おたふくかぜの予防接種はすべき?有効性と副作用の観点から。

おたふくかぜ。
流行性耳下腺炎ともムンプスウイルス感染症とも呼ばれるこの病気は、1000人に1人の割合で難聴を引き起こします(小児科臨床64: 1057, 2011年)。

おたふくかぜはワクチンによって予防するが可能です。
2009年時点で世界の62%の国がおたふくかぜワクチンを定期接種で実施しています。
先進国ではおたふくかぜの予防接種が2回されており、患者発生数は強力に抑制されています。

いっぽうで、日本ではおたふくかぜワクチンは定期接種になっていません。
任意接種という立ち位置です。

そのため、日々の小児科診療の中で「おたふくかぜワクチンは接種したほうがいいのですか?」という質問はたくさん頂きます。
今回は、私が「おたふくかぜワクチンは接種したほうがいい」と答える根拠を書きます。

定期接種の有効性

おたふくかぜの予防接種の歴史は長いです。
1967年にはアメリカで開発された「Jeryl‒Lynn株」は、現在もなお世界で主役のおたふくかぜワクチンです。
50年以上の歴史があります。

1968年には、米国で185691例が報告されていた。

ネルソン小児科学

アメリカでは、1967年から任意接種として導入され、1977年から1歳以上の幼児の定期接種に組み入れられました。
1986-1987年に起きた流行を契機として、1989年から2回の予防接種接種が実施されるようになりました。

予防接種導入時には18万人いたアメリカのおたふくかぜ患者はどのようになったでしょうか?
CDCはアメリカのおたふくかぜの患者数を報告しています。
予防接種によっておたふくかぜ患者は大きく減少し、2回接種導入前である1980年台には年間3000人から12000人となりました。
2回接種が開始された1989年からはさらに減少し、2001年から2005年まではアメリカでは年間300人未満でした。
(後述しますが、アメリカの人口の半分以下である日本では年間50万人のおたふくかぜ患者が発生しており、その差は明らかです)

1982年から14年間おたふくかぜを予防接種したフィンランドでは1996年に国内発生件数0を達成したという報告もあります。

おたふくかぜワクチンを10年以上定期接種で行うことで、「集団免疫(みんなが免疫を持つことで病気の流行が抑えられ、予防効果がいっそう高まること)」が発揮され、その国全体の罹患率が大きく下がります。

任意接種の有効性

日本は先進諸国の中でおたふくかぜワクチンが定期接種化していない稀有な国です。

国立感染症研究所のホームページに「流行性耳下腺炎患者報告数の推移」が掲載されています。
これを見ると、この20年間で我が国のおたふくかぜの報告数は特に変化はなく、数年おきに流行を繰り返しています。
流行していない時でもおたふくかぜは一定点あたり毎週0.5人ほどは報告されており、全国に3000定点あることから、おたふくかぜは少なくても毎週1500人、年間75000人は発生しています。
これは定点把握であり、全数把握ではありません。
(定点把握とは、日本の代表的な医療機関3000箇所だけから患者数を報告してもらう方法です)

小児科を標榜している病院・診療所はわが国には2万以上ありますから、単純に定点把握の7倍すると、計算上は毎年50万人のおたふくかぜ患者が誕生しています。
実際に、2002年のおたふくかぜ患者は108.9万人、2003年は51.5万人、2004年は82.1万人、2005年は135.6万人、2006年は118.6万人、2007年は43.1万人でした。(厚生労働科学研究成果データベースP129)

フィンランドでは0人、アメリカでも一時300人未満にまで封じ込められた感染症が、日本では毎年40万人から130万人もかかっているという事実があります。
さらにこのうち1000人に1人の割合で難聴になっているとしたら、年間400人以上のムンプス難聴の子どもが我が国で発生しているとしたら、などいろいろ想像してしまいます。

おたふくかぜを予防する方法は、ワクチンを接種することです。
日本は任意接種であるため「集団免疫」としての機能は果たせていません。
ですが、少なくても接種した本人には有効であることが知られています。

予防接種した乳幼児241例のうち、接種後におたふくかぜが発症した症例は1症例だけだったという報告があります。(おたふくかぜワクチン星野株の添付文書)
予防接種後にしっかりと抗体が作られる確率は90%以上であり、おたふくかぜの予防接種すればほとんどの人が免疫を獲得すると考えられます。
(ネルソン小児科学には1回の接種で有効率64%、2回の接種で有効率88%とあります)

