赤ちゃんが生まれつき、おしりの上に小さな凹みを持っていることが時々あります。
新生児の5%にみられます。
Up to date: Closed spinal dysraphism: Clinical manifestations, diagnosis, and management
新生児の5%ですから、小児科医にとっては結構よく遭遇します。
1年に1000人の赤ちゃんを診ていれば、毎年50人は「おしりの上の凹み」をみます。
ほとんどが「ただ皮膚が凹んでいるだけ」であり、病気ではありません。
ですがごく一部で「closed spinal dysraphism(CSD)」という背骨(脊椎)の中を通る神経(脊髄)に異常があることがあります。
CSDの日本語訳は難しく、日本小児科学会の小児科用語集 第2版では、閉鎖性脊椎神経管閉鎖異常または閉鎖性脊柱管癒合不全になるようです。
12文字熟語なんでとても分かりにくいし読みづらいです。
翻訳サイトも中国語と勘違いしてしまう勢いです。
Up to dateには別名として「spina bifida occulta(潜在性二分脊椎)」と表記されており、こちらのほうが漢字の数が少ないので、私はこっちをよく使います。
ただ、spina bifida occultaはCSDの型の1つだとも書かれており、国際的にも名称はバラバラな印象です。
本記事では「潜在性二分脊椎」で統一します。
長々と書きましたが、「おしりの上の凹み」はほとんど病気じゃないけれど、たまに「潜在性二分脊椎」という神経の病気を合併するから要注意です。
今回は、そんなおしりの上の凹みについて書きます。
このページの目次です。
おしりの上の凹み、そもそも何と呼ぶ?
「おしりの上の凹み」が医学用語ではないことくらい、すぐに分かると思います。
医学用語というのは、先ほどの閉鎖性脊椎神経管閉鎖異常みたいな難しい言葉です。
ですが、「おしりの上の凹み」に該当する、適切な医学用語がありません。
いや、一応あるんですよ。
「おしりの上の凹み」を一般的には「皮膚洞(ひふどう)」と呼びます。
殿部のいわゆる殿裂を開いた部位に認める先天性の陥凹部分のことを、総称して皮膚洞という。
【周産期相談310 お母さんへの回答マニュアル 第3版】p488-489
生まれつきあることから「先天性皮膚洞」と言ったり、腰の骨(仙骨・尾骨)の上にできることが多いことから「仙尾部(せんびぶ)皮膚洞」と言ったりもします。
いっぽうで、「皮膚洞」を別の意味でとらえているケースもあります。
先天性皮膚洞は出生2500-3000人に1人の割合で発生し、仙尾部の小さなsacrococcygeal dimpleとは異なるとされている。
「おしりの上の凹み」とは異なる稀な病態に対して「皮膚洞」という言葉を使っている論文も見られます。
ただ、元論文を見ると「spinal dermal sinuses」すなわち「脊椎皮膚洞」を略して「皮膚洞」と呼んでいることが分かります。
脊椎皮膚洞は「皮膚と背骨がトンネルで繋がってしまっている」状態です。
これは潜在性二分脊椎の一種であり、神経症状が出る可能性があるので、ただの皮膚の凹みではありません。
「脊椎皮膚洞」を略して「皮膚洞」と呼ぶ人がいることで、現場は非常に混乱させられます。
おしりの上の凹みを「皮膚洞」と呼びたいところですが、「皮膚洞」と呼ぶと「脊椎皮膚洞」と勘違いされてしまわないか心配です。
それに「洞」とはトンネルを意味し、トンネルとは何かと何を繋ぐイメージがありますから、ちょっと凹んでいるだけなのに「洞」というのは大袈裟な気もします。
ちなみに、Up to dateには「sacral dimple(仙骨の凹み)」と書かれています。
私も「この子、ディンプルがあるね」と言ってしまうことがあります。
かっこつけて英語で言うと、さらによく分からなくなるので、「おしりの上の凹み」は「おしりの上の凹み」と呼ぶのがもっとも紛らわしくないように私は思います。
本記事では「おしりの上の凹み」で統一します。
どうしても医学用語っぽく言うなら、「皮膚陥凹」と呼ぶのがよいでしょうか。
「おしりの上の凹み」と「潜在性二分脊椎」の頻度は?
「おしりの上の凹み」は5%でみられます。
Up to date: Closed spinal dysraphism: Clinical manifestations, diagnosis, and management
単なる「おしりの上の凹み」ではなく、「潜在性二分脊椎」と呼ばれる神経に異常を起こす可能性がある病気である頻度は、出生2500-3000人に1人の割合(0.03-0.04%)です。
脳と発達 2009; 41: 191-196
ただ、おしりのしわの中に凹みがあるという、あまり潜在性二分脊椎らしさがない65名の子どもでも、17%にCSDが認められたという報告がありますので、実際は潜在性二分脊椎はもっと多いのかもしれません。
Sacrococcygeal dimple: new classification and relationship with spinal lesions. Childs Nerv Syst. 2013; 29: 1641-5.
