インフルエンザによる二相性脳症(AESD)の症例提示。

注意事項:個人情報保護の観点から、この記事の症例提示は架空のものとなっております。ここに登場する患者の名前・年齢・性別・検査データ・臨床所見などは、科学的な矛盾が生じないように配慮されつつ、すべて架空のデータであることをご了承ください。

かなとくんは1歳2か月の男の子です。

高熱でインフルエンザ疑い

かなとくんは、お昼の14時から、39度の熱が出ています。

かなとくんのきょうだいは、数日前にインフルエンザと診断されていました。

お母さん
「インフルエンザがうつったのかな」

インフルエンザはすぐに検査しても「陽性」がなかなか出ないことをお母さんは知っていました。

かなとくんは熱は高いものの、テレビを機嫌よく見ています。

お母さん
「明日まで熱が続いたら、小児科に連れ行こう」

お母さんは、様子を見ることにしました。

小児科専門医からのワンポイント
もしこのとき、すぐに小児科に連れていったとしても、このあとの痙攣を防ぐことはできなかったでしょう。
発熱したばかりであれば、インフルエンザの検査の有用性は大きく下がります。
また、タミフルを早く飲んだとしても、脳症を防げたかどうかは分かりません。インフルエンザによる脳症を防ぐには、現時点ではインフルエンザを予防する以外に有効な予防戦略はありません。
どうすれば今回の事象を防げたかと考えると、「予防接種をすべきである」ということしか言及できません。インフルエンザに対する予防接種の有用性については、こちらの記事に書きました。

インフルエンザワクチンの有用性と安全性。予防接種は受けるべき?

2017年1月5日

けいれんで救急車要請

熱に気づいてから約3時間ほど経ったころです。

16時40分、突然かなとくんの手足がガクガクと震え出しました。
目は大きく見開き、斜め上の方向を見ています。

呼びかけても反応しません。

顔色が悪く、口から白い泡が出ています。

お母さんはすぐに救急車を呼びました。

救急隊がすぐに駆けつけ、酸素を投与しながら、病院へ搬送しました。

病院に到着

17時7分、けいれんから27分経過したころに、病院に着きました。

小児科専門医
まだけいれんが続いているようです。一刻も早く止めなければなりません。すぐにけいれん止めのお薬を注射します。お母さんは心配でしょうから、かなとくんのすぐ近くにいてください。質問がありましたら、何でも聞いてください」
お母さん
「はい」

小児科の先生はかなとくんの手の甲から点滴をとると、「セルシン」という名前の薬をゆっくり入れました。

17時20分、けいれんから40分経過したころに、見開いていたかなとくんの目は閉じ、手足の動きも治まりました。

小児科専門医
けいれんは止まりました。ですが、40分間のけいれんはなかなか長いです。けいれん中はしっかりと呼吸ができていないことが多く、脳が低酸素でダメージを受けて腫れてしまうことがあります。頭のCTを撮って、現時点の脳の状態をまず確認しましょう。また、脳が受けたダメージは、血液検査でも分かりますので、それもしましょう」
お母さん
「きょうだいがインフルエンザなので、たぶんインフルエンザだと思うんです」
小児科専門医
「そうですね、けいれんが起きた原因も明らかにしなければなりません。インフルエンザの検査をすぐにしましょう。また、脳に直接的な炎症が起きていることもあります。いわゆる脳炎という状態です。髄液検査で分かりますので、これもしましょう」

救急外来で検査

かなとくんは頭のCT検査を受け、血の検査を受け、髄液検査も受けました。

検査中、かなとくんはずっと目を閉じたまま動きません。

1時間ほどして検査結果が出ました。

WBC15400、CRP0.3、AST31、ALT75Cre0.48Glu326アンモニア109、静脈血液ガスでpH7.106pCO2 47.8HCO3 14.8、BE-14.3Lac6.4という結果でした。

小児科専門医
(混合性のアシドーシスがかなり強い。高血糖に高アンモニア血症もあって、脳症に注意が必要だ)
小児科専門医
インフルエンザAが陽性でした。インフルエンザによるけいれんです。髄液検査は問題ありませんでしたので、脳炎ではなさそうです。CTでも、現時点で脳の浮腫はそれほど強くありません」
お母さん
「インフルエンザ脳症ではないってことですか?」
小児科専門医
「脳症かどうかは、残念ながら現時点では分かりません。ここから脳が腫れてきて、その腫れが脳を圧迫して、脳症になることもあります。24時間以内にしっかり意識が覚めるどうかが最初のポイントです。また、もし24時間以内にしっかり意識が覚めても、数日後に脳症になることもあります。脳症になるかどうか、注意深く観察していくのが大切です。数日後の脳症については、ある程度確率を言えますので、あとで詳しく説明します」
お母さん
「ぜんぜん泣かないんですけれど、やっぱり脳にダメージがあるってことでしょうか」
小児科専門医
「けいれん後は深く眠るので、眠っているだけかもしれません。また、けいれん止めの薬も、鎮静効果がありますので、そのせいで目を覚まさないこともあります。ですが、お母さんが心配している通り、脳にダメージがあるために目を覚まさないこともあります。24時間たっても、ずっと眠っている状態であれば、脳症の可能性が高くなります」
お母さん
「目を覚ましますよね?」
小児科専門医
「まずはできることをします。脳の浮腫を和らげる薬と、インフルエンザに対する薬をすぐに投与します。12時間様子をみても目が覚めない時は、脳症としての治療を開始しましょう」

