2017年6月9日更新
審査情報提供事例について追記しました。
勤務先の病院が変わると、提供する医療も少し変わります。
今まで当たり前だと思っていたやり方が、当たり前ではないということに気づきます。
「どの方法が最もいいのだろうか」と悩んだときは、コクランレビューやネルソン小児科学、日本のガイドラインなどで勉強するチャンスです。
そして、一つ勉強すると、新たな疑問が湧いてくることも多々あります。
今回は、熱性けいれんの管理について調べ、次々に疑問が湧きました。
- けいれんの初期治療に良いのはジアゼパムかミダゾラムか。
- ミダゾラム点鼻は有用なのか。
- ミダゾラムの保険適応はどうなっているのか。
この3つの疑問が湧き起こった経緯を詳しく書きます。
熱性けいれんと小児科医
熱性けいれんは、小児科医が救急対応する疾患の中で、間違いなく最多です。
小児救急のほとんどが熱性けいれんです。
そして、小児科外来でも待合室でけいれんする子どもはいますし、診察中や採血中にけいれんすることもあります。
たとえばインフルエンザで熱性けいれんを起こした症例については、こちらに書きました。
小児科医にとって、熱性けいれんは日常茶飯事であり、けいれん時の対応は体に染みついています。
熱性けいれんの初期治療薬は何か
小児科医にとってありふれた病気といえる熱性けいれんです。
治療薬について今さら勉強すべきことはない……と思っていたのです。
先日、県立柏原病院の小児科外来で子どもがけいれんしました。
速やかに酸素投与されて、静脈路を確保されます。
そして、小児科の梁川先生は「ミダゾラムを用意して」と言いました。
私の中で、熱性けいれんの初期治療はジアゼパムだと思っていました。
ミダゾラムも使いますが、今まではジアゼパムが効かなかったときに使っていました。
「ジアゼパムとミダゾラム、どちらが初期治療にいいのだろうか」
このクリニカルクエスチョンを解決すべく、まずはネルソン小児科学を読んでみました。
熱性けいれんの初期治療は、ジアゼパムまたはミダゾラムが適切であると書かれています。
日本のガイドラインはどうなっているのでしょう。
熱性けいれん診療ガイドライン2015を読んでみました。
けいれん発作が5分以上持続している場合、ジアゼパムまたはミダゾラムの静注を行うか、静注が可能な施設に搬送する。グレードA
熱性けいれん診療ガイドライン2015
ガイドラインの元となった文献も読んでみました。
ジアゼパム静注とミダゾラム静注を直接比較した文献はありませんが、どちらの有効性も高いことが分かりました。
「ジアゼパムとミダゾラム、どちらが初期治療にいいのだろうか」という問いに対しては「どちらも初期治療に適している」という答えになりそうです。
ミダゾラムの経鼻投与について
熱性けいれん診療ガイドライン2015では、5分以上続くけいれんには「ジアゼパムまたはミダゾラムの静注」が推奨されています。
ですが、ミダゾラムに関しては静注ではなく、点鼻をすることもあります。
静脈路を確保しなくても、速やかに薬を投与できるのが点鼻の利点です。
Comparison of intranasal midazolam with intravenous diazepam for treating febrile seizures in children: prospective randomised study.
