マスクは子どものコミュニケーション能力を低下させるのか。

産経新聞の記事に、こんなことが書いてありました。

都医師会理事で小児科医の川上一恵氏は「(子供は)喜怒哀楽を相手の表情や言葉を聞くことで覚えていくが、(マスク着用の)影響が5年先、10年先に出てくるのではないか」と不安視。マスクで表情が読み取りづらくなったことでコミュニケーションがうまくいかないためか、「子供がよく泣く」「友達とのけんかが多くなった」といった声が保育・教育現場から聞こえてくるという。

マスク緩和に歓迎と不安 メリハリ求める声も
2022年5月19日 産経新聞

マスクで子どものコミュニケーションがうまくいかなくなる、というのは本当でしょうか。

今回は、マスクとコミュニケーション能力について考えてみます。

フェイスマスクは感情の読み取りを阻害するのか

まず紹介する論文はこちらです。

Masking Emotions: Face Masks Impair How We Read Emotions. Front Psychol. 2021 May 25;12:669432

「マスクは感情の読み取りを阻害する」というタイトルの論文です。
さっそく読んでいきましょう。

イントロダクション

感情状態に関連する顔の表情を識別する能力は、乳児期の早い時期に発達します。
生後数カ月以内の子どもは、ポジティブな感情とネガティブな感情を理解し始めます。

たとえば、生後4ヶ月の乳児は、表情から怒りと幸福の感情を読み取りはじめます。
また生後7カ月頃には、驚きや幸せ、悲しみも表情から読み取れるようになります。
1歳になれば、表情と行動の関連も理解するようになります。

私たちは、フェイスマスクを装着して口が見えない状態になった場合に、顔の読み取りがより困難になるかどうかを研究しました。

方法

3歳から5歳の幼児31人、6歳から8歳の子ども49人、18歳から30歳の成人39人が研究に参加しました。

スマートフォンに40パターンの表情が表示されます。
スマートフォンに表示される40パターンは次の通りです。

  1. 弱い幸せの表情 4パターン
  2. 強い幸せの表情 4パターン
  3. 弱い悲しみの表情 4パターン
  4. 強い悲しみの表情 4パターン
  5. 弱い恐怖の表情 4パターン
  6. 強い恐怖の表情 4パターン
  7. 弱い怒りの表情 4パターン
  8. 強い恐怖の表情 4パターン
  9. 中立の表情 8パターン

これらの40パターンの表情が、マスクありバージョンとマスクなしバージョンでランダムで表示されます。

参加者は、それらの表情について、幸せ、悲しい、恐怖、怒り、中立のいずれかを答えます。
幼児では、親が答えを誘導しない形でサポートし、回答します。
回答までの時間制限は設けませんでした。

結果

すべてのグループにおいて、マスクをしている画像は、フェイスマスクのない画像に比べて、正答率が有意に低下しました。
特に幼児において、正答率の低下が顕著でした。

フェイスマスクの使用は、すべての年齢層、特に幼児の顔からの感情推論に影響を与えることを示しました。

本当にコミュニケーション能力は低下するのか

マスクは表情の読み取りを阻害するという結果は、ある意味当然でしょう。
口角がマスクに隠れると、表情は読みにくくなります。

だからといって、本当にコミュニケーション能力は低下するのでしょうか。

続いて紹介する論文はこちら
Learning to Recognize Unfamiliar Voices: An Online Study With 12- and 24-Month-Olds. Front Psychol. 2022 Apr 26;13:874411.

結論としては、生後24ヶ月の幼児は、マスクで話者の口が隠れていても、話者の声を認識し学習できることが示されました。

他にも、ニュース記事が出典で申し訳ありませんが「マスクは子どもの言語発達を妨げず、より高度な言語表現を獲得する」という意見もあります。
News@TheU: Psychologists: Masks do not impede preschoolers language development

このニュース記事、2021年9月に出てから、そろそろ論文化してほしいのですが、pubmedでは見つけられません。
論文にするにはなかなか労力と熱意が必要ですが、ぜひ論文にして欲しいです。

まとめ:子どもはマスクの欠点を上手く代償するかもしれない

確かに、マスクは顔の表情から得られる情報を少なくするのでしょう。
マスクが感情の読み取りを阻害したという論文はあります。

ですが、コミュニケーションというのは、表情だけがすべてではありません。
身振りはもちろんのこと、言葉や語気にも細やかな感情が表れるものです。

「マスクで子どものコミュニケーションがうまくいかなくなる」というのも一つの可能性でしょう。
ですが、そのような状況下にあっても、子どもは新しい感情表現を取得し、コミュニケーションを上手に取れる可能性もあると思います。

子どもは、マスクの欠点を上手く代償するかもしれません。

そうはいっても、上手く代償できない子どもだっていることでしょう。
家の中や、外であっても、家族だけで会話するときは、マスクを外して表情豊かに子どもとコミュニケーションを取ることが大切だと思いました。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。