まだ、後述しますが、潜在性二分脊椎のうち症状が出るのは25-75%程度と考えられます。
無症状の潜在性二分脊椎は、見過ごされているケースも多いと思います。
「おしりの上の凹み」と「潜在性二分脊椎」を疑う所見は?
潜在性二分脊椎は神経に障害をもたらします。
具体的には、排尿困難、尿失禁、繰り返す尿路感染症、乳児期の腸閉塞、小児期の難治性便秘、歩行異常などです。
また、髄膜炎を含めた重症感染症のリスクとなったり、座ったときに尾骨に痛みが生じたりもします。
ですが、これらの症状は赤ちゃんのときには分かりません。
赤ちゃんは尿失禁しますし、歩けないのも当然だからです。
したがって、赤ちゃんの潜在性二分脊椎を疑う所見は、症状ではなく「見た目」となります。
Up to dateで危険因子とされている見た目は次です。
- 凹みの周辺の皮膚が分厚くカサカサしている
- 凹みの周辺に毛がたくさん生えている
- 凹みの周辺に色素沈着がある
- 凹みの周辺の皮膚が萎縮している(圧痛がある場合もある)
- 背中に皮下腫瘤がある(脂肪腫または神経線維腫)
- 凹みの周辺に血管腫がある
- 凹みが背中や仙骨、おしりのしわから外れた場所にある
- まるでしっぽのような腫瘤ががある
潜在性二分脊椎患者の50~90%以上に、これらの所見が1つ以上確認されています。
また、腰に血管腫がある48人の小児(ほとんどが無症状)を評価した前向き研究では、21人(44%)がMRIまたは超音波検査で潜在性二分脊椎と診断されました。
Prospective study of spinal anomalies in children with infantile hemangiomas of the lumbosacral skin. J Pediatr. 2010; 157: 789-94.
また、凹みの位置が肛門から離れるほど潜在性二分脊椎のリスクは上がります。
凹みがおしりのしわの中にあれば17%、しわの上端にあれば45%、しわから外れていれば55%が潜在性二分脊椎でした。
Sacrococcygeal dimple: new classification and relationship with spinal lesions. Childs Nerv Syst. 2013; 29: 1641-5.
以上から、凹みの周りに血管腫があったり、凹みの位置が肛門から離れているケースでは、「潜在性二分脊椎」であるリスクがかなり高いと考えられます。
腰のMRI検査をする基準は?
「おしりの上の凹み」が「潜在性二分脊椎」であるかどうかを確かめるには、腰のMRIが有用です。
生後4カ月までであれば、背骨の構造が未熟であるため、超音波検査でも分かるという記載もあります。
まず腰仙部のエコーを行うことで正常または脂肪腫、終糸脂肪腫、低位脊髄円錐などを診断しているようにしている。エコー検査は腰仙部の構造が成熟するとアーチファクトが生じて脊椎管内部の判別が困難になるため、生後4か月以内での施行が望ましい。
周産期医学 2020; 50: 155-158
ただ、超音波検査は技術が必要ですし、MRIは鎮静が必要となり、子どもの安全性を考えればなかなか気軽にはできません。
「おしりの上の凹み」は5%でみられるわけですが、5%の赤ちゃんでMRI検査をするというのは、医療経済的にも勧められません。
やはり、潜在性二分脊椎が疑われる子どもに絞って、検査をすべきでしょう。
Up to dateは次のように基準を設けています。
MRIを推奨(いずれかを満たすとき)
- 次の皮膚異常所見が2つ以上ある
- 大きさが5mm以上または肛門から2.5cm以上の位置にある
- 皮膚欠損がある
- 凹みの周辺に血管腫がある
- 凹みの周辺に腫瘤がある、または毛がたくさん生えている
- 腰に皮下腫瘤がある
- 症状(排尿困難、尿失禁、繰り返す尿路感染症、乳児期の腸閉塞、小児期の難治性便秘、歩行異常)がある
MRIを提案
- 凹みが背中の中心線から外れた場所にある
皮膚異常所見が2つ以上というのは、1つだけだと二分脊椎の確率は3/36(8.3%)、2つ以上あると11/18(61.1%)という報告があります。
Skin markers of occult spinal dysraphism in children: a review of 54 cases.Arch Dermatol. 2004; 140: 1109-15.
