同じ論文を読んでも、読み手が変わると解釈や考察が少し変わる。

溶連菌性咽頭炎に対するアモキシシリン1日1回投与。
以前、こちらの記事で考察しました。

溶連菌性咽頭炎に対してアモキシシリン1日1回投与は有効。

2019年6月25日

そのとき紹介した論文を「とても抄読会向きですよ」とお薦めしました。
Amoxicillin effect on bacterial load in group A streptococcal pharyngitis: comparison of single and multiple daily dosage regimens. BMC Pediatrics201919:205

さっそく当院の研修医が抄読会に持ってきました。
読み手が変わると解釈や考察の焦点が少し変わるというのが、論文の一つの面白さだと思います。

今回は、研修医がどのように考察したかを見てみましょう。

アモキシシリン1日1回投与で本当に効く?

今回の抄読会では、3歳以上の小児のcommon diseaseであり、上気道炎では珍しく抗菌薬投与を必要とするA群β溶連菌性の咽頭炎に対する治療として、アモキシシリンの1日1回投与は有効なのか、というテーマを検証した論文を取り上げます。

タイトルを見た時に、時間依存性であるはずのアモキシシリンが単回投与で十分に充分に効くとは思えませんでした。
半減期0.97時間のアモキシシリンが有効血中濃度を維持できるのか考えてみましょう。

成人に対して250mg単回投与した場合、血中濃度は上図のように推移します。
体重20kgの子どもに対して1000mgを単回投与した場合、上図の約4倍の血中濃度になるだろうと仮定します。
すると、内服から約11時間で血中濃度は0.04μg/mLになると推測されます。

わが国の溶連菌に対するペニシリンのMICは最大でも0.03μg/mLです。
Suzuki, T. Have group A streptococci with reduced penicillin susceptibility emerged?. J Antimicrob Chemother 2015.

以上から内服から11時間はMICを越えそうですが、それ以降はMICを下回りそうです。
アモキシシリン1日1回投与は治療失敗するのではないかと考えられます。

ですが、もし実際にこの論文が事実ならば、普段の診療で単回投与に変更する事が出来て、子供に1日3回薬を飲ませる大変さが減り、実用的だと思いました。
そのため、この論文を抄読会に選びました。

イントロダクション

今日の論文を改めて紹介します。
溶連菌咽頭炎での溶連菌の菌量を、アモキシシリン単回投与と複数回投与で比較したスタディです。

ペニシリン系は時間依存性の抗菌薬なので、通常は1日複数回に分けて分割投与されますが、溶連菌咽頭炎に対しては、アモキシシリンの1日1回投与の有用性が示唆されています。

これまでのスタディでは、咽頭ぬぐい液の培養の陰性化で、溶連菌の除菌を判定していましたが、抗菌薬で菌量が減って培養は陰性化したとしても、完全に溶連菌が消滅したかどうかは判断できませんでした。

そこで、今回のスタディでは、PCRのほうが菌量を直接定量でき、さらに菌の有無に対する感度も良好であるため、PCRでアモキシシリンの治療効果を測定しました。

方法

救急外来を受診した3歳以上の小児患者が研究に参加しました。
症状や身体所見から溶連菌咽頭炎を疑った患者の内、咽頭ぬぐい液の迅速検査が陽性の患者が対象とされました。

ペニシリンアレルギーや、4週間以内に抗菌薬投与された患者は除外されました。

スタディのエンドポイントとしては、3回の受診で採取した咽頭ぬぐい液の培養の陰性率と、ぬぐい液中の菌量を測定しています。

アモキシシリンは40-50mg/kg/dayで上限を1000mgとし、単回投与、1日2回投与、1日3回投与する群に分けました。

51人が臨床所見から溶連菌咽頭炎を疑われ、その内34人が迅速検査陽性でした。
単回投与群に12人、2回投与群に15人、3回投与群に7人が振り分けられました。
(数が揃っていない理由は、参加者の生活スタイルに併せて自由に選ばせたためです。樋口先生にTwitterで指摘頂きました)

アモキシシリンは10日間投与され、3回咽頭ぬぐい液の採取がありました。
初回は治療開始前のベースライン、2回目は治療開始後1-3日、3回目は治療がほぼ終了した9-11日目に行われました。

結果

咽頭ぬぐい液のPCR陰性率と培養陰性率を比較した表です。
治療開始後1-3日での咽頭ぬぐい液では培養は陰性化していましたが、PCRはまだ陰性化していませんでした。

つまりこの時点で、培養は陰性でも、PCRで検出できる程度の菌量が残っているという事になります

10日間の治療をほぼ終了した段階では、3群全てで、培養もPCRも陰性化していました。
PCRの陰性率に関して、単回投与群を分2群もしくは分3群と比較しましたが、有意差はありませんでした。
(もちろん、有意差がないから同等とは言えません)

