乳児ボツリヌス症と蜂蜜の関係。寄与リスクを考える。

2017年4月17日に記事校正。
乳児のハチミツ摂取は問題ないという誤解が生まれる可能性があったため、表現を修正しました。
(記事の内容、方向性自体は変えていません)

「1歳未満の子どもには、ハチミツを与えてはいけません!」

ハチミツが乳児ボツリヌス症のリスク因子であることに意義を唱えるつもりはありません。

ですが、ハチミツがどれほどのリスク因子なのかを理解した上で、「ハチミツやばい!」とか「離乳食にハチミツなんて非常識!」とかを議論すべきだと感じます。

さらに言うなら、「ハチミツが危険!」と言いますが、実は母乳栄養も乳児ボツリヌス症のリスク因子ということを知っていますか?
(これはネルソン小児科学も書かれています)

もし、ボツリヌスとハチミツの関係について、あなたが興味をお持ちでしたら、この記事を参考にしてください。

乳児ボツリヌス症のリスク因子

乳児ボツリヌス症についてもっとも情報を持っているのは間違いなくアメリカでしょう。

アメリカは年間100人の乳児ボツリヌス症が発症しているからです。
この数は日本の約100倍で、イギリス、ドイツ、イタリアなどと比べても圧倒的な数です。

日本小児科学会誌2015年1月号の記載では、アメリカの特にカリフォルニアの土壌にボツリヌスが多いのではないかと推察されています。

理由はともあれ、ボツリヌスを知りたければ、アメリカの論文を読むのが近道です。

pubmedという論文検索サイトを使うと、いい論文が見つかりました。

Risk factors for infant botulism in the United States.
(Am J Dis Child. 1989; 143: 828-32)

「アメリカ合衆国における乳児ボツリヌス症のリスク因子」

非常に気になるタイトルです。

20年近く前の論文ではありますが、乳児ボツリヌス症はこの20年で特に変化した点といえば抗ボツリヌスヒト免疫グロブリン(Baby Big)がアメリカで使われるようになったくらいでしょうから、大きな問題はないでしょう。

論文の内容をまとめます。

  • 68人の乳児ボツリヌス症を対象とした。
  • ハチミツが原因だったのは、そのうち11人(16%)。
  • ハチミツは乳児ボツリヌス症をオッズ比9.8倍に増やす。
  • 母乳栄養は乳児ボツリヌス症をオッズ比2.9倍に増やす。
  • 母乳と粉ミルクとでは乳児ボツリヌス症の重症度に差はなかった。
  • 便秘(1日1回未満の排便)は乳児ボツリヌス症をオッズ比5.2倍に増やす。
  • 田舎育ち、近くに農場がある、コーンシロップもリスク因子。

すごいことが書いてありますね。

まさかの「母乳が乳児ボツリヌス症のリスク因子」であるということです。
これについては、さらりと書くことはできませんので、別の記事にしました。

母乳もリスク。乳児ボツリヌス症の全体像を考える。

2017年4月10日

とりあえず、ここで大切なのは、「ハチミツは乳児ボツリヌス症をオッズ比9.8倍に増やす」という点です。

乳児ボツリヌス症はとても珍しい疾患ですから、オッズ比は相対危険度とほぼ同値考えてよいでしょう。

つまり、ハチミツは乳児ボツリヌス症が起きる確率を9.8倍にすると言えそうです。

ハチミツの危険性を考える

ハチミツは乳児ボツリヌス症が起きる確率を9.8倍にします。
これはどれくらい危険なのでしょうか。

「9.8倍ってことは、やばいです! だって9.8倍ですよ!? 約10倍じゃないですか! かなりやばいです!」

やばいかやばくないかは人の感じ方でしょうが、もうちょっと考えてみましょう。

アメリカの年間出生数は大体400万人です。

そのうち乳児ボツリヌス症になる子どもは100人です。

ということは、乳児ボツリヌス症になる確率は0.0025%です。

ハチミツを食べると、相対危険度約10倍ですから、乳児ボツリヌス症になる確率は0.025%です。

ハチミツを食べなければ0.0025%。
ハチミツを食べれば0.025%。

その差(寄与リスク)は0.0225%です。
ハチミツを食べると、乳児ボツリヌス症になる確率が0.0225%アップします。

これは、4444人の赤ちゃんにハチミツを食べさせると、乳児ボツリヌス症を1人増やすという言い方もできます。

乳児にハチミツを食べさせてはいけないのか

乳児はハチミツを摂取することで、乳児ボツリヌス症になる確率が相対リスクで9.8倍になります。
そして絶対リスクで0.0225%増加します。

ここで、あらためてハチミツを乳児にあげていいのかどうかを考えましょう。

まず母乳について考えます。

母乳は乳児ボツリヌス症を2.9倍に増やします。

「母乳は危険だから、やめましょう!」とはなりません。
母乳には良い面がたくさんあるからです。

ボツリヌスを増やすというデメリットを超えて、母乳のメリットは上回ります。
(ボツリヌスを増やすという点についても、次の記事で反論します)

母乳もリスク。乳児ボツリヌス症の全体像を考える。

2017年4月10日

ハチミツについてはどうでしょうか。

ハチミツにも栄養がたくさん含まれます。

ですが母乳とは違って、ハチミツが乳児に良いとされるエビデンスは乏しいです。

ハチミツのメリットが乏しいため、あえて乳児ボツリヌス症のデメリットがあるハチミツを使う必要性はありません。

まとめ

「乳児にハチミツを与えてはいけない」という勧告は、現在の医学では正しいものの、それが乳児ボツリヌス症のすべてではないと私は思います。

ハチミツは、乳児ボツリヌス症になる確率を0.0225%アップさせます。
相対リスクで言えば、9.8倍にします。

この数値を軽んじるわけではありません。
「乳児はハチミツを避けるべき」という姿勢は私も賛同しています。

私が注意を促したいのは「ハチミツさえ避ければ、乳児ボツリヌス症にはならない」という間違った意識が生まれることです。

「この子どもはハチミツを食べていないので、乳児ボツリヌス症ではありません!」という小児科医の間違った判断を誘発しないか、それが心配なのです。

また、もし「子どもがハチミツを食べてしまったんです」という親子が小児科を受診したとき、「子どもにハチミツを食べさせるなんて、殺人行為ですよ!」と、不安でいっぱいのお母さんにさらに追い打ちをかけて、自己満足するような小児科医がいないかが心配なのです。

小児科医は正しい知識を持たなければなりません。
ハチミツ摂取歴のない乳児であっても、乳児ボツリヌス症を見逃さないようにしなければなりません。

乳児ボツリヌス症のうち、ハチミツが原因だったのは16%だったという報告があることを知っておかなければなりません。

乳児ボツリヌス症に関する疾患知識については、こちらも参考にしてください。

乳児ボツリヌス症による初めての死亡報告で考えるべきこと。

2017年4月8日

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。