急性糸球体腎炎の様々な経過を5つ紹介。

注意事項:個人情報保護の観点から、この記事の症例提示は架空のものとなっております。ここに登場する患者の検査データ・臨床所見などは、科学的な矛盾が生じないように配慮されつつ、すべて架空のデータであることをご了承ください。

感染後の急性糸球体腎炎。

急性糸球体腎炎の子どもが入院したら、小児科医は次のように説明するでしょう。

「お子さんはおそらく感染後の急性糸球体腎炎だと思われます。8週間以内に補体が回復してくるようであれば大丈夫です。ですが、補体がいつまで経っても回復しないときや、強い蛋白尿が続いてネフローゼという状態になったときは、腎生検が必要です」

血圧をコントロールできて、高血圧性脳症のリスクを十分に下げられていれば、あとは気長に待つだけの治療です。

簡単そうに見えるのですが、いざ主治医になってみると不安になるときがあります。

それは、最初の説明で用いた「おそらく」と「腎生検」という言葉が常に頭によぎるからでしょう。

  • 本当に感染後糸球体腎炎なのか。
  • 本当に待ってるだけで補体は上がってくるのか。
  • 腎生検はしなくていいのか。

主治医にはこの3つの不安が降りかかります。
主治医の不安は、お父さん・お母さんの不安にもなるでしょう。

急性糸球体腎炎は、補体が回復するのに通常4週間はかかりますので、それまでの4週間は小児科医もお父さんもお母さんも(年齢によっては子ども本人も)この不安と戦うことになります。

どうすれば不安を軽減できるでしょうか。

一つは、急性糸球体腎炎の症例をたくさん診ることで解決するでしょう。
たくさん経験すれば、主治医の不安は減ります。

急性糸球体腎炎は比較的ポピュラーな病気ではあるものの、川崎病に比べればやはり稀です。

今回は、少しでも経験値を積んでもらうために、私が過去9年間で経験した急性糸球体腎炎を元にした架空のケースを書きます。(個人情報の観点から検査データは変更し、年齢や性別に関するデータは省略しました)

もし、糸球体腎炎の診断や治療について知りたければ、こちらの記事も参考にしてください。

小児の急性糸球体腎炎の症状・検査・治療。

2017年4月1日

いつもはセリフ形式で症例提示を書くのですが、今回は5症例もありますので、セリフはなしで、端的に書きます。

なお、赤字は異常高値青字は異常低値です。

症例1

第1病日:顔面のむくみが出現。

第4病日:近くの小児科で尿蛋白(+)、尿潜血(+)。
当院へ紹介。

当院初診時:普段の体重より4kg増加、血圧149/96、BUN55.0、Na144、K4.8、C3 22.9、抗核抗体陰性、ASO845、溶連菌咽頭抗原陰性、尿中赤血球20、尿中蛋白/Cr比0.6

血尿、高血圧、浮腫があり、急性腎炎症候群と診断した。
さらに補体の低下を認め、溶連菌感染後の急性糸球体腎炎を強く疑った。

ニフェジピンL内服、塩分制限(1日6gまで)、ベッド上安静、水分制限、利尿薬投与、カリウム制限を開始した。

第5病日:1日に1000mlの排尿あり。血圧やや改善した。

第6病日:蛋白尿消失。

第7病日:浮腫もとれた。
水分制限と利尿剤とベッド上安静を終了。
BUN75.7と依然高値であり、塩分制限・カリウム制限継続。

第8病日:BUN58.9とやや改善。

第9病日:血圧が安定してきたため、お風呂ぬるめで許可。

第11病日:BUN29.5と改善傾向。

第15病日:BUN37C3 18.4で補体は相変わらず低い。

第18病日:BUN32.8C3 21.2と補体が回復に向かいだした。

第21病日:血圧はすこぶる安定している。

第22病日:血圧がいいためニフェジピン減量した。
BUN29.4C3 30.3と補体は回復してきている。

第25病日:BUN32.1C3 45.8
BUNは高いが、補体が回復してきており、カリウムの値もいいため、カリウム制限解除。

第27病日:血圧いいためニフェジピン終了。

第28病日:BUN25.6C3 37.7
補体は若干下がっているものの、大きく見れば回復傾向であり、退院。

第45病日:BUN13.7、C3 87.3。
腎機能も補体も正常化した。

第87病日:血尿消失。

6か月でフォロー終えた。

症例1のまとめ

血圧のコントロールは難しくなかったが、腎機能が悪く、高カリウム血症に注意を要した。
C3の値は、少しばらつくことがある(たとえば第28病日の補体がいったん下がっている)。