これは受診2回目、3回目のどちらのタイミングでも同様でした。

単回投与群と複数回投与群でDNA量も比較しましたが、2回目の受診と、当然ですが菌量が0だった3回目の受診時において、DNA量にも有意差はありませんでした。

ディスカッション

日本でもアメリカでもアモキシシリンによる治療は10日間が推奨されていますが、最近はこの治療期間を短くしても治療成績は変わらないのではないか、というスタディが行われています。
それらのスタディはいずれも咽頭の培養が陰性化する事を治療成績の指標としています。

しかし、今回の研究では抗菌薬投与後1-3日後の時点の菌量を測定していますが、培養は陰性化しているものの、PCRではしっかりと菌が測定できており、菌が残っています。
培養が陰性化するだけでは完全に除菌できているかは判断が難しく、培養陰性化だけで治療期間を短縮していいのか疑問があります。

次に、今回の研究では1日3回投与が幼稚園に通う子供などでは投与の手間がかかるため、1日1回投与に変えられないか考察します。

1日1回の投与では手間は省けます。
ですが、今回の研究での最大量の1日1000mgを1回に飲もうと思うと、上のパンパンの袋を20%製剤なら1袋、10%製剤なら2袋飲まなければなりません。

実際に研修医の先生も体験して頂きましたが、味も香りは甘いのですが、苦くて、粉も細かくて飲んだ後口の中にへばりつく感じでした。
ですので、これを2回一気に飲むのはなかなか大変です。

ですので、果たして1回投与になったからといって、3回投与のときよりアドヒアランスが良好になるかは疑問が残ります。
一番大事なことは子供のライフスタイルや嗜好に合わせて処方する事だと結論付けられていました。

リミテーション

  • データ数が34人と小さく、その結果として95%信頼区間がかなり広いので、そのデータを使って有意差がなかったからと言って、どれ位信用に値するデータなのかは疑問が残ります。
  • 今回PCRを使用したlimitationとして、PCRでは咽頭の死菌を陽性と検出する可能性があります。培養が陰性であるにもかかわらずPCR陽性であった原因の一部として、菌は死滅して当然培養でも発育しないにも関わらず、その死菌をPCRで拾っていた可能性があります。
  • 今回のスタディでは治療効果を見るためのprimary outcomeのみが設定され、有害事象をはかるadverse outcomesは設定されていませんでした。今回のスタディで起こりうる有害事象として、アモキシシリンの1日投与量を1回で投与した事で血中濃度が急激に上昇するため、アモキシシリンの副作用が懸念されます。
  • プロトコール通りにきちんと薬を内服できていたかについては追跡が行われていませんでした。10日間の治療中に自己中断していた患者や、1回投与群では1回の内服量が多いために全部飲み切れなかった患者もいるかもしれません。
  • 1回投与で手間は減るかもしれませんが、その分内服量が3倍になるのなら、子供の内服コンプライアンスや飲む負担は減るのかどうか疑問が残ります。
  • 迅速検査で溶連菌陽性となった子供を対象に研究を行っていますが、溶連菌の保因者を見ていた可能性があります。

まとめ

A群β溶連菌咽頭炎に対しては、従来の1日複数回投与に比べて、同じ量を1日1回投与にして同等かもしれない、ということを溶連菌のDNA定量と培養陰性化率で示しました。

小規模スタディである事や有害事象をフォローしていない点などlimitationも多く、明日から診療の場に応用するほどのエビデンスにはまだならないと感じました。

もっと大規模のスタディを行う必要があります。

また、溶連菌のアモキシシリン感受性は極めて良好でるがゆえに1日1回投与で良いのなら、1日複数回投与で総投与量をもっと少なくすれば、内服成功率がもっと向上し、効果も担保できるのではないかと考えます。

私の感想

実際に薬剤部と協力して5g分包を作る研修医の行動力に驚きました。
そして実際に内服してみると、単回投与の大変さも分かりますね。

さらには、分1でも効果があるなら、分3で総投与量を下げられるのではないかという発想も面白いです。
薬嫌いの子どもにとって、総投与量が減るのはメリットでしょう。
医療経済的にも若干のコストダウンです。
(アモキシシリンは1000mgでも100円しない薬なので、それほど医療費削減には至らないかもしれませんが)

溶連菌の保菌問題については、私はこのスタディでは大きな問題ではないのだろうと感じました。
保菌であろうと感染であろうと、生体に付着した溶連菌が抗菌薬によってどのように数を減らすのかを観察することが主な目的であるからです。

いずれにせよ、「同じ論文を読んでも、読み手が変わると解釈や考察が少し変わる」ということをあらためて感じました。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。