ロタウイルス腸炎を罹患した2歳児の一般的な経過。

注意事項:個人情報保護の観点から、この記事の症例提示は架空のものとなっております。ここに登場する患者の名前・年齢・性別・検査データ・臨床所見などは、科学的な矛盾が生じないように配慮されつつ、すべて架空のデータであることをご了承ください。

はやと君は2歳の男の子です。
毎日保育園に元気に通っています。

今の季節は3月。
保育園では最近、胃腸炎が流行しているそうです。

ロタウイルス腸炎の症例提示

突然の嘔吐

朝、はやと君がなかなかご飯を食べてくれません。
いつもは喜んで食べるパンとりんごジュースですが、今日はゆっくりゆっくりしか食べないのです。
機嫌も少し悪そうです。

そのとき、はやと君は突然嘔吐してしまいました。
嘔吐にびっくりしたのか、はやと君は泣いています。

抱き起こして、背中をさするとはやと君はなんとか落ち着きました。

のどが渇いたというので、りんごジュースを少しだけ飲ませました。
それは吐きませんでした。
でも気持ち悪そうにはしています。

熱を測ると、37.6℃です。
少し高いようです。

お母さんは、今日の保育園はお休みさせることにしました。

うすいレモン色の下痢

はやと君はお昼ご飯も全然食べません。
ただ、りんごジュースやお茶は少しずつ飲みました。

昼過ぎに、おむつから溢れるような下痢が出ました。
ほとんど水のような便です。
色は白っぽい黄色の便で、少しすっぱい匂いもします。

お母さん
「胃腸炎かしら。保育園でも流行っているようだし……」

お母さんは、はやと君を小児科に連れていきました。

小児科専門医からのワンポイント
ウイルス性の胃腸炎は嘔吐から始まることが多いです。その後下痢があれば、多くが胃腸炎です。しかし嘔吐だけだった場合は、腸重積や髄膜炎、糖尿病性ケトアシドーシス、先天性代謝異常など、いろいろな病気が鑑別に挙がります。

 

小児科を受診

小児科の先生は、はやと君のお腹の音を聞いたり、触ったりしました。
口の中の粘膜を見たり、お腹の皮膚の張り具合をみたり、人差し指の爪を5秒ほど抑えてから離したりして、何やら診察しています。

小児科専門医
「便のついたオムツは持ってきていますか?」
お母さん
「あっ、持ってきていません。あったほうがよかったんですね」
小児科専門医
「そうですね。下痢のときだけに限りませんが、何か気になった症状があって小児科を受診するときは、例えばおしっこが気になって受診するならおしっこを、便が気になって受診するときは便があると診断の手がかりになります。最近はスマートフォンで簡単に写真や動画が取れますから、たとえばじんましんや発疹だったら写真を、子どもの動きが気になるときは動画を持ってきてくれると助かります」

そう言うと、先生ははやと君の状態を説明しました。

小児科専門医
「はやと君は、今朝から嘔吐と下痢があったんですね。食欲はなくて、機嫌も悪いけれど、水分はなんとか摂れているのですね。今診察したところ、お腹は痛くなさそうですし、脱水の程度も強くありません。ロタウイルスが今とても流行っていますので、検査してみましょう」
小児科専門医からのワンポイント
脱水かどうかを調べる診察として、次の3つがあります。口の中の粘膜が乾燥して、舌圧子がべったり口に貼りついてしまうときは、脱水があるかもしれません。脱水の皮膚の張りが弱くなって、しわを寄せるとなかなか元に戻らないときも脱水かもしれません。これをツルゴールの低下といいます。また、爪を5秒ぐっと抑えて、離した時に爪の色が白っぽい状態から2秒以上かけて赤く戻るときも脱水かもしれません。これを毛細血管再充満時間(capillary refilling time)の延長と言います。
診察以外にも、採血でBUNやクレアチニン、血液ガスを測定することで、脱水の評価をすることができます。

 

ロタウイルス腸炎

小児科の先生は、綿棒をはやと君のおしりに入れて、それを検査に出しました。

20分ほどして、結果が出ました。

小児科専門医
ロタウイルス陽性です。ロタウイルス腸炎のようですね。今は脱水は強くありませんので、このまま少しずつ水が飲めれば1~2日で嘔吐は治まるはずです。下痢は少し長く続きますが、1週間くらいでよくなりますよ

ロタウイルスという聞きなれない言葉を聞いて、はやと君のお母さんは心配になりました。
先生は1~2日で治ると言っているけれど、その間に脱水症で死んでしまうことはないのだろうか。
嘔吐が治まっても、下痢が長く続くのであれば、そのうち体の水分がなくなってやっぱり脱水になるんじゃないか。
お母さんの不安はどんどん強くなります。

