食中毒で最多!カンピロバクター腸炎の抗生剤治療と保健所への届出。

アメリカでは年間240万人のカンピロバクター感染があり、細菌性腸炎の中では最多とされています。

「こんなにもポピュラーな病気について、あらためて記事にして、何か意味があるのか」と思いますよね。

ですが、カンピロバクターって結構奥深いんですよ。
そして、多くの医療サイトのカンピロバクター情報が、あまり適切ではありません。

特にカンピロバクターの菌血症を含めた治療法や、保健所への届け出、排菌期間、症状の期間、ギランバレー症候群との関連については、間違った情報サイトが多いです。
医療者でもカンピロバクターについて正しく知らないのではないでしょうか。

もしあなたが医療関係者で、カンピロバクターについて知っていると言い張るのでしたら、たとえば次の問題を見てください。

問1.次の中で誤っているものはどれか。

  1. カンピロバクター感染による食中毒は、感染症法によりただちに最寄りの保健所長に届け出なければならない。
  2. Campylobacter fetus以外のカンピロバクター菌血症は、健常児の場合は無症候性であることが多い。
  3. 未治療の場合、健常児であっても便中への排菌は数か月に及ぶことがあり、年少児ほど長期になる傾向がある。
  4. カンピロバクター腸炎の5~10%は、腹痛が2週間以上続くため、慢性炎症性腸疾患との鑑別が必要となる。
  5. Campylobacter jejuni感染の3000人に1人の割合で、1から12週間以内にギラン・バレー症候群を発症する。いっぽうで、ギラン・バレー症候群の便培養では20%~45%にカンピロバクター感染を認める。

問2.カンピロバクターの分離同定に適した培地はどれか。

  1. BTB培地
  2. スキロー寒天培地
  3. SIB寒天培地
  4. TCSB寒天培地
  5. SS寒天培地

問1の答えは1です。
問2の答えは2です。

両方合っていれば、カンピロバクターマニアです。
この記事を読む必要がありません。

問1はカンピロバクターの診療をする際に、知っておくべきことだと思います。
問2は便培養を検査室に持っていって、技師さんと話す機会があれば知るであろう知識です。

今回はカンピロバクターについて、症状・潜伏期間・治療法といった浅い知識から、保健所への届け出・菌血症への対応・排菌期間などかなり深いところまで踏み込んで書きます。

カンピロバクター(症状・潜伏期間・治療法)

まずはカンピロバクターについての浅い知識からです。
医学生にカンピロバクターについて聞いてみました。

  • 血便
  • 鶏肉、豚肉
  • 食べて2日後に発症
  • 熱が出る
  • 治療はマクロライド系抗菌薬

なるほど、これだけ知っていれば国家試験的には大丈夫でしょう。
この程度のことであれば、google検索でもHITします。

ですが、これだけの知識では、実際にカンピロバクター感染症の子どもを診察するとき、お父さん・お母さんの質問に答えることができません。
なんといっても、カンピロバクターは細菌性腸炎で最多なのですから、小児科医であれば、カンピロバクターについて、もう少し詳しく知っておくべきでしょう。

たとえば血便については、カンピロバクター腸炎の50%にしか見られません。
また、血便は発症初日では少なく、2日目から4日目に多い所見です。

加熱の不十分な鶏肉、豚肉を食べて2日後に発症が典型的ですが、7日後まで潜伏するケースもあります。

抗菌薬は議論の余地があります。
神戸大学で初期研修をしたときにお世話になった岩田健太郎先生のブログにカンピロバクターについてありましたので紹介します。
岩田先生は基礎疾患を持つケース、入院を要するケースにのみ除菌するというスタンスのようです。
菌を殺すことがゴールではなく、患者が治ることがゴールであるのはまさにその通りだと思いました。

ネルソンによると、赤痢症状のある(要するに、粘血便のある)カンピロバクターに対しては、抗菌薬で症状期間の短縮や、排菌期間の短縮ができたようです。
これが根拠なのか、同文献では粘血便が強いケースや、高熱のケースでも抗菌薬投与を推奨しています。

私はこれに「親の心配度」や「きょうだいの多さ」、「乳児かどうか」も勘案して、抗菌薬を処方するかどうか決めています。

カンピロバクター(保健所への届け出・菌血症への対応・排菌期間)

ここまでは、医学生レベルでした。
ここからが本記事のメイン、専門医レベルの知識です。
カンピロバクターについて、もう少し詳しく迫ってみましょう。

冒頭の問1の解説をしてみます。

選択肢1:食中毒の届け出は感染症法か

カンピロバクターは感染性胃腸炎に含まれ、感染症法では5類感染症で、小児科定点医療機関(全国に3000箇所ある、保健所に協力することをお願いされている病院)が週単位で報告するものです。
では定点ではない病院では、報告しなくてもいいのでしょうか。
実は、食中毒を疑ったとき、医者は保健所にただちに報告しなければいけません。
これを規定するのは「感染症法」ではなく「食品衛生法」です。
アイキャッチ画像に使ったのは、厚生労働省が出している「食中毒を疑ったときには」医師の方々への届出等のご協力のお願い」です。

食品、添加物、器具若しくは容器包装に起因して中毒した患者若しくはその疑いのある者(以下「食中毒患者等」という。)を診断し、又はその死体を検案した医師は、直ちに最寄りの保健所長にその旨を届け出なければならない。