インフルエンザによるけいれんで入院

かなとくんは入院し、ラピアクタという抗インフルエンザ薬の点滴と、マンニトールという脳の浮腫を抑える点滴をしました。

小児科専門医からのワンポイント
このような重症なインフルエンザでは、ラピアクタは投与しやすく、有効です。
意識がない子どもにタミフルを飲ませることも、リレンザやイナビルを吸入させることもできませんが、ラピアクタなら点滴で投与できます。インフルエンザの薬については、こちらの記事も参考にしてください。

インフルエンザに効く5つの治療薬とその特徴。

2017年1月6日

22時、けいれんが止まってから5時間後、かなとくんは目を覚ましました。

最初はぼんやりとしていましたが、お母さんのことは分かるようです。
飲み物を欲しがり、あげると上手に飲みます。

小児科専門医
「これは意識が覚めているといえますね。ひとまずのところは安心です」
お母さん
「インフルエンザ脳症ではなかったってことですよね?」
小児科専門医
「それについて、詳しくお話します。インフルエンザによる脳症は、色々なパターンがあります。けいれんしてから意識が戻らないタイプの脳症もありますが、いったん意識が回復してから数日後にまたけいれんし、脳症となるタイプもあるんです。こういうタイプを二相性脳症と言います」
お母さん
「二相性脳症になるかもしれないということですか?」
小児科専門医
「二相性脳症になるかどうかを予測するスコアがあります」

二相性脳症(AESD)の予測スコア

聖マリア病院 横地らのAESD(二相性脳症)予測スコア

  • pH<7.014 1点
  • ALT≧28 2点
  • Glu≧228 2点
  • 覚醒までの時間≧11時間 2点
  • Cre≧0.3 1点
  • アンモニア≧125 2点

4点以上:AESD(二相性脳症)のハイリスク群。
AESD発症に対する感度93%、特異度91%、陽性的中率47%。

済生会習志野病院 多田らのAESD(二相性脳症)予測スコア

  • 痙攣12-24時間後の意識レベル
    GCS15 or JCS0 0点
    GCS14-9 or JCS1-30 2点
    GCS8-3 or JCS100-300 3点
  • 1.5歳未満 1点
  • 痙攣時間≧40分 1点
  • 機械的呼吸器管理 1点
  • AST≧40 1点
  • 血糖≧200 1点
  • Cre≧0.35 1点

4点以上:AESD(二相性脳症)のハイリスク群。
AESD発症に対する感度88.7%、特異度90%

本症例の予測スコア

小児科専門医
「かなとくんの場合、横地のスコアで5点、多田のスコアでも5点、二相性脳症のハイリスク群になります。陽性的中率から考えても、約5割の確率で、数日以内にもう一度痙攣する可能性があります
お母さん
「なんとか予防できないんですか?」
小児科専門医
「遅れてやってくるけいれんを予防できる手段というのは確立されていません。脳症の治療としては、ステロイドパルスとガンマグロブリン投与が推奨されていますが、二相性脳症に対する有効性は不明なんです。ただ、ガンマグロブリンについては、われわれ小児科医は使用経験が多く、しかもその安全性には自信があります。効果はないかもしれませんが、何もしないというのも心情的に抵抗があります」
お母さん
「どうしたほうがいいのでしょうか」
小児科専門医
「ガンマグロブリンについては、私も即断できません。メリット、デメリットをもう一度整理して、あらためて提案します。それとは別の方法として、二回目のけいれんが起きたときに、すぐに対応できるよう準備しておくようにしましょう」
お母さん
「それはどういうことですか?」
小児科専門医
「かなとくんは7日以内にけいれんする可能性が約50%あります。小児科臨床2011年10月号に、二相性脳症の子ども13人の経過が書いてあります。13人中、6人に後遺症が残りました。つまり、かなとくんは約5割の確率で二相性脳症となり、さらに5割の確率で後遺症が残ってしまうということです」
お母さん
5割の5割だから、25%で後遺症が残るんですね
小児科専門医
「単純に考えればそうですが、その確率をできるだけ減らすことを考えましょう。後遺症が残った子どもの多くが2回目のけいれんが長い傾向にありました。逆説的ではありますが、2回目のけいれんを早く止めてあげられれば、後遺症は残らないかもしれません」
お母さん
「2回目のけいれんにすぐ対応できるように、入院しておくわけですね」
小児科専門医
「その通りです。あらかじめ点滴をとっておくのが理想ですが、点滴は詰まったり、抜けたりして、肝心なときに役立たない可能性があります。また何度か刺し直していると、肝心な時に手の血管がどれも使えなくなっている可能性があるため、けいれんしたらすぐ点滴が取れる準備を部屋の中にしておきましょう。また、けいれん止めの薬は鼻から投与することもできますので、薬剤をベッドサイドに置いておき、けいれん時はすぐに投与しましょう」
お母さん
「分かりました。2回目のけいれんをするかもしれない7日間は少なくても入院ですね
小児科専門医
「きょうだいもいるので入院は大変だと思いますが、必要な入院です。がんばりましょう」

