2017年6月10日追記。
社会保険診療報酬支払基金の審査情報提供事例について付け加えました。
胃腸炎の基本治療は、水分をしっかり摂ることです。
脱水にさえならなければ、子どもは安全に回復します。
脱水が軽度から中等度の子どもには経口補水療法を勧めます。
正しく経口補水療法ができれば、胃腸炎のほとんどは点滴することなく治ります。
ですが、やはり吐いてしまって、水分が摂れない子どももいます。
「水分を少しずつ摂らせても、吐いてしまうんです」
こういうときはどうすればいいでしょうか。
点滴するしかないのでしょうか。
点滴を回避する方法として、吐き気止め(制吐剤)が有効な場合があります。
今回は子どもに対する吐き気止めについて書きます。
このページの目次です。
子どもに使える吐き気止め
たとえばロタウイルス腸炎の2歳児が吐いています。
経口補水療法を指導しましたが、やはり吐いてしまうようです。
まだ脱水所見は強くなく、ただちに点滴をしなければいけないわけではありません。
ですが、このまま吐き続けて水分が摂れないのなら、脱水になってしまうでしょう。
こういうとき、吐き気止めを使ってみる価値はあると思います。
吐き気止めにはどういう薬があるでしょうか。
- ナウゼリン(ドンペリドン)
- プリンペラン(メトクロプラミド)
- 五苓散
どの薬もよく使われます。
私は五苓散を処方することが多いです。
他の先生に聞いてみると「ナウゼリンをお守り代わりに処方する」という意見が多かったです。
「お守り代わり」という言葉は様々なニュアンスを含んでいるので、一言では説明できません。
ただ、医学は(仁術でもありますが)科学である以上、「お守り代わり」という効果を医学的に肯定することは難しいと思います。
ネルソン小児科学における吐き気止め
困ったときは、とりあえずネルソン小児科学に聞いてみましょう。
持続する嘔吐は経口補液療法の有効性を制限するが、オンダンセトロンの口腔内溶解錠の舌下単回投与は考慮される選択肢である。
ネルソン小児科学
さらに困っことになりました。
ナウゼリンでもプリンペランでもない薬が飛び出してきました。
オンダンセトロン(商品名ゾフラン)の登場です。
ゾフランは日本でも販売されています。
小児用のシロップ剤まであります。
ドンペリドンvsオンダンセトロン
ネルソン推しのオンダンセトロンは、本当に吐き気止めとして有効な薬なのでしょうか。
pubmedを使って、日本で多く使用されているドンペリドンとの比較試験を探してみました。
イタリアの論文ですね。
無料で全文読めます。
無料で読めるようにしてくれた著者の配慮に感謝です。
ではさっそく読んでみましょう。
胃腸炎にかかる子どもは多く、アメリカでは150万人の子どもが胃腸炎にかかり、そのうちの19.5万人が入院します。
ヨーロッパでも年間8.7万人の子どもが入院し、230人の子どもが命を失います。
胃腸炎は嘔吐症状で始まることが多く、ロタウイルス腸炎の75%は最初の症状が嘔吐です。
嘔吐は、有効な経口補水療法を阻止します。
効果的な吐き気止めは、経口補水療法を成功させるかもしれません。
フランスやスペイン、イタリアでは吐き気止めとしてドンペリドン(商品名ナウゼリン)が使われます。
オンダンセトロン(商品名ゾフラン)は限られた施設でしか使われていません。
文献を調べると、オンダンセトロンの有効性については報告があります。
ですが、オンダンセトロンとドンペリドンを適切に比較した論文はありません。
今回、二重盲検ランダム化比較試験で、オンダンセトロンとドンペリドンとプラセボの効果を調べます。
1歳から6歳で、胃腸炎で24時間以内に3回以上吐いてる子ども対象です。
受診したらまず経口補水療法を試みます。
もし吐いてしまったら、オンダンセトロンかドンペリドンかプラセボかをランダムにどれか一つ投与します。
投与して45分から60分後に、もう一度経口補水療法をしてみます。
うまく飲めて、吐かなければ成功です。
飲めなかったり、吐いてしまって、輸液をすることになれば失敗です。
失敗してしまったのは、オンダンセトロン群119人中14人(11.8%)、ドンペリドン群119人中30人(25.2%)、プラセボ群118人中34人(28.8%)でした。
オンダンセトロンを飲ませた子どもは、有意に経口補水療法の失敗が少ないという結果でした。
いっぽうで、ドンペリドンは有効ではない可能性が示唆されました。
私が読んだ限り、論文の研究デザインに問題はありません。
オンダンセトロンのほうがドンペリドンより吐き気止めとして有用であることは、科学的に示されたと言えるでしょう。
オンダンセトロン(ゾフラン)の保険適応
ネルソン小児科学に書かれたオンダンセトロンは、イタリアの論文でも優れた効果を示しました。
しかし残念なことに日本の保険医療では胃腸炎に対して使用できません。
なぜなら、オンダンセトロン(商品名ゾフラン)の保険適応は、抗悪性腫瘍剤(シスプラチン等)投与に伴う消化器症状のみなのです。
胃腸炎に対して、ゾフランを使うことは保険診療上できません。
日本では、有効性が明らかにされなかったドンペリドン(ナウゼリン)を使うしかないのでしょうか。
