先天性サイトメガロウイルス感染症の母体抗体スクリーニングについて。

妊娠中のお母さんがかかると、赤ちゃんに悪い影響をおよぼすリスクがある感染症がいくつかあります。
トキソプラズマ(Toxoplasma)、梅毒(Other)、風疹(Rubella)、サイトメガロ(Cytomegalo)、単純ヘルペス(Herpes)が有名です。
頭文字でTORCHともいいます。
TORCHとは、トーチ、松明のことです。

今回は、妊娠中のサイトメガロウイルス感染症について、勉強したことをまとめておきます。

先天性サイトメガロウイルス感染症対策のための研究

先天性サイトメガロウイルス感染症は日本でもたくさん研究されていて、日本でも良い総説がたくさんあるんです。
私も神戸大学のNICUで働いていた時、バルガンシクロビルを投与する子どもを担当しました。
(研修医の頃の話です)

神戸大学から「最近の研究成果」として、2020年1月10日に新しい提案があります。

これによれば、妊娠初期の母体のサイトメガロウイルスIgGを測定し、陽性なら生まれてくる児に尿CMV核酸検査をします。
もし妊娠初期の母体のサイトメガロウイルスIgGが陰性なら、妊娠後期に再検し、陽性になっていれば生まれてくる児に尿CMV核酸検査をします。

この提案では、出生する児の70%以上が尿CMV核酸検査を受けることになります。

母体のサイトメガロウイルスIgGが陽性であれば、児の尿CMV核酸検査は保険適用されます。
尿CMV核酸検査は8500円の検査です。
年間100万人生まれる赤ちゃんの70%で尿CMV核酸検査をすれは、8500円×70万人=約60億円かかります。(母親に対するCMV抗体検査の費用は含まれません)
保険が適用されれば保護者は負担しなくていいですが、お金は湧いてくるわけではありませんから、60億円の価値があるのか考えなければなりません。

これを議論するには、次の2点を把握しなければなりません。

  • 先天性サイトメガロウイルス感染症を早期診断できたときの、治療とその効果。
  • 母体に対するサイトメガロウイルス抗体検査の有用性。

そこで、2つ論文を読んでみました。

先天性サイトメガロウイルス感染症の治療

Congenital Cytomegalovirus infection: advances and challenges in diagnosis, prevention and treatment. Ital J Pediatr. 2017; 43: 38.

まずは海外の総説を読んでみました。
視点を変えることも大事ですし、無料なのもいいですね。

  • サイトメガロウイルス(CMV)は、世界の先天性感染症の中で最も頻繁な原因である。先進国での推定発生率は全出生の0.6〜0.7%、発展途上国では1~5%である。
  • 先天性CMVは、感音難聴の主要な非遺伝的原因である。小児の神経発達障害の重要な原因である。
  • その臨床的重要性にもかかわらず、スクリーニングプログラムが実質的に実施されていない。そのため、先天性CMV感染はしばしば検出されない。
  • 先進国では、出産可能年齢の女性のCMV既感染率は50~85%である。発展途上国では、CMV既感染率は約100%である。
  • 妊娠中のCMV初感染は、30〜35%で児に感染する。既感染の再活性型では、児への感染率は1.1~1.7%である。先天性CMV児の側からみると、母体が既感染の再活性型での子宮内伝播が2/3を占める。(妊娠中に初感染することが稀な発展途上国で、先天性CMVが多い理由である)
  • 出生時、感染した新生児の85〜90%は無症候性であり、10〜15%は臨床的に明らかな感染症(症候性疾患)を呈する。その症状は、点状出血、黄疸、肝腫大、脾腫、小頭症、血小板減少症、AST上昇、直接ビリルビン上昇、脈絡網膜炎、頭部の画像異常、および感音性難聴である。
  • 症候性感染児の50%、無症候性感染児の10%が感音性難聴を発症する。晩期発症の感音性難聴は生後数年にわたって発症し、発症時年齢の中央値は症候性の場合は33ヶ月、無症候性の場合は44ヶ月である。4歳児の難聴の25%は先天性CMVに起因すると推定されている。先天性CMV感染症のすべての乳児は、出生時の臨床症状とは無関係に、感音性難聴の早期発見を可能にするために、生後1年間を通して連続聴覚モニタリングを受けることが重要である。
  • CMVの母体血清学的出生前スクリーニングは、いくつかの理由で推奨されない。妊娠中の初感染を証明する有効な介入がないことと、先天感染児の多くが非初感染の母体から生まれているという事実のためである。
  • 妊娠中に初感染した母にCMV-specific hyperimmune globulin投与する方法は、現在研究中である(有効性を示唆する論文は存在する)。母体へのバルガンシクロビル投与も研究中である。いずれにせよ、妊娠中に初感染した母体にしか適応できない。(非初感染母体に適応させるのは難しい)
  • 症候性先天性CMV児へのガンシクロビル療法は有効である。6ヶ月で聴力が改善または保護された率:GCV84% vs 非治療群59%(p = 0.06)。聴力低下した率:GCV0% vs 非治療群41%(p <0.01)。1年後の聴力悪化率:GCV21% vs 非治療群68%(p = 0.002)。いずれも症候性の児のみが対象。
  • 副作用である好中球減少は、内服製剤によって緩和された。6週間での好中球減少率は経口VGCV19% vs 静脈内GCV63%だった。
  • 無症候性児に対する経口バルガンシクロビルの第II相試験は、CASG(Collaborative Antiviral Study Group)によってまもなく始まる。