(フリーなので、無料で読めます)
この論文に、とても面白いことが書いてあります。
「ミダゾラム点鼻は26例中23例に有効で、ジアゼパム静注は26例中24例中に有効で、有効性は同等だった。ミダゾラム点鼻は、ジアゼパム静注よりも2分早く準備ができ(3.5分vs5.5分)、けいれんを止めるまでに要した時間も2分早かった(6.1分vs8.0分)」
けいれん中の子どもの点滴は意外と難しいです。
腕を大きく動かしているため血管に狙いを定めにくく、循環が悪いために血管自体も細くなっているためです。
点鼻は静脈路を確保しなくても速やかに投与できるので、2分早く準備できたのでしょう。
有効性や準備の早さとは違った側面で、ネルソン小児科学に、興味深い記載があります。
ミダゾラムの鼻腔投与は多くの場合、親に好まれる。
ネルソン小児科学
理由はネルソンに書いてありませんでしたが、推測するに多くの親は子どもに針を刺されることを好ましく思っていないからではないでしょうか。
点鼻なら針を使うことなくけいれんを止めることができます。
二相性脳症に備えたときも、私は最初にミダゾラムを点鼻投与し、速やかに二相性けいれんを止めることができました。
ミダゾラム点鼻は熱性けいれん診療ガイドライン2015には推奨として記載されていませんが、とても有効な方法だと私は思っています。
保険診療上も査定されないと思います。
「添付文書には、ミダゾラムの点鼻についてなどどこにも書いてませんよ。本当に保険診療で通るんですか?」
確かに、添付文書上にミダゾラムの点鼻については書かれていません。
しかしそれを言うなら、そもそも日本のミダゾラム製剤は点鼻であろうが注射であろうが、けいれん重積に対して保険適応がないのです。
ミダゾラムの保険適応
ミダゾラムの保険適応はなんでしょうか。
ミダゾラムの先発薬であるドルミカムの効能効果は次です。
- 麻酔前投薬
- 全身麻酔の導入及び維持
- 集中治療における人工呼吸中の鎮静
- 歯科・口腔外科領域における手術及び処置時の鎮静
なんと、抗けいれん薬としての効能は書かれていません。
実は、抗けいれん薬として承認されているのはミダフレッサだけです。
ミダフレッサは2014年12月17日に販売開始された薬です。
0.1%製剤ですので、希釈せずにそのまま静注として使えます。
(ドルミカムは0.5%製剤なので、多くの施設は5倍希釈して使っていると思います)
このミダフレッサという薬、私は使ったことがありません。
ずっと0.5%製剤であるドルミカム(およびその後発薬)を使ってきたからです。
2009年6月、日本小児神経学会から厚生労働省にドルミカム(およびその後発薬)の適応承認の要望書が提出され、2009年9月には社会保険診療報酬支払基金からも保険診療審査上、使用を認める見解が出されていました。
ミダゾラム
《平成21年9月15日新規》
○ 主な製品名
ドルミカム注射液、他後発品あり
○ 使用例
原則として、「ミダゾラム【注射薬】」を「けいれん重積状態を含むてんかん重積状態」に対し処方した場合、当該使用事例を審査上認める。審査情報提供事例
他にも保険診療上は使用を認められた薬剤はたくさんあります。
社会保険診療報酬支払基金が保険診療審査で認めた審査情報提供事例については、こちらの記事を参照ください。
審査情報提供事例のおかげで、保険適応外であるにも関わらず、抗けいれん薬としてドルミカム(およびその後発薬)を使用できていました。
ミダゾラムを点鼻で使用した場合、上記の審査情報提供事例が適応されるかどうかは、審査情報提供事例の解釈次第ですが、少なくても添付文書の記載で戦うよりも分があります。
ちなみに、今はけいれんに対する保険承認薬としてミダフレッサがあります。
せっかくの保険承認薬なのですが、点鼻をする可能性があると0.1%製剤だとかなり多くの量を鼻に入れることになって、投与に難渋しそうに思います。
保険承認されていない0.5%製剤のほうが、点鼻もできるし、希釈すれば静注もできるし、汎用性が高く感じます。
保険承認された鼻腔投与製剤が開発されれば、この問題は解決するのでしょう。
ですが現状はそうではありませんので、審査情報提供事例を根拠に、ドルミカムの点鼻をしていくことになりそうです。
まとめ
医者の異動は、それまでの医療を見つめ直すいいきっかけだと思います。
今回は、熱性けいれんの治療薬について見直しました。
見直してみると、点鼻や保険適応などいろいろ面白いことを新たに知れました。