副作用

麻疹風疹ワクチンにおたふくかぜワクチンを加えた「MMRワクチン」が1989年-1993年に日本でも定期接種で行われていました。
しかし接種者の0.08%が無菌性髄膜炎を起こしたため、日本のMMRワクチンは中止となりました。

現在はおたふくかぜ単独ワクチン(Hoshino株またはTorii株)が使用されています。
このワクチンの無菌性髄膜炎の発生率は0.03-0.06%と報告されています。(永井らの報告:ムンプスワクチンの副反応調査、厚生労働科学研究医薬品等医療リスク評価研究事業、安全なワクチン確保とその接種方法に関する総合的研究報告書p306-316、2003年)

永井らの報告によると、おたふくかぜに実際にかかった場合の無菌性髄膜炎になる確率は1.24%であり、ワクチンによる無菌性髄膜炎の発生確率のほうが極めて少数です。

さらに、第25回厚生科学審議会予防接種・ワクチン部科会副反応検討部会(2016年)によると、おたふくかぜワクチンの無菌性髄膜炎発生率は0.0015%だとする報告もあります。

確かに、海外でもっとも使用されているJeryl‒Lynn株では、無菌性髄膜炎の頻度が0.0001%とされており、日本のおたふくかぜワクチンの無菌性髄膜炎発生率は高いように思います。
ですが、予防接種をせずにおたふくかぜにかかってしまうことと比較すれば、予防接種をするほうがリスクは少ないと考えます。

よくある質問「かかったほうがよい」への返答

「かかったほうがよいのでは?」という質問を受けることがあります。

確かにおたふくかぜは一度かかれば、もうかかりません。
また幼いときにかかったほうが症状が軽い場合があります。
予防接種を受けずに早めにかかっておきたいという理屈は一定の理解が可能です。

ですが、自然罹患、すなわち予防接種を受けずにウイルス感染するという行為は、100%副作用がある予防接種をするようなものです

自然罹患では1000人に1人が難聴、すなわち耳が聞こえなくなります。
いっぽう、予防接種によって難聴が引き起こされることはないとネルソン小児科学に書かれています。

無菌性髄膜炎においても、もし年間100万人の子どもがおたふくかぜの予防接種を受けると、約500人が予防接種による無菌性髄膜炎を起こします。
ですが、もし予防接種をしなければこの20倍以上のリスクで無菌性髄膜炎に至ります。

したがって、おたふくかぜの予防接種を推奨します。

定期接種への課題

おたふくかぜの予防接種の有効性を書きました。
副反応は接種しないリスクに比べれば小さいことも書きました。

それでは、どうして日本ではおたふくかぜワクチンが定期接種されていない稀有な国であり続けるのでしょうか。

理由はいくつかあります。
まず、日本のおたふくかぜワクチンは、アメリカのJeryl‒Lynn株と比べて副反応が多いことで知られています。(というものの、前述の通り2016年度の報告では、日本のおたふくかぜワクチンの無菌性髄膜炎発生率は0.0015%であり、添付文書上の発生率よりもずっと少ない可能性はあります)
「日本にもJeryl‒Lynn株を導入すればいいじゃないですか?」と考えそうなものですが、Jeryl‒Lynn株の遺伝子型はAで、日本で流行している遺伝子型Gのおたふくかぜにはどれほど有用なのか未知数です。
また、Jeryl‒Lynn株を使っているアメリカでは大学生を中心とした流行が発生しており、Jeryl‒Lynn株の長期効果にも疑問が残ります。
アメリカにおけるMMRワクチンの3回接種の有効性についてはこちらの記事に書きました。

おたふくかぜの予防接種は何回すべきですか?

2018年1月6日

またムンプス難聴が正確に診断されていないのではないかという意見もあります。
たとえばおたふくかぜ罹患後1か月で聴力検査を行うなど積極的に難聴を把握すれば、難聴のリスクが正確に把握され、定期接種化が進むという考え方です。

まとめ

おたふくかぜワクチンを定期接種化しているアメリカと、定期接種化していない日本とで比べると、罹患数は100倍以上違います。(アメリカのほうが人口が2倍以上多いにも関わらずです!)

また、難聴を防ぐことができます。
年間400人以上発症していると考えられるムンプス難聴は、おたふくかぜワクチンによって予防が可能です。

おたふくかぜの予防接種には無菌性髄膜炎の副作用がありますが、自然にかかることによる無菌性髄膜炎発生リスクの1/20以下です。

以上から、接種することを推奨します。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。