験したO157感染症は、けいれんもしました。
いわゆる脳症です。

志賀毒素による脳血管内皮障害や、HUSの腎障害による高血圧、低Na血症、尿毒症の影響で、脳症が生じることがあります。

脳症は5-10病日に発症することが多いです。
(HUS発症時または少し遅れます)

O157の次に多い志賀毒性産生性大腸菌としてO111がありますが、2011年富山県のO111集団感染ではHUS発症率55.6%、脳症発症率44.4%でした。
頭痛、傾眠、不穏などが脳症のサインとして注意です。

まとめ

O157と溶血性尿毒症症候群について書きました。

私が経験したのはO157感染から溶血性尿毒症症候群になり、脳症に至った1例のみです。
やはり夏のことだったと思います。
夏場は食中毒が増えます。

この話を当院の元院長の酒井先生と話をしていたら、丹波市でもO157が流行した夏が以前にあって、8月はO157の対応に追われ続け、夏休みを取れなかったということでした。

確かに、O157感染は急変することがあるので、昼も夜も休日も祝日も常に病院に行ける状態にしておかなければなりません。

ちなみに、序盤の問題の答えですが、aの抗菌薬は使用すべきではありません。
eの透析療法も半数で要しますが「ほとんど」は言いすぎです。

したがって、答えはb,c,dとなります。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。