百日咳の4つのステージ。新ガイドラインによる百日咳診断の変遷。

この記事は2017年1月13日に書かれました。
小児呼吸器感染症ガイドライン2017で百日咳診療が大きく変わりましたので、2017年3月7日にリライトしました。
診療変更のきっかけとなった、百日咳LAMP法については、こちらの記事を参考にしてください。

百日咳の検査。小児呼吸器感染症ガイドライン2017と百日咳LAMP法。

2017年3月7日

この記事では、百日咳の症状・診断・治療について細かく書きます。
そして、古いガイドライン(咳嗽に関するガイドライン第2版)による診断の問題点を明らかにし、新しいガイドライン(小児呼吸器感染症ガイドライン2017)の優位性を述べます。

百日咳の疫学

百日咳は世界で年間6000万人発生し、死亡例50万人を超えます。

ワクチンを導入されるまでは、アメリカの14歳未満の感染症の中でもっとも多いのが百日咳で、年間1万人かかっていたようです。

百日咳ワクチンが三種混合ワクチンとして1968年から日本でも広く使われるようになり、百日咳にかかる人はずいぶん減りました。
それでも、おとなを中心に百日咳にかかる人は依然として多いです。
いくつかの研究では、7日を超えて咳が続く青少年およびおとなの13~32%が百日咳だったと報告しています。

おとなからうつされるという形で子どもの百日咳も依然として多いです。
ワクチンの普及にも関わらず、日本でも2006年から百日咳にかかる子どもは増えてきています。

百日咳の症状

百日咳は症状がとても長い病気です。
100日ずっと咳が出ることはあまりありませんが、60日くらいは強い咳が出ます。
百日咳の症状は、症状と時期によって、4つのステージに分けられます。

潜伏期

百日咳に接触してから、症状が出るまでを潜伏期といいます。
潜伏期間は3~12日間です。

カタル期

潜伏期のあとに鼻水や鼻づまりが1-2週間続きます。
場合によっては、微熱が出ることもありますが、それほど高い熱は出ません。
「カタル」というのは、感染に伴って鼻水や痰が出ることです。

カタル期の症状は、ふつうの「かぜ」とまったく見分けがつきません。
しかし体の中で百日咳菌がどんどん増えていっているステージです。
この百日咳菌は次第に「百日咳毒素」というものを体内に放出し始めます。

痙咳期(けいがいき)

百日咳毒素によって、声門が攣縮し、発作性の咳が出る期間です。
百日咳の経過の中で、もっともしんどい期間がこの痙咳期です。
痙咳期は2~6週間続きます。

痙咳期になると、一見元気で正常に見える子どもが、些細な刺激で突然不穏な状態になって、お父さんやお母さんを強くつかみ、息もつかずに機関銃のような途切れなく続く連続した咳をします。
舌は最大限に突出し、眼からは涙が出て、顔色は紫色になることがあります。
咳き込んでミルクを嘔吐してしまうこともあります。

そして咳が止まると、息を吸いこむときに、のどから「ひー!」という音が出ます。
この音を医学用語では「whoop(フープ)」と言います。

回復期

痙咳期の症状が弱まってくるのが回復期です。
咳の頻度は2週間以上かけて治まっていきます。

ステージのまとめ

潜伏期が1週間、カタル期が2週間、痙咳期が6週間、回復期が2週間という経過が多いです。
百日咳らしさ、いわゆる発作性の咳があるのは、痙咳期と回復期の合計8週間、約60日間となります。
そのため、私は「百日咳は症状が長いです。さすがに100日続くことはないですが、60日間はしんどいです。60日咳と言ったほうがいいかもしれませんね」と説明することもあります。

百日咳の新しい診断基準

2016年11月に「小児呼吸器感染症ガイドライン2017」が発刊され、百日咳の診断は大きく変わりました。
2017年3月時点での百日咳の診断は、次の通りになります。

  1. 咳がある(1歳未満では期間の限定はなし。1歳以上では1週間以上)。
  2. 吸気性笛声(息を吸う時に笛のようなヒューという音が出る:whooping)。
  3. 発作性の連続性の咳き込み(スタッカート様咳嗽)。
  4. 咳き込み後の嘔吐。
  5. 無呼吸発作(チアノーゼの有無は問わない)。