食品衛生法第58条

選択肢2:菌血症は重症化するか

2016年5月13日の日本小児科学会学術集会で西神戸医療センターの田坂先生が発表していましたが、Campylobacter  jejuni/coliの菌血症3例を経験し、いずれも重症化しなかったと報告しています。

ただ、敗血症に至った報告もありますので、私だったら血液培養陽性であれば除菌すると思います。(血液培養をとっている時点で、重症例であると思いますが)

選択肢3:いつまで排菌するか

排菌が数か月に及ぶことはありますが、年少児のほうが長期間排出されるようです。

自験例でも自然治癒したカンピロバクタ―腸炎の6か月後にもう一度便培養をすると、またカンピロバクターが検出されたことがありますが、再感染なのか持続感染なのか分かりませんでした。

排菌は数か月に及ぶということは、学校には数か月行けないということでしょうか?
学校保健安全法では、カンピロバクターは「場合によっては第3種の感染症として扱われる、その他の感染症」に分類されています。
近年、学校は感染拡大防止に積極的ですから、基本的にカンピロバクターは第3種の感染症に分類されます。
学校保健安全法では「下痢が軽減すれば登校(園)可能であるが、菌の排出は長く続くことがあるので、排便後の始末、手洗いの励行は重要である」としています。

つまり、カンピロバクターは、下痢が治まってくれば学校に行けます。
場合によっては、登園許可証が必要となります。

なお、コレラ、細菌性赤痢、腸管出血性大腸菌感染症、腸チフス、パラチフスは学校において予防すべき感染症として、学校保健安全法で第3種に指定されています。
症状により学校医その他の医師が感染の恐れがないと認めるまでは出席停止です。
出席停止期間については、こちらの記事にまとめました。

登校許可証。インフルエンザやマイコプラズマはいつから登校できますか?

2017年3月18日

また、カンピロバクターは「感染症法では5類感染症」で、「学校保健安全法では場合によっては第3種の感染症として扱われる、その他の感染症」に分類されます。
感染症法と学校保健安全法の違いについては、こちらの記事を参考にしてください。

感染症法と学校保健安全法。感染予防に関する概要と分類とその違い。

2017年3月16日

選択肢4:症状が遷延するか

カンピロバクター腸炎の5~10%は2週間以上症状が遷延します。
カンピロバクターが持続感染し、長期間にわたって子どもを苦しめることがあるようです。
腹痛が長引く例では、クローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患との鑑別が必要になります。

また、日経メディカルで田中由佳里先生が過敏性腸症候群と鑑別を要したカンピロバクターの症例を示しています。
過敏性腸症候群は2か月以上続く腹痛が診断基準ですから、これと鑑別が必要になるということは、田中先生はカンピロバクターで2か月腹痛が続くケースを経験したのでしょう。
これが抗生剤で治るのですから、驚きます。
確かに、小児心身医学会ガイドライン集にも繰り返す腹痛の1次検査に「便培養」の項目があります。

選択肢5:ギラン・バレーを発症しやすいのか

カンピロバクター属には20種類以上の菌種が存在しますが、胃腸炎症状を起こすのは90%~95%がCampylobacter jejuniです
ついで、Campylobacter coliです。
カンピロバクターと言えばCampylobacter jejuniと思ってよいです。
ときどきCampylobacter  coliにも遭遇しますが、そのときは「ギラン・バレーにならないほうのカンピロバクターだ」と思えばよいでしょう。

ギラン・バレーを起こす可能性のあるCampylobacter jejuni感染であったとしても、3000人に1人の割合でしかギラン・バレーになりません。
カンピロバクター側からみると、意外にギラン・バレーになりにくいのです。
3000人中2999人は、カンピロバクターになってもギラン・バレーにはならないということを知っておかなければなりません。
カンピロバクター患者さんに「ギラン・バレーに注意してください」と説明するのは、蛇足であると私は感じています。

問2に関して

あまり解説できません。
BTB培地は非選択培地なので、「分離同定」という意味では間違いだと思います。

この問題の意図は、培養を検査をたくさん出しているのであれば、細菌学検査室に時々勉強に行くのも面白いですよ、という意味です。
(小児科は検体不良が多いので、グラム染色は難しいと個人的に思っていますが、そんなことを感染症内科の先生に言ったらきっと怒られます)

まとめ

  • 細菌性腸炎を疑ったら、7日前までの食事摂取歴を確認すべき。2日前までの確認では不足。
  • 排菌は数か月続くこともあるが、下痢・嘔吐がおさまれば登校可。
  • ギラン・バレーのリスクについて説明する意義は低い。必要以上に不安を煽るべきではない。
  • 血便のないカンピロバクター胃腸炎も多い(50%)。
  • 治療は入院例、基礎疾患ある場合、粘血便が強い場合、高熱がある例が推奨されている。乳児、きょうだいが多い、親がとても心配しているなども考慮に。
  • 過敏性腸症候群との関連は、ちょっとしたブーム。
  • 食中毒を疑ったら保健所へ連絡。

自験例ではどうだったかなあと退院サマリーをひっくり返してみたのですが、外来ではよく診ているものの、カンピロバクターで入院させることはあまりないので、4年で4人しか見つかりませんでした。

年齢は3歳から10歳で、診断時のCRPは1.4から8.2でした。
CRPが高いから細菌性、低いからウイルス性という診断も通用せず、奥の深さを感じさせるカンピロバクターでした。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。