バルガンシクロビルの効果、副作用については、この論文で知ることができました。
まだ研究中の治療ではありますし、副作用もありますし、効果が確実というわけではありませんが、NNT2-4(2-4人に治療すれば1人の予後が改善される)が見込め、やってみる価値は感じました。
無症候性児に対しては、これから評価というところでしょう。

いっぽうで、この総説でも、母体に対する抗体検査で先天性サイトメガロウイルス感染症を検出するのは難しいと書かれていますが、その詳細については書かれていませんでした。
そこでもう一つ論文を読んでみます。

母体に対するサイトメガロウイルス抗体検査の有用性

Serological screening of immunoglobulin M and immunoglobulin G during pregnancy for predicting congenital cytomegalovirus infection. BMC Pregnancy Childbirth. 2019; 19: 205.

この論文も無料です。
貴重な研究結果が無料で読めるなんて、本当に嬉しいです。

  • 名古屋大学の論文。
  • 妊婦11753人中、先天性CMV児は11人(ただし、妊娠初期にIgG陽性、IgM陰性の7193人は、既感染としてフォローしていない)。
  • 先天性CMV児は11人中、妊娠中にIgGが陽転化した例(確実な初感染)で3人、IgG・IgMともに陽性の例(既感染からの再活性かもしれないし、初感染かもしれない)は8人。
  • 妊娠中にIgGが陽転化した13人中、3人(23.1%)が先天性CMVになった。IgG・IgMともに陽性の500人中8人(1.6%)が先天性CMVになった。
  • CMV-IgM 7.28をカットオフとすると、感度62.5%、特異度96.5%だった。

神戸大学から「最近の研究成果と名古屋大学の論文とでは、解釈に違いを感じます。

神戸大学は、妊娠初期にIgG陽性、IgM陰性のような既感染パターンであっても、再感染や再活性化するかもしれないので新生児スクリーニングを提案しています。
いっぽう、名古屋大学の論文は、妊娠初期にIgG陽性、IgM陰性の7193人は、既感染としてフォローしていません。

イタリアの総説にあったように、先進国での推定発生率は全出生の0.6〜0.7%とされていますから、妊婦11753人中には70人ほどの先天性CMV感染症があったと考えるべきでしょう。
そして、名古屋大学の報告は11人の先天性CMV感染症を検出していますから、残りの59人はIgG陽性、IgM陰性の既感染とされた妊婦7193人の中にいると考えます。
その率は、0.8%。
イタリアの総説では、「既感染の再活性型では児への感染率は1.1~1.7%」とあり、それに比べて少ないですが、別の報告では0.5~1%とも言われていますので(神戸大学の提案も0.5~1%に基づいています)、妥当な範囲と思います。

CMV-IgM 7.28については、初感染を示唆させる指標にはなるかもしれないと私は思いました。
IgG・IgMともに陽性の例は、既感染からの再活性かもしれませんし、初感染かもしれません。
一般的に、再活性よりも初感染のほうがIgMが高値になりますから(間違っていたらすみません)、CMV-IgM高値は初感染となり、先天性CMV感染症の確率が上がったのだと思います。

初感染でなくても先天性CMV感染症は発症しえますので、CMV-IgM 7.28のカットオフにどの程度意味を持たせていいのか私には分かりません。
いずれにせよ、母体抗体スクリーニングで先天性サイトメガロウイルス感染症を検出するのは難しいと感じました。

まとめ

  • 先天性サイトメガロウイルス感染症を検出するための母体抗体スクリーニングには限界がある。
  • 母体抗体スクリーニングに限界があるため、先天性サイトメガロウイルス感染症の検出には、出生する児の70%以上が尿CMV核酸検査を受けなければならない。
  • 出生する児の70%以上の尿CMV核酸検査が意味を持つかどうかは、治療の有用性次第だが、現在研究中である。

先天性CMV感染症スクリーニングの価値は、やはり治療の有用性があってこそです。
治療ができないなら、スクリーニングの意味が低下します。

先天性CMV児に対するバルガンシクロビル治療はNNT2-4で有効な治療ではあるようです。
しかし現状は研究段階であり、特に無症候性先天性CMV児にとってのリスクとメリットは明らかではありません。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。