致死率5%、重症化率25%!恐るべき小児科疾患である児童虐待。

東播小児臨床談話会に行ってきました。
東播というのは「東播磨地域」という意味で、加古川市や明石市などが含まれます。

テーマは児童虐待です。
兵庫県立尼崎総合医療センターの米原敏郎先生が講演してくださいました。
講演の内容と、私が感じたことを備忘録としてここに書きます。

虐待の4つ

児童虐待の防止等に関する法律第2条で、児童虐待として4種類が定義されています。

身体的虐待

児童の体に外傷が生じること。
または生じる恐れのある暴行が加えられること。

叩く、殴る、蹴る、噛む、揺さぶる、投げる、突く、首を絞める、やけどさせるなどの方法で子どもを傷つけます。
「しつけ」は正当な理由になりません。

医療機関を受診するケースとして、最も多いのが、身体的虐待でしょう。

ネグレクト

養育の放棄、または怠慢です。

子どもに基本的ニーズ、すなわち食事、衣服、衛生、住居、監督、安全管理、はぐくみ、刺激、情緒的ニーズ、教育などを提供しないことです。

これらのネグレクトは、致死的になることがあります。
たとえば、乳児の車中放置による熱中症、飢餓、溺水、火災などです。

子どもが病気になったのに病院に連れてこない怠慢を医療ネグレクトと言います。
この中には、民間療法にのみ頼るという行為や、予防接種や健診を受けさせないという行為も含まれます。

心理的虐待

子どもにトラウマを与えること。
叩かなくても、拒絶したり、おびえさせたりすることです。
すべての虐待が心理的虐待を含むと私は思います。

性的虐待

今回、米原先生がもっとも熱く語っていました。
子どものプライベートパーツ(水着で隠れるところ)を触ることもそうですが、アダルトビデオを見せたりすることも性的虐待です。

性的虐待は、なかなか病院には来ません。
もし性的虐待を受けた場合は、産婦人科医に性器や肛門などの診察を依頼することになりますが、医学的に異常所見を認めるのは4%程度だそうです。

虐待者の大半が父親、養父、兄弟です。

性的虐待の影響はその後何十年も続くことが多いとされます。
自分を汚れた存在だと思う、生きていく意味が分からなくなる、自傷行為、自殺企図、再被害を受けやすいなどがずっと続きます。

虐待への対応

受診した子どもの虐待を見逃し、病院から返してしまったとき、5%は死亡し、25%が重篤な状態で再受診するとネルソン小児科科学には書かれています。

虐待には、しっかりとした対応が必要です。

虐待の可能性を考察する

家庭内での怪我、原因不明な怪我、原因不明な消耗状態があれば、虐待の可能性を考察します。

損傷から受診までの時間が不自然に経過していませんか?
親の言っていることに一貫性が欠けていませんか?
怪我を短期間で繰り返していませんか?

虐待の可能性を感じたら、次のステップに行きます。

子どもが直面している状況を確認する

同じ人から再び虐待される可能性があるかどうかを確認します。
もし子どもが2歳後半以上であれば、「誰が、何をしたか」を言える可能性があります。

米原先生によると、最小限の必要であることがよいようです。
いつ、どこで、何度されたかなどは聞かないほうがよいようです。
子どもの記憶は不明瞭であることが多く、たくさん聞きすぎても、あとで情報が食い違うことがあります。
不要な情報に振り回される結果になるそうです。

重症度を見極める

子どもの診察をします。
何も所見がなく、子どもは元気であり、かつ、帰宅させることで子どもが危険な目に合いそうでなければ、外来通院とします。

子どもに何らかの症状がある場合や、帰宅させることで子どもが危険な目に合いそうな場合は、子どもの安全を守るために入院させた方がよいようです。
このあたりは、BEAMSという虐待対応プログラムに書かれています。

児童相談所に通告する

外来管理、または入院管理となったら、次は児童相談所には通告します。

このとき、「児童相談所に通告しますね」と主治医が言えば、必ず信頼関係が崩壊します。
二度と外来には来てくれなくなるかもしれませんし、入院を拒否されるかもしれません。

主治医は治療に専念し、お母さんやお父さんの肩を持つというスタンスでよいでしょう。
虐待対応チームか所属上長が、児童相談所への通告という役目を買ってでるべきです。

主治医は親と子どもの両方を味方し、虐待対応チームは淡々と事務的に虐待対応をするというのが、よい対応だと私は講演を聞いていて感じました。

虐待された子どもへの対応

子どもが直面している状況を確認するために、「誰が、何をしたか」という情報だけを簡潔に聞きます。

子どもが話したことは、そのままオウム返しに繰り返すのがよいようです。
例えば子どもが「お父さんは悪くないの。お酒の勢いだったんだから」と言えば、「そうなのか、お酒の勢いでしたことだから、お父さんは悪くないと、あなたは思っているんだね」と答えます。
「いくらお酒を飲んでも、お父さんがしたことは犯罪だね」と言うと、子どもは父親をかばおうとして、これ以上何も言わなくなります。