制吐剤の位置付け
さて、ここであらためてイタリアの論文を読み返してみます。
3回以上嘔吐した胃腸炎の子ども(重症脱水は除く)は全部で1313人いました。
そのうち832人(63.4%)は、何も薬を使わずに経口補水療法に成功しました。
多くの子どもにとって、そもそも吐き気止めは必要ないのです。
これはネルソン小児科科学にも書いてあります。
ほとんどの患児は特定の制吐療法を必要としない。
注意深い経口補水療法で十分である。ネルソン小児科学
胃腸炎の治療で大切なのは、注意深い経口補水療法です。
経口補水療法については、こちらの記事で書きました。
1-2歳の子どもは、最初の1時間で合計50ml飲みます。
コーヒースプーンを使って、2分おきに1.5mlずつ飲んでいきます。
3-6歳の子どもは、最初の1時間で合計100ml飲みます。
コーヒースプーンを使って、2分おきに3mlずつ飲んでいきます。
コーヒースプーンを使うところが、イタリアっぽいですね。
続いて、4-6時間かけて、30-90ml/kgの経口補水液を飲みます。
脱水の重症度で飲む量は調節されます。
10kgの子どもで中等度の脱水があれば、900ml飲みます。
6時間かけて飲むなら、1時間に150ml、2分で5mlずつ飲めばよい計算になります。
なお、脱水の重症度はイタリアの論文ではDehydration clinical scoreでされています。
(以前紹介した薄めたりんごジュースの論文はClinical Dehydration Scaleを使っていました。脱水の評価はいろいろな尺度がありますね)
参考までに、Dehydration clinical scoreを載せておきます。
正常か軽度(1点) | 中等度(2点) | 重症(3点) | |
毛細血管再充満時間 | 迅速 | ゆっくり(≤2秒) | とてもゆっくり(>2 秒) |
皮膚 | 正常 | 乾燥 | 冷たい |
口の粘膜 | 湿っている | 乾燥している | とても乾燥している |
生後24か月未満なら涙の評価 | いつも通り | 減っている | 出ない |
心拍数 | 正常範囲 | 頻脈(上限+10%以内) | 頻脈(上限+10%以上) |
尿量 | 正常の量と色 | 量が減って、少し濃い | 6時間以上出ない |
精神 | のどの渇きあり、意識ははっきり | ぼんやり、いらいら、落ち着かない | 弱々しい、傾眠 |
24か月未満は10点以上で中等度脱水、18点以上で重症脱水。
24か月以上は8点以上で中等度脱水、16点以上で重症脱水。
重症の脱水に対しては経口補水療法ではなく、点滴をします。
ドンペリドン(ナウゼリン)が効くのか、効かないのかというよりも、正しく脱水を評価し、重症でないケースには正しく経口補水療法を指導できることのほうが大切でしょう。
それでも吐き気止めを使いたい
正しく経口補水療法を指導したとしても、やはり一部の子どもは吐いてしまいます。
吐き気止めを強く希望するお父さん・お母さんもいるでしょう。
前述のイタリアの論文は、ナウゼリンの有効性を証明できなかっただけで、ナウゼリンの無効性を証明したわけではありません。
ナウゼリンを処方することは、科学的に間違っているとは言えないでしょう。
ナウゼリンを「お守り代わり」として処方する医者の気持ちは理解できますし、否定するつもりもありません。
ちなみに私は吐き気止めとして五苓散をよく処方します。
五苓散とナウゼリンを比較した論文は見つかりませんでした。
五苓散とナウゼリンの比較試験は、私が今後やってみたい研究テーマの一つです。
ただ、五苓散自体のランダム化比較試験はいくつかあります。
このブログでもまとめて紹介する予定です。
また、胃腸炎に対しては保健適応のないオンダンセトロン(ゾフラン)ですが、ネルソン小児科学にはきちんと記載されています。
添付文書では適応が認められていなくても、副作用報告義務期間または再審査の終了した医薬品を学術上誤りなく適応していると判断されれば、社会保険診療報酬支払基金が保険診療として認めてくれるかもしれません。
アメリカではオンダンセトロンは標準的な制吐剤として子どもに使われており、またオンダンセトロンがドンペリドンよりも有効であることは比較試験で明らかになったわけですから、消化器や小児科、麻酔科などの学会の働きかけによっては日本でも保険診療でオンダンセトロンを使えるようになるかもしれません。
社会保険診療報酬支払基金の審査情報提供事例については、こちらにも書きました。
まとめ
- 吐き気止めは日本ではドンペリドン(ナウゼリン)、アメリカではオンダンセトロンが使われる。
- オンダンセトロンはドンペリドンよりも制吐作用が優れているが、日本では胃腸炎に対して処方できない。
- 吐き気止めはあくまで補助療法であり、大切なのは正しい脱水評価と正しい経口補水療法である。
オンダンセトロンが日本でも使いやすくなれば、治療の幅が広がっていいのになあと思います。
数年前に小児麻酔学会がゾフランの適応拡大要望をしていたと思うのですが、現状ゾフランの適応拡大がされていないところをみると、上手く行かなかったのでしょうか。
経緯を知っている人がいましたら、ぜひ教えてください。