1があり、かつ2~5のうちの1つがあり、かつ百日咳LAMP法が陽性であれば、百日咳と診断されます。

百日咳LAMP法でなくても、百日咳培養や百日咳IgMまたは百日咳IgA、百日咳毒素抗体でも診断は可能ですが、現在の百日咳診療における第一選択は百日咳LAMP法であることは間違いないと思います。

この新しい診断基準は、2016年11月1日から保険適応となった百日咳LAMP法によるものです。

2016年10月までの百日咳診断は以下のような診断でした。

日本呼吸器学会の「咳嗽に関するガイドライン第2版」によると、14日以上続く咳に加え、発作性の咳き込み、またはwhoop、または咳き込み嘔吐のいずれかを認めれば臨床的に百日咳と診断していました。
同じ内容がネルソン小児科にも書かれてますので、世界基準でした。
臨床的百日咳というのは、「症状からは百日咳が強く疑われる」という意味です。

ここから百日咳の診断をするためには、喉の菌をシャーレにとって培養するという方法や遺伝子検査がありますが、シャーレは特殊な培地が必要で、かつ検出率が低いという問題があり、LAMP法などの遺伝子検査は2016年10月までは保険適応外でした。

したがって2016年10月までは、百日咳を確定診断するもっとも一般的な方法は、百日咳毒素に対する抗体を調べる方法でした。
しかしこの方法も、抗体の上昇には発症から14日以上の期間が必要で、早期診断にはなかなか使えません。
また百日咳ワクチンを接種していると抗体価が上昇し分かりにくくなるという面があります。

以上のことから、百日咳の診断はきわめて難しいものでした。

旧診断基準における百日咳症例の検討

自験例ですが、明石医療センターにおいて、2013年7月から2016年6月までの3年間で、旧診断基準における臨床的百日咳は32例、そのうち確定百日咳は9例でした。

百日咳の確定診断がついた子どもは、発症から16日目から50日目に採血されており、中間値は24日目でした。
検査結果が出るには7日必要ですので、百日咳の確定診断がされるには、発症から約1か月たっていました。

発症から1か月もたっていれば、もうカタル期も終わっており、体中に百日咳毒素が回っています。
ここから抗生剤治療をしても、痙咳期を短くすることはできません。

もしこのとき百日咳LAMP法があったなら、もっと早期に診断し、早期治療でき、痙咳期を短くすることができたかもしれません。

百日咳LAMP法によって、百日咳は早期診断・早期治療の時代を迎えます。
これにより、百日咳の予後は大きく変わるかもしれません。

百日咳の鑑別疾患

またまた自験例ですが、旧診断基準における臨床的百日咳は32例の最終診断をグラフにしてみます。

旧基準での臨床的百日咳は14日以上続く咳に加え、発作性の咳き込み、またはwhoop、または咳き込み嘔吐です。

2週間以上咳が続いて、発作性に咳き込む疾患としては、百日咳以外にもクラミジアやマイコプラズマもあります。

喉頭血管腫も1例ありました。
耳鼻科の先生にファイバーでのどを覗いてもらって見つけました。
他にもここにはありませんが、ピーナッツなどの誤嚥も強い咳こみが長く続く原因になります。

百日咳の入院適応

生後3か月未満の百日咳は重症化しやすいので基本的に入院です。

生後3か月~6か月の児は、普段の半分も飲めない時、咳が45秒以上続くとき、咳き込んでいるとき顔色が紫になるときなどは入院を考えます。
または、心臓、肺、筋肉、神経に障害を持っている場合も入院がのぞましいです。

百日咳は、咳き込んで吐いてしまいます。
ミルクを飲ませるコツは、落ち着いているときよりも、発作性の咳が出た後に飲ませる方が吐きにくいとネルソン小児科に書いてありますので、試してみる価値はあります。