また「私が悪かったから叩かれたの」と言う子どもには「自分が悪いからこんなことになったと思っているんだね」と繰り返すだけにするのがよいようです。
「あなたは何も悪くないんだよ」と答えると、子どもは「自分が悪い」と思いこむことで、理不尽な状況を合理化していますので、「自分が悪い」という部分を否定されると、うまく合理化できなくなって、心がストレスに押しつぶされる可能性があるようです。

他にも、不適切な言葉を書きます。

  • 「よく話してくれたね、ありがとう」→褒められたという利益供与で、嘘をつくようになる。
  • 「そんなひどいことされたの、かわいそうに」→もっとひどいことをされたのに、序盤でこんなに驚かれると、これ以上話せなくなる。
  • 「そんなことするなんて、ひどいお父さんだね」→父親をかばって何も言わなくなる。
  • 「誰にも言わないから、安心してお話してね」→児童相談所に通告できなくなる。子どもに黙って通告したら、もう二度と信頼されなくなる。
  • 「どうして、誰にも言わないで欲しいの?」「どうして、お父さんに言われると心配なの?」→虐待された子どもに「どうして」は禁句。虐待された子どもは、家庭で「どうして、あなたはできないの?」と言われ続けている。

その後の対応

場合によっては、暴行罪や強制わいせつ罪で刑事事件になります。

子どもの証言は、大きな証拠となります。

ですが、子どもに最初に接した人が、どのような対応をしたかで、子どもの証言が大きく変わってしまいます。

最初に子どもを診察するとき、「誰が、何をしたか」程度に質問をとどめておくのはこのためだそうです。
「はい」「いいえ」で答えられる質問は、子どもの記憶を誘導してしまう危険性があります。
その結果、児童虐待の状況が明らかにできなくなってしまう可能性があります。

上記対応の問題点

身体的虐待であれば、上記の対応でよいと思うのです。

しかし、心理的虐待は病院には来ませんから、病院での対応はできません。

ネグレクトも、その結果熱中症になったり、溺水したりすれば病院に来ますが、すでに手遅れな印象があります。
そして医療ネグレクトであれば病院に来ることがありません。

性的虐待は、父親が娘に虐待したのをお母さんが発見するというケースがありますが、産婦人科に連れてきてもらえるかどうかは分かりません。

病院での対応は限界があるように私は感じました。

だからこそ、予防が大切だと思います。

虐待を予防するために

出産時からの取り組みの重要性についても講演で触れられました。

母乳栄養で児童虐待が減るかについては、明確なエビデンスはないものの、「母乳じゃなければだめだ!」とお母さんが追い詰められて、結果的に児童虐待に繋がっているケースはあると米原先生は言っていました。

講演の感想

虐待を受けた子どもは、適切なケアが受けられないと、大きくなって子どもができたとき、自分の子どもにも虐待してしまうと言われています。

虐待を予防し、虐待が発生したときは適切に対応し、120年以内に児童虐待がなくなることを目指すという言葉で講演は終わりました。

予防も大事ですし、子どもの精神的ケアも大事ですが、加害者を特定し刑事事件化して厳罰に処するのも対応の一つなのかなと講演を聞いていて思いました。

親を犯罪者にするのは気が引けますが、子どもが被害者であり続けるのは小児科医に取って見過ごせないことです。

また、虐待された子どもへの対応が、私の常識とは大きく異なっていたので、とても勉強になりました。

私も不登校の子どもに対し、カウンセリング・ケアの対応をすることがあります。
共感と傾聴によって、子どもの味方であることを伝えます。

ですが、虐待された子どもへの対応は、まずは事実関係の確認が大切になります。
共感しすぎると、子どもにとって利益供与や誘導につながり、虐待の真実が見えなくなってしまうのです。

私のような一般小児科医は、とにかく虐待に気づいてあげられることが大切です。
その後のフォローは、専門家にお任せするところが多いと思います。

講演を聞く前に、「こういうのって虐待なのかな」という疑問を持っていました。

  • しつけと称して、叩く。
  • 「予防接種は怖いとネットに書かれてました」と予防接種を受けさせない。
  • 「ステロイドは危険と本で読みました」とアトピー性皮膚炎の治療を拒否。
    (ただし、どこで仕入れた情報か知りませんが、尿を塗って、お風呂に入らなければアトピーは治ると思いこんでいる方でした)

講演を聞いた後の私の意見は、こうなりました。

  • しつけと称することに全く意味はありません。繰り返しそうであったり、外傷を伴っている場合は、児童相談所へ通告したほうがいいです。
  • 予防接種を受けさせないのは明らかに医療ネグレクトです。
  • 民間療法にのみ頼るのも明らかに医療ネグレクトです。

主治医としては親の気持ちを理解しつつ、虐待対策チームに相談するということになりそうです。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。