子どもが吐くと、すごく心配になります。
「子どもの下痢・嘔吐にいい飲み物はなんですか?」という質問は、小児科外来でも救急でもよく聞かれます。
子どもの下痢・嘔吐にはオーエスワンがいいのでしょうか?
2倍に薄めたリンゴジュースがいいのでしょうか?
子どもが普段から気に入っている飲み物でいいのでしょうか?
実はこの質問、答えるのがとても難しいです。
今日は胃腸炎のときの水分摂取について書きます。
経口補水療法
「下痢・嘔吐のときに大事なのは、水分と塩分です。オーエスワンやアクアライトのような塩分がしっかり入っている飲みものがいいでしょう。スポーツドリンクやジュースは塩分が少ないので低ナトリウム血症になってしまいますし、糖分が多いので余計に下痢になりますよ」
私が研修医の頃はそう習いました。
ネルソン小児科学にも、「炭酸を含まない清涼飲料水やフルーツジュース、あるいは茶のような飲料を自家使用することは脱水の加療や維持療法としては適切ではない」とあります。
しかしこの記載は、そう遠くないうちに過去のものとなるかもしれません。
子どもの嘔吐・下痢に対する経口補水液は、時代とともにその内容が変遷しているのです。
経口補水液の歴史
経口補水液の歴史は、人類とコレラとの歴史でもあります。
1968年に東パキスタンでコレラに対する経口補水療法が報告されました。
1971年のインドでの経口補水療法は、それまで死亡率30%だったコレラ感染において、死亡率3.6%にまで改善させました。
1978年のLANCET誌では「経口補水療法は20世紀最大の医学の進歩」と評されました。
1990年のWHOの集計では、年間100万人の子どもが経口補水液で救命されているとされています。
経口補水液の成分
腸上皮のナトリウムとグルコースの共輸送体により、ナトリウムとグルコースが適切な比率で含まれる液体は、その水分も含めて効率よく吸収されるようです。
したがって、経口補水液には、塩分と糖分が適度に入っています。
1975年にWHOが提言した経口補水液は、ブドウ糖を2%、ナトリウム90mmol/Lを含み、浸透圧311mOsm/Lと少し濃いものでした。
それから浸透圧は低いほうが水分の吸収効率がいいことが分かり、2005年にWHOが提言した補水液はブドウ糖を1.35%、ナトリウム75mmol/Lを含んだ浸透圧245mOsm/Lのものになりました。
現在の先進国では、コレラ感染がほとんどなく、下痢でナトリウムを失いすぎることはほとんどありません。
先進国ではナトリウム濃度45-60mmol/Lの経口補水液が使われています。
日本のオーエスワンもナトリウム50mmol/Lです。
そしてブドウ糖を2.5%含み、浸透圧は270mOsm/Lです。
薄めたりんごジュースの報告
何千万人もの子どもの命を救ってきた経口補水液ですが、ここにきて新しい報告がありました。
2倍に薄めたりんごジュースが、軽症の胃腸炎には有効だという論文が出たのです。
嬉しいことに、無料で全文読むことができます。
ですが、嬉しくないことに、英語がかなり難しいです。
細かいところの意味がとりにくいです。
以前紹介させていただいた堀向先生の「小児アレルギー科医の備忘録」に、論文の概要が書いてあります。
水で2倍に薄めたりんごジュースとはどういうものでしょうか。
ネルソン小児科学にはご丁寧なことにりんごジュースの組成を書いてくれています。
りんごジュースは糖分12%、ナトリウム0.4mmol/Lを含んだ浸透圧730mOsm/Lです。
前述のWHO推奨経口補水液やオーエスワンの組成と比較すると、糖分と浸透圧が高く、ナトリウムはほとんど含まれません。
これを2倍に薄めるわけですから、糖分6%、浸透圧365mOsm/Lになります。
これでもまだ糖分と浸透圧は、従来の経口補水液より高いです。
どうして2倍に薄めたりんごジュースが有効だったのでしょうか。
ディスカッションを読んでみると、従来は糖分が多い飲み物は下痢を引き起こすとされていたけれど、ブラジルやインドの報告では、それほど下痢は起こさないという報告もあると書いてあります。
さらに、今回の論文は軽症の胃腸炎のみを対象としているので、ナトリウムの少ないりんごジュースであっても、低ナトリウム血症にならなかったと書かれています。
りんごジュースのほうがいい成績だった理由は論文中に見つけられませんでしたが、やはり子どもは経口補水液よりジュースのほうが好きだということでしょうか。
りんごジュースの限界
前述の論文は3回以上の嘔吐・下痢があった児が対象ですが、その68%がClinical Dehydration Scaleが0点だったとのことです。
Clinical Dehydration Scaleが0点ということは、元気で、目が落ち込んでいなくて、口の粘膜は湿っていて、泣いたらしっかり涙が出るような子どもを対象とした研究です。
CDCガイドラインによると、経口補水療法は3つのステップで行われます。
- 脱水の是正:脱水が中等症以上あれば、3-4時間で50-100ml/kgを投与。
- 喪失水分の補充:下痢や嘔吐のたびに、10kg未満には60-120ml、10kg以上には120-240mlを投与。
- 栄養:脱水が是正されたら、普通の食事を開始する。
前述の論文は脱水所見がほとんどない子どもばかりが対象ですから、「脱水の是正」というステップが必要ありません。
下痢や嘔吐のたびに、経口補水液か薄めたりんごジュースを与えるという研究です。
「脱水の是正」のステップをジュースですると、低ナトリウム血症になるかもしれません。
脱水徴候が目立ってきている子どもについては、経口補水液のほうが有効かもしれません。
まだまだ検討が必要です。
経口補水液か薄めたりんごジュースか
さて、ここで最初の問題に振り返ります。
「子どもの下痢・嘔吐にいい飲み物はなんですか?」
この質問にはどのように答えるべきなのでしょうか。
何千万人の命を救ったという実績がある経口補水液でしょうか?
それともランダム化比較試験で優位性を示した希釈りんごジュースでしょうか?
この問題に答えるには、子どもの脱水状態を正しく判断する必要があります。
薄めたりんごジュースが優位性を示したのはきわめて軽症な胃腸炎のケースです。
脱水是正、すなわち15kgの子どもに750-1500mlの水分を3-4時間かけて投与するときに、りんごジュースを使ってしまっては、論文を正しく評価した治療とはいえません。
中等症の脱水に対しては、1分間に5mlずつ、少しずつ経口補水液で脱水是正をするのが現状の医学としては正しいでしょう。
いっぽうで、脱水是正が必要ないくらいに軽症な胃腸炎であれば、子どもの好き好きに合わせて薄めたりんごジュースを使うのもよいでしょう。
まとめ
「子どもの下痢・嘔吐にいい飲み物はなんですか?」に対する答えは、お子さんの脱水の程度によって異なります。
医療アクセスがいい日本において、「子どもが吐いたら点滴」という文化がありますが、点滴には痛みが伴います。
子どもへの痛みは少なければ少ない方がよいことに異論がある人はいないでしょう。
不要な点滴をできるだけ回避するのが、本当に子どものことを考えた小児医療だと思います。
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