百日咳の一般的な治療

マクロライド系の抗生剤が百日咳には有効です。
マクロライド系の抗生剤とその投与期間は、エリスロマイシンで14日間、クラリスロマイシンで7日間、アジスロマイシンで5日間です。
1か月未満のエリスロマイシンは肥厚性幽門狭窄症のリスクが上昇するため、他の薬を選択します。
また、百日咳に対してアジスロマイシンは保健適応外ですので、通常選択されません。

ただし、百日咳が痙咳期に至ると、咳の原因は百日咳そのものというより、百日咳毒素によるものがメインとなります。
痙咳期に百日咳をやっつけても、体に毒素は残るので、咳はあまり改善しません。

したがって、百日咳にかかってしまったら、毒素が体から抜けるまでの約60日間、ひたすら耐えるということになります。
咳き込み嘔吐などで脱水にならないように気をつければ、長い期間はかかりますが、そのうち治ります。

百日咳に抗生剤は有効か

マクロライド系の抗生剤を投与することで、周囲に百日咳をうつさなくなりますので、抗生剤投与は大事です。

もし、潜伏期やカタル期にマクロライドの薬を投与できれば症状改善につながるかもしれません。
しかし、潜伏期やカタル期で百日咳と診断することはほぼ不可能なのが現状です。
たとえばお兄ちゃんが百日咳になって、弟も咳や鼻が出始めたときは、百日咳を疑って抗生剤を飲むと、咳の期間を短くできるかもしれません。

百日咳の重症時の治療

生後3か月未満や基礎疾患がある子どもでは重症化しやすく、人工呼吸管理が必要になることもあります。
ガンマグロブリン投与が有効という報告もありますが、明らかではありません。

予防

百日咳を予防するには、ワクチンと隔離が大切です。

百日咳ワクチンの歴史

  • 日本の百日咳ワクチンは1940年代後半から開始されました。
  • 1968年に三種混合ワクチンとして広く用いられるようになりました。
  • 1975年に脳炎の問題で不活化ワクチンが中止されたこともあり、接種率が一時的に下がりました。
  • 1981年に成分ワクチンとなり、安全性が高まったとして接種率が上昇しました。
  • 1994年からは定期接種となりました。
  • 2012年から四種混合ワクチンとなりました。

百日咳ワクチンの効果

ワクチンの効果は3~5年で弱まり、12年後には消失してしまいます。
そのため、おとなが百日咳に感染し、そのおとなが周囲に百日咳をばらまいてしまうという事態になっています。

百日咳を撲滅するために

  • アメリカでは19歳以上への三種混合追加接種が行われています。
  • 欧州では小児医療従事者および保育施設従事者への追加接種が推奨されています。
  • 2012年10月、米国予防接種勧告委員会は、妊娠の度に妊婦が三種混合ワクチンの1回の追加接種を受けることを勧告しました。(児への経胎盤移行を期待しています)

日本でも欧米にならって、百日咳ワクチンを大人になってからも接種できるようになるかもしれません。

ワクチン以外の予防

百日咳が臨床診断された場合、抗菌薬投与中の5日間は隔離が必要です。
患者はサージカルマスクをして、周りの人に飛沫感染しないようにします。
ただし、乳児はマスクできないので、周りの人がマスクをするようにします。

アメリカ小児科学会では、百日咳患者との濃厚接触者にエリスロマイシンの予防内服を勧告していますが、わが国では保健適応外です。

まとめ

百日咳は世界中に蔓延し、3か月未満の子どもを死に至らしめる怖い病気ですが、診断は難しく、有効な治療もありません。
子どもが百日咳にかかってしまったら、60日間耐えるということを強いられてしまいます。

百日咳の子どもがどのような経過をたどるのかは、こちらの症例提示を参考にしてください。

百日咳の症例提示。乳児のしつこい咳と百日咳を疑う4つの症状。

2017年1月12日

旧診断では百日咳は診断が難しく、治療が間に合いませんでした。
ですから、百日咳に有効なのは、とにかく予防という時代でした。

2016年11月からは、百日咳LAMP法によって早期診断、早期治療が可能となりました。
百日咳の予後は大きく変わるだろうと考えます。

ですが、乳児の百日咳は死ぬ可能性すらある怖い病気であるという認識はまだ変えるべきではありません。
生後3か月からは四種混合ワクチンが接種できますので必ず受けてください。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。