点滴の必要性

お母さん
「あの、点滴してもらえないんですか?」

お母さんは不安な気持ちを小児科の先生に打ち明けました。

小児科専門医
「お母さんは脱水症が心配なのですね。子どもが吐いていたらとても心配になりますよね。お気持ちはよく分かります。お子さんが水分が摂れている状態で点滴をしても、あまり効果的ではありません。もし吐き続けて水分すら摂れない時や、唇が渇いておしっこが少なくなったときはすぐに受診させてください。そのときに点滴をするのが効果的です」

下痢のときの飲み物

お母さん
「今はお茶やりんごジュースをあげているんですが、スポーツドリンクのほうがいいですか?」
小児科専門医
「水分と塩分の補給が大切だと言われています。塩分のしっかり入った飲み物というとオーエスワンやアクアライトが代表的です。ですが、はやと君の好みの味というものもあるでしょう。2016年に薄めたりんごジュースが胃腸炎に有効だったという論文が出ました。はやと君はりんごジュースが好きなようですから、ぜひそのままりんごジュースをあげてください。食べ物も、下痢をしているときはうどんや豆腐、白身魚、鶏肉、おかゆ、スープ、バナナ、りんご、煮野菜などがいいと言われますが、子どもは総じておかゆが嫌いですし、油っこいものでなければ好きなものを与えて大丈夫です」
小児科専門医からのワンポイント
Effect of Dilute Apple Juice and Preferred Fluids vs Electrolyte Maintenance Solution on Treatment Failure Among Children With Mild Gastroenteritis: A Randomized Clinical Trial.という論文に薄めたりんごジュースが点滴を回避するのに有用であったと報告されています。
しかし、この論文にはいろいろな制限があります。
場合によってはりんごジュースが不適当なこともあるかもしれません。
詳しくはこちらの記事に書きました。

経口補水療法。子どもの下痢・嘔吐にいい飲み物は何ですか?

2017年5月22日

ロタウイルス腸炎の治療に特別なものはありません。ビフィズス菌などのプロバイオティクスも軽症例の下痢には有効かもしれません。また1分間に5mlずつ、とてもゆっくりと水分摂取することも有効とされています。ナウゼリンという吐き気止めや、五苓散という漢方薬も嘔吐に有効な場合があります。

重症な脱水になった場合は、すぐに点滴をすることが大事です。
いっぽうで、重症ではない脱水を経口補水療法や吐き気止めを上手く使うことで、点滴を回避できるというのも、正しい小児医療のあり方だと思います。

 

その後

先生の丁寧な説明のおかげで、お母さんの心配はずいぶん和らぎました。

お母さん
「吐き続けたり、唇が渇いたり、おしっこが少なくなったらまた受診すればいいんですね」
小児科専門医
「はい。次受診するときは、おうちで飲んだ水分の量、下痢や嘔吐の回数をメモしてきてくださるといいですね。お大事にしてください」

帰宅後もはやとくんは少しずつ水分が摂れました。
2日後には食欲は戻り、1週間後には下痢も治まりました。

小児科専門医からのワンポイント
いつから保育園に行ってもいいか?という質問は多いのですが、答えるのが難しい質問です。お腹で増えるウイルスとして代表的なロタウイルス、ノロウイルス、手足口病の原因であるエンテロウイルスなどすべてに言えることがですが、ウイルスは下痢がおさまっても数週間は便として排出されているようです。では、1か月近く保育園や幼稚園を休ませないといけないのでしょうか。
これらのウイルスによる感染症は、日本においては感染しても大きな健康被害がありません。いたづらに出席を停止せず、楽しい園生活ができるように考慮することが大切です。(参考:お母さんに伝えたい 子どもの病気ホームケアガイド)

 

症例のまとめ

  • 2歳の男児が3月に嘔吐と下痢で発症した。
  • 下痢は薄い黄色で、酸っぱい匂いがした。
  • 輸液や特別な薬を使うことなく、少しずつ水分を摂らせるだけで軽快した。

ロタウイルスは多くが軽症の胃腸炎で済みます。
ですが、一部で重症な脱水となり、発展途上国ではたくさんの子どもの命を奪っている怖い病気です。

ロタウイルスの重症例については、こちらの記事に書きました。

小児救急における重症ロタウイルス腸炎。

2017年4月25日

日本での死亡率は低いといっても、ロタウイルスの感染力と症状の強さはやはり脅威です。
ロタウイルスには予防接種もあります。
こちらの記事にてロタウイルスワクチンについて解説していますので、参考にしてください。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。