「ワクチン」と「予防接種」、どう使い分けていますか?

現在、日本では「ワクチン」という言葉と「予防接種」という言葉の両方が使われています。

意識して使い分けている人は、あまり多くないと思います。
ただ、ワクチンという言葉のほうがしっかりくるタイミングはありますね。

たとえば、製品そのものについては「ワクチン」と呼びます。
「工場でワクチンを生産する」と言えても、「工場で予防接種を生産する」とは通常言いません。
「不活化ワクチン」と言えても、「不活化予防接種」とは言いません。

いっぽうで、「予防接種」という言葉でなければならない状況は想像できないかもしれません。
「予防接種を受けましょう」でも「ワクチンを受けましょう」でも表面的な意味は変わらないように思えます。
これは、ワクチンという言葉が「vaccine=製品そのもの」と「inoculation=ワクチンを体内に取り入れること」の両方を含んでいるからだと思います。

多様な状況で便利に使える「ワクチン」という言葉ですが、私は可能な限り「予防接種」という言葉を使っています。

今回は、「ワクチン」と「予防接種」について、私が思うところを書きます。

ワクチンの語源

ワクチンという言葉は、牝牛を意味する「vacca(ワッカ)」に由来します。
「乳しぼりをしている人は、天然痘にかからない」ことがワクチン開発のヒントになったようです。

このあたりの歴史は調べてみると少し複雑です。
実は牛ではなく、馬が重要だったかもしれないと近年は言われており、牝馬はラテン語で「equa(エクア)」ですから、一歩間違えたら「ワクチン」ではなく「エクイン」とか「エクレア」とか呼ばれていたかもしれません。

予防接種の語源

キノコ栽培で、原木にキノコの菌を「接種」するという使い方をします。
「接種」とは「種を注入する」という意味です。

日本では「天然痘のワクチン」「種痘」と呼びました。
今でもワクチンを投与することを「接種」といいます。

両方とも、「種」という言葉が使われているのが面白いですね。
ワクチンの原理は「病気の種を植え付ける」ことですから、「種」という言葉が使われたのでしょう。

ちなみに、RSウイルスの抗体である「シナジス」のことは接種とは言いません。
シナジスは抗体そのものであり、ワクチンではありませんから、シナジスは「注射」です。

逆に、注射以外のワクチンであっても、ワクチンであればその投与は「接種」と言います。
ロタウイルスワクチンの内服は「接種」です。

ワクチンは「vaccine」を意味する?

本来、ワクチンは英語で「vaccine(バクシンと発音すると近い)」です。
vaccineというのは製品そのものを指します。

ただ、日本では「もう今年のインフルエンザワクチンした?」とか「子宮頸がんワクチンするよね?」とか、いわゆる「ワクチンする」という動詞が存在します。
「ワクチンする」というのは「ワクチンを体内に取り入れる」という意味の自動詞だと思います。

この「ワクチンする」という言葉が存在するために、日本語のワクチンは単なる「vaccine:製品」以外の意味を持つと私は推察しています。

「vaccination」の意味は?

予防接種を英訳すると「vaccination」が一般的です。
他にも「inoculation」「immunization」という言葉もあります。

WHOおよびCDCでは、以下のように定義されています。

  • inoculationはワクチンを体に投与すること
  • vaccinationは免疫系を刺激させること
  • immunizationは免疫的に守られること

予防接種とは、immunizationとinoculationを繋ぐ架け橋

ワクチンが投与され、免疫系が刺激され、免疫的に守られるという順序を考えると、次になります。

  1. まずinoculationを受ける=接種を受ける
  2. 続いてvaccinationされる
  3. 最後にimmunizationを得る=予防効果を得る

「接種」というのがinoculationで、それによって「予防」されることがimmunizationですね。

では、vaccinationとはなんでしょうか。
vaccinationとは、inoculationとimmunizationを繋ぐ架け橋です。
接種を受けて、予防されるまでのプロセスがvaccinationです。

この一連の流れが「予防接種」だと私は考えています。

「ワクチンする」にはinoculationの意味しか感じない

いっぽうで、前述の「ワクチンする」にはinoculationの意味合いしかないように感じます。
ワクチンを体にうつことだけが表面化し、その先にある「免疫を得て予防効果を受ける」すなわちimmunizationの意味合いがないように感じます。

何のためにワクチンを受けるのか。
病気のリスクを下げるために、受けるのです。
それはとても当たり前のことなのに、「ワクチン」という言葉からはその当たり前の意味が抜け落ちてしまっています。

何のためのワクチンかを見失うと、副反応ばかりを意識してしまって、恐怖を強く感じてしまいます。

「予防接種」という言葉を積極的に使いたい

ワクチンは製品を意味する「vaccine」に加え、「ワクチンを体内に取り入れる=inoculation」という意味も持ちます。
したがって、多様な状況で使えます。

いっぽうで、予防接種には製品を意味する「vaccine」の意味がありません。
したがって、「工場で予防接種を生産する」という使い方はできません。

あとは、言葉の美しさから避けるケースもあります。
「定期接種の予防接種」とか、「予防接種で予防する」とか。
「馬から落馬する」ではありませんけど、「定期接種のワクチン」「ワクチンで予防する」のほうが言葉としては綺麗です。

こういった事情で、なかなか使用できる範囲が限定的な「予防接種」という言葉ですが、私はこの言葉を積極的に使いたいと思っています。
それは、予防接種にはinoculationの先にあるvaccination、そしてimmunizationがあるからです。

「予防」のための「接種」なんです。
現在、日本で接種できるワクチンのすべてに予防効果があります。
予防効果がないワクチンはありません。

「ワクチンを受けましょう」

「予防接種を受けましょう」

どちらでもいい、という意見もあると思います。
でも私は、以上の理由から「予防接種を受けましょう」と言いたいです。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。