症例2

第1病日:眼瞼、下腿の浮腫が出現。

第2病日:尿潜血(3+)、尿中赤血球5-9/HPF、尿蛋白(-)、BUN19.1、ASO521

第3病日:当院紹介。

当院初診時:血圧137/80、尿中赤血球10、BUN19.5、C3 26.8
ニフェジピン20mg、利尿薬、塩分制限、水分制限を開始。
腎機能は悪くないので、カリウム制限はせず。

第8病日:利尿がつき、体重も減少してきたため、利尿薬終了。

第10病日:C3 16.4

第12病日:血圧コントロール不良で、ニフェジピン30mgに増量。

第17病日:C3 22.9とわずかに回復傾向。

第18病日:血圧が落ち着いてきたため、塩分制限終了。

第20病日:降圧薬終了。

第22病日:C3 30.8。血尿消失。退院

第39病日:C3 86.2と完全に回復。

発症3か月で終診。

症例2のまとめ

腎機能が悪化しないケースでは、カリウム制限を要さない。

症例3

第1病日:顔のむくみが出現。

第8病日:近医で尿蛋白(3+)、尿潜血(2+)、ASO1392、TBPM-PI内服。

第23病日:尿蛋白(±)、尿潜血(3+)、当院紹介。

当院初診時:浮腫はひいてきている。
体重普段と変わらず。
血圧114/87、乏尿なし。
BUN12.4、C3 41.5、抗核抗体陰性。
水分制限、塩分制限、ニフェジピン内服で治療した。

第24病日:血圧改善し、水分制限・塩分制限解除。
ニフェジピンも終了。

第27病日、C3 61.8。
蛋白尿消失。
補体の改善を確認し、退院。

第41病日:C3 108.5。

発症5か月で血尿改善。

症例3のまとめ

第8病日で急性腎炎症候群を呈した。
高血圧性腎症に至らず、当院受診時には自然軽快していた。

症例4

第1病日:乏尿。

第2病日:尿蛋白(2+)、尿潜血(3+)、BUN34.3C3 32、ASO108。

第3病日:当院紹介受診。

当院初診時:血圧119/72、下腿に浮腫あり。
尿中赤血球20、蛋白尿なし。
BUN37.5C3 20.1

血圧が正常であったので、塩分制限、安静のみ。

第8病日:血圧130に上昇、ニフェジピン。
カリウム上昇あり、制限開始。

第9病日:BUN18.9、C3 10.8。

第13病日:BUN15.1、C3 25.3。

第14病日:ニフェジピン終了。

第16病日:C3 28.1
水分制限終了、塩分制限終了。

第17病日:カリウム制限終了。

第20病日:C3 38.0.退院。

第37病日:C3 81.6。

発症3か月で血尿消失。

発症6か月でフォロー終了。

症例4のまとめ

終始ASOの上昇はなかった。
ASOが上がらないタイプの急性糸球体腎炎は存在する。

症例5

第1病日:むくみ、体重増加(+4kg)で前医受診。
尿蛋白(3+)、尿潜血(3+)、溶連菌陽性で当院紹介。

当院初診時:血圧133/90
BUN27.8C3 6.6、抗核抗体陰性。
安静、塩分制限、カリウム制限、利尿剤、ニフェジピン、AMPC。

第3病日:C3 3.5、BUN16.9

第6病日:浮腫改善。
水分制限解除。
第7病日:BUN14.4、C3 2.1
第10病日:C3 2.5。
利尿薬終了。
塩分制限・カリウム制限終了。

第14病日:C3 2.8。
蛋白尿消失。

第16病日:ニフェジピン終了。

第17病日:C3 4.1

第18病日:退院。

第29病日:C3 15.8

第44病日:C3 58.9、血尿消失。

第79病日:C3 73.4

症例5のまとめ

咽頭から溶連菌が検出されたので抗生剤での除菌療法をしている。
抗生剤は急性糸球体腎炎の自然歴を変えないことで知られているが、周りにうつさないために除菌した。
補体の回復には4週間要した。
補体は極めて低値になったが、補体と重症度に相関はない。

まとめ

感染後の糸球体腎炎は、「血尿、高血圧、浮腫、乏尿」をもった子どもが、補体の低下や溶連菌の証拠を認めた場合に、まず診断されます。

ですが、この診断は暫定的な診断です。
2か月以内に補体が回復してきて、はじめて「感染後の急性糸球体腎炎」と確定します。

補体が回復するまでのあいだは、「膜性増殖性糸球体腎炎」の可能性もまだあるのです。
膜性増殖性糸球体腎炎であれば、ステロイドを中心とした積極的な治療が必要となります。

この「膜性増殖性糸球体腎炎」の可能性があるという点が、主治医を不安にさせるのです。

いくら急性糸球体腎炎をたくさん診ても、膜性増殖性糸球体腎炎に遭遇する確率が減るわけではありませんが、自信をもって診療に臨めるようにはなると思います。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。