小児科ベストクエスチョンの序文、書いた経緯。

小児科研修の疑問を厳選しました。
協力くださった丹波医療センターと加古川医療センターの研修医の先生方、ありがとうございます。

Q&A形式の小児科本

2018年の夏頃だったでしょうか。
「実際の研修医の疑問に応える、今までになかったような小児科Q&A書籍をお願いします」というフワフワした依頼を中外医学社から頂きました。

私は「そういう本なら、すでにありますよ」と即座に答えました。
「小児科研修の素朴な疑問に答えます」や「疑問解決 小児の診かた」などの小児科Q&A書籍で勉強してきた私に、「今までになかったような小児科Q&A書籍」という注文はちょっと無理だと思ったのです。

改革とは現状に不満がある者から生まれるのです。
現状に満足してしまった私に新しいものを生み出せるはずがありません。

そう思いながら、私は自分が持っている小児科Q&A書籍たちを久しぶりに読み返してみました。
小児科医11年目となった今読んでも、これらはすばらしい本です。

ただ、小児科研修医だった当時の私には気づかず、現在の私には気になったことが1つだけありました。
それは、「将来小児科医にはならない研修医にとって、これらの本は質・量ともに高すぎるのではないか」という点です。
感じ方が変化した理由は、きっと私が置かれた環境が変化したためかもしれません。

子どもを診るのは小児科医、という時代は終わりつつある

私が勤務している兵庫県丹波市は田舎です。
市内に小児科を専門とする開業医は存在しません。
いわゆる少子化の進んだ地域ですが、それでも子どもがいないわけではありません。
もし彼らが病気になれば、内科開業医の先生が子どものファーストタッチをしてくれています。

神戸や姫路などの(兵庫県の中では)大都市で研修していた頃、私は「子どもは小児科医が診る」ものだと思っていました。
ですが小児科医開業医が存在しない地域で働くうちに、この常識は日本中どこでも通用するわけではないと知りました。

小児科医は偏在化しつつあり、小児科医が存在しない地域はこれからもっと増えることでしょう。
小児科医でなくても、子どもを診ることができるようにならなければなりません。

私の使命は、すべての研修医を「子どもも診ることができる医師」に育てることだと思いました。

幸いにも、兵庫県立丹波医療センターは総合診療教育に力を注ぐ教育的な病院でした。
当院には「総合診療医・プライマリケア医」を目指す初期研修医が多く集まっています。

彼らは将来小児科医にはなりません。
ですが、子どもも診ることができる総合診療医を目指して、小児科研修の1か月間を過ごしています。
これはチャンスです。

1か月で読破できるシンプルでコンパクトな小児科本

初期研修医にとって、小児科必修期間は1か月。
あまりに短いです。
私が今まで勉強してきた本は良書ばかりですが、これらを1か月で読破することは不可能でしょう。
できるだけシンプルでコンパクトな本が必要です。

将来小児科医にならない彼らに、子どもの入院管理に関する知識は不要でしょう。
さらには、正確さよりも分かりやすさの方が大切かもしれません。
質・量ともに高い既存の小児科Q&A書籍から、「あえて質・量を下げる」という非常識きわまりない作業が必要でした。

まず私は、小児科外来に関するクエスチョンを131個挙げました。
この131個は、今まで11年間小児科医をしている中で感じた実践的(だと私が思っている)クリニカルクエスチョンです。

クエスチョンの形式にはこだわりました。
例えば「腹痛の鑑別疾患を教えてください」という疾患の基本的知識を問うクエスチョンでは、そのアンサーは小児科学の教科書の「総論:腹痛」のまとめになってしまいます。
これではQ&A形式の良さ、すなわち内容が鮮明になるという効果が失われてしまいます。

そこで私は、EBM普及推進事業Mindsのクリニカルクエスチョンの定義を参考にしました。
PICOまたはPECOが明確で、「推奨またはリスクの強さ」を決定できるクエスチョンを用意しました。
先ほどの例では、「腹痛の鑑別疾患を教えてください」ではなく、「腹痛患児に対して腹部CT検査をすると、効率よく診療を行えるか?」という形式にしました。

量を下げる

次の作業は「量を下げる」、すなわち131個のクエスチョンを厳選することでした。

「1日1個賢くなりなさい」と私は指導医から教わりました。
1か月しかない小児科研修では31個賢くなればいいのです。

つまり131個のクエスチョンから100個捨てる必要がありました。

「さて、どれを捨てようかな」

悩んだ末に、私はその作業を初期研修医自身に委ねることにしました。
本書は研修医のための本です。
研修医が興味のあるクエスチョンだけを取り上げればいいのです。

24人の研修医にアンケートし、38個のクエスチョンが選ばれました。
私の渾身のクリニカルクエスチョンは研修医によって容赦なく取捨選択されました。
実際に、93個のクエスチョンを捨てる作業はなかなか辛いものでした。
本当はあと7つ捨てなければならなかったのですが、私の精神的な余力が足りず、どうしても捨てきれませんでした。
「量を下げる」という作業はこれで完了しました。

質を下げる

続いて「質を下げる」という作業に取り掛かかりました。
それは「正確さよりも分かりやすさを優先する」という意味合いですが、これには特別な配慮は不要でした。

Mindsのクリニカルクエスチョンでは推奨の強さに加えてエビデンスの質を記載しなければなりませんが、私には到底無理です。
私のような若輩者がそもそも質の高いアンサーを書けるはずがありません。
エビデンスの質にはあまりこだわらず、実際の臨床現場への適応しやすさを重視して書けば、質は下がるが自然と理解しやすいアンサーになるだろうと考えました。

クエスチョンにこだわった研修医のための小児科本

こうして、「実際の研修医の疑問に応える、今までになかったような小児科Q&A書籍」は誕生しました。

初期研修医自身に約100個のクエスチョンを捨てさせ、さらに若輩者がアンサーを書き、「あえて質・量を下げる」という正気の沙汰とは思えない奇行の末、本書は「今までになかったような小児科Q&A書籍」、まさに奇書となりました。

私に残されたなけなしの良心が、本書を「Q&A」と名付けるのを阻止しました。

私が書いたAは分かりやすさを重視したためエビデンスレベルが低いです。
いっぽうで、「研修医自身が厳選したQはぜひウリにしたい」と思いました。
そういう思いから、本書は「小児科クエスチョン」とし、タイトルからアンサーの部分を消去しました。

38個のクエスチョンが、たった1か月しかない小児科研修ライフをより良くすることを願っています。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。