入院5日目に2回目のけいれん

かなとくんは、両親と小児科医の相談のうえ、ガンマグロブリンを投与することにしました。

インフルエンザの熱はラピアクタが効いたのか、すぐに下がりました。

ご飯もよく食べます。

ただ、いつもよりかは少し元気がありません。

そして入院5日目、2回目のけいれんが起きました。

その日の朝、少し体がぴくつくことがあったのですが、すぐ治まるので様子を見ていました。

そして10時52分、全身ががくがくと震え、目が見開き、目線は斜め上という、初日とまったく同じようなけいれんが始まりました。

ベッドサイドにミダゾラムを点鼻用に用意してあったので、すぐに投与されました。

点滴セットも用意してあったので、すぐに手の甲に挿入され、セルシンを投与されました。

11時00分には、けいれんは治まりました。

小児科専門医
「予想はしていたものの、残念ながら2回目のけいれんが起きてしまいました。けいれん時間は8分です」
お母さん
「でも、入院しておいて本当によかったです。すぐに対処してくださってありがとうございます」
小児科専門医
「頭のMRIを撮りましょう。MRIの所見でも予後を評価することができます」

かなとくんはMRIの拡散強調像で、左の頭頂前頭部に樹脂状陰影を認めました。

小児科専門医
「MRI所見もあり、確実に二相性脳症といえます。ですが、画像所見はあまり強くありません。後遺症を残すケースは、画像所見が派手であることが多いです。あまり楽観的なことを言うつもりはありませんが、かなとくんの予後は良好となる可能性があります」
お母さん
「まだ分からないんですよね?」
小児科専門医
「その通りです。あと4日ほど入院のうえ、毎日診察させてください。あと、効果が乏しいという点では最初にしたガンマグロブリンと同じですが、多くの二相性脳症では、2回目のけいれん後にステロイドパルスをしています。ただし、効果があったという報告はありません。今からステロイドパルスをするかどうか、相談しましょう」

ステロイドパルスの期待されるメリット、副作用を十分に話し合った上、かなとくんはステロイドパルスも行われました。

2回目のけいれん以降、かなとくんは活気もよく、次第に笑顔も見られるようになりました。

入院から10日目に退院

かなとくんは元気にしています。
ステロイドパルスも無事に終わりました。

お母さん
「もう大丈夫ということですか?」
小児科専門医
「後遺症が残ったかどうかは、長い目で発達フォローしなければなりません。必要ならリハビリテーションもします。ですが、後遺症が残っているならば、すでに症状があることが多いです。かなとくんは普段通りの状態に回復しているので、おそらく後遺症はないんだと思います」
お母さん
「よかったです」
小児科専門医
「1か月後に、念のためMRIの検査をしましょう。脳が萎縮していないか、脳症の所見は消えているのかを確認しましょう」
お母さん
「はい!」

1か月後のMRIでは脳に異常がないことを確認できました。

症例に対する感想

横地のスコア、多田のスコアの有用性を実感しました。

ガンマグロブリンもステロイドパルスも有効だったかどうかは分かりません。

ただ、2度目のけいれんを速やかに頓挫できたのは、横地のスコア、多田のスコアで層別化し、「二相目のけいれんは必ず起きる」という準備で入院管理できていたためです。

2度目のけいれんを予知し、すぐにけいれんを止められたことが、後遺症を残さないという結果につながった可能性があります。

もっとも、AESDの予後を改善させるためには、2度目のけいれんをいかに阻止するかというアプローチも大切でしょう。
現時点では有効な手立てがなく、これからのエビデンスの集積が望まれます。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。