1つだけでも8.3%というのは、そこそこ疑わしいと思います。
また、別の報告では腰に血管腫がある小児の44%で潜在性二分脊椎がありました。
Prospective study of spinal anomalies in children with infantile hemangiomas of the lumbosacral skin. J Pediatr. 2010; 157: 789-94.
日本はMRIが撮りやすい国であることを考えれば、皮膚異常所見は1つでも検査してよいと私は思います。
同様に、提案であっても検査すべきでしょう。
腰のMRI検査をする時期は?
検査の安全性を考えて、1歳で検査するという意見。(【周産期相談310 お母さんへの回答マニュアル 第3版】p488-489)
生後6カ月以内に小児神経外科に紹介して欲しいという意見。(周産期医学 2020; 50: 155-158)
このあたりは、地域によって対応が変わると思います。
後者が兵庫県立こども病院脳神経外科の指針ですので、私は上記の検査基準を満たしたケースは、MRI検査も含めて脳神経外科に紹介しています。
「おしりの上の凹み」と「潜在性二分脊椎」の治療
単なる「おしりの上の凹み」であれば、治療しなくて大丈夫です。
(汚れがたまって、感染を起こしやすい場合は手術する場合があります)
いっぽうで、「潜在性二分脊椎」は神経の障害が起こりうるので、治療(手術)が必要となる場合があります。
手術をする基準に明確なコンセンサスはありません。
Up to dateでは、症状(排尿困難、尿失禁、繰り返す尿路感染症、乳児期の腸閉塞、小児期の難治性便秘、歩行異常)が新規発症したときや、悪化したときが手術のタイミングとされています。
また、髄膜炎を含めた感染症のリスクと判断されたときも手術のタイミングです。
基本的に潜在性二分脊椎であっても、無症状であれば手術は行われません。
ですが、脊髄の下端にある「脊髄円錐」の位置が第3腰椎レベルよりも低いところ場合、脊髄が下に引っ張られていることを意味し、今後成長とともに脊髄係留症候群(これも潜在性二分脊椎の1つの型と認識するのが分かりやすいと思います)として症状が出てくる可能性があります。
少なくても症状の進行がないか経過観察は必要ですし、場合によっては無症状でも手術をするケースがあります。
(参考:周産期医学 2020; 50: 155-158)
手術をすれば全員が寛解するわけではなく、最大13%は手術後も症状は悪化します。
手術の時期は、症状が出たら速やかに行った方が予後が良いようです。
Up to date: Closed spinal dysraphism: Clinical manifestations, diagnosis, and management
「おしりの上の凹み」と「潜在性二分脊椎」の予後
単なる「おしりの上の凹み」であれば、予後は良好です。
(汚れがたまって、感染を起こしやすいという場合を除く)
「潜在性二分脊椎」の予後は不明な点が多いです。
少なくても、全例で症状が出るわけではないようです。
たとえば、脊髄係留症候群の75%で症状が進行します。
症状がない脊椎脂肪腫を有する53人の小児を平均4.4年間追跡すると、13人(25%)の子どもに神経学的悪化があった、という報告もあります。
Conservative management of asymptomatic spinal lipomas of the conus. Neurosurgery. 2004; 54: 868-73
まとめ
-
- 「おしりの上の凹み」は皮膚洞または皮膚陥凹とも呼ぶ。頻度は5%。予後良好。
- 「おしりの上の凹み」の中には神経に障害が起きうる「潜在性二分脊椎」が隠れている。closed spinal dysraphism(CSD)や閉鎖性脊椎神経管閉鎖異常とも呼ぶ。頻度は0.03-0.04%。25-75%で排尿困難、尿失禁、繰り返す尿路感染症、乳児期の腸閉塞、小児期の難治性便秘、歩行異常などの症状をきたす。
- 「おしりの上の凹み」が「潜在性二分脊椎」かは、腰のMRIで分かる。検査時期は生後6カ月から1歳が目安。
- 症状は、排尿困難、尿失禁、繰り返す尿路感染症、乳児期の腸閉塞、小児期の難治性便秘、歩行異常。
- 外科手術は症状が出たとき、が基本。ただし脊髄係留症候群は無症状でも治療するケースあり。
私がMRI検査する基準は以下の通り(Up to dateよりも基準が厳しいです)
- 大きさが5mm以上または肛門から2.5cm以上の位置にある
- 皮膚欠損がある
- 凹みの周辺に血管腫がある
- 凹みの周辺に腫瘤がある、または毛がたくさん生えている
- 腰に皮下腫瘤がある
- 凹みが背中の中心線から外れた場所にある