流行性耳下腺炎(ムンプス)は急性の自然に軽快する感染症であり、かつてはよくみられたが、現在はワクチンの普及によって先進国ではまれな疾患である。
ネルソン小児科学
アメリカでは2003年頃まで年間300人未満しか発症しないおたふくかぜ。
今は大学生で罹患者が増えているものの、それでも年間5000人程度です。
いっぽう日本では、2002年のおたふくかぜ患者は108.9万人、2003年は51.5万人、2004年は82.1万人、2005年は135.6万人、2006年は118.6万人、2007年は43.1万人でした。(厚生労働科学研究成果データベースP129)
アメリカの半分に満たない人口の日本で、これほどのおたふくかぜが発症しています。
定期接種が進んでいないおたふくかぜは日本で猛威をふるい続けています。
今回は、おたふくかぜの症状・診断・登校基準・予後など、一般的な知識をまとめます。
このページの目次です。
おたふくかぜの臨床症状
潜伏期間は12-25日ですが、通常は16-18日です。
典型的には発熱や首の痛み、頭痛、嘔吐が先行し、1-2日後に耳下腺が腫れてきます。
最初は片側で腫れますが、70%の症例で最終的に両方腫れます。
すっぱい食べ物や飲み物で、耳下腺の痛みは強くなります。
また、ものを噛むときにも耳下腺が痛くなります。
耳下腺腫脹は約3日でピークを超えます。
発熱やその他の症状も3-5日で寛解します。
耳下腺かリンパ節か
耳下腺炎とリンパ節炎が区別しにくいことがあります。
リンパ節は胸鎖乳突筋の周辺にありますが、耳下腺はそれよりも前方です。
耳を縦半分に区切る線をイメージしましょう。
それが耳下腺の軸です。
耳下腺はその軸の上にまたがるようにして存在します。
これは耳下腺がどれだけ腫れても同じです。
腫脹が強くなると、下顎角がはっきりしなくなります。
おたふくかぜの合併症
おたふくかぜで最も見られる合併症は髄膜炎です。
他にも精巣炎、卵巣炎、難聴、胎内感染が有名です。
無菌性髄膜炎
ネルソ小児科学によると、おたふくかぜの10-30%に症候性の無菌性髄膜炎があったと書かれています。
永井らの報告では、おたふくかぜに実際にかかった場合の無菌性髄膜炎になる確率は1.24%(ムンプスワクチンの副反応調査、厚生労働科学研究医薬品等医療リスク評価研究事業、安全なワクチン確保とその接種方法に関する総合的研究報告書p306-316、2003年)とされています。
頻度は報告により様々ですが、私の経験としてはおたふくかぜ後に発熱の遷延、頭痛、嘔吐があればまず間違いなく無菌性髄膜炎です。
この症例はそれほど稀ではなく経験します。
ネルソン小児科学には、ムンプス髄膜炎では「94%に発熱、84%に嘔吐、47%に頭痛、71%に項部硬直、69%に嗜眠傾向、18%に痙攣がみられた」とあります。
これらの症状は比較的長く続きます。
ネルソンには7-10日で軽快するとありますが、私の経験では14日間も発熱や頭痛が続いたものがあり、なかなかしんどい疾患です。
精巣炎および卵巣炎
思春期以降では、男性で30-40%に精巣炎が発症します。
精巣の激痛と腫脹が特徴です。
精巣が両方とも腫れるのは30%以下とされています。
両方腫れても生殖不能となることは稀であるとネルソンには書かれています。
女性では約7%に卵巣炎を合併します。
右側で発症すると、虫垂炎との鑑別が難しいです。
難聴
難聴は永続的な障害となるので重要な合併症のひとつです。
頻度の報告は様々ですが、日本では1000人に1人の割合で難聴を引き起こす(小児科臨床64: 1057, 2011年)というデータがよく引用されているように感じます。
髄膜炎を合併した患者さんに特に難聴が多いという報告もあります。
胎内感染
妊娠13週までに母がおたふくかぜにかかると、胎児死亡のリスクがあります。
胎児奇形の報告はありません。
おたふくかぜの診断
日本の感染症法では、臨床的におたふくかぜを診断する場合、次の2点を考えます。
- 片側ないし両側の耳下腺の突然の腫脹と、2日以上の持続。
- 他に耳下腺腫脹の原因がないこと。
②の「他に耳下腺腫脹の原因がないこと」は実に難しい注文です。
昨年は安倍首相が「悪魔の証明」と発言して話題になりましたが、ないことを証明するのは非常に難しいです。
おたふくかぜと区別するのが難しい疾患として、反復性耳下腺炎があります。
反復性耳下腺炎は耳下腺腫脹を何度も繰り返すもので、軽度の自発痛があるが発熱を伴わないことがほとんどで、1-2 週間で自然に軽快します。
流行性耳下腺炎に何度も罹患するという訴えがある場合は、この可能性も考えるべきではありますが、初めての耳下腺腫脹ではこの病気なのかどうかは分かりません。
また、多くの風邪ウイルス(パラインフルエンザ、インフルエンザ、サイトメガロ、EB、エンテロなど)は耳下腺腫脹を起こすことが稀にあります。
Sjogrn症候群やSLEなどの膠原病も耳下腺腫脹を起こすことがあります。
ただ、そういうケースをその都度考えていては、おたふくかぜを診断することができません。
したがって、私は「反復性耳下腺炎の既往がなく、片側ないし両側の耳下腺の突然の腫脹と、2日以上の持続した場合、臨床的におたふくかぜと診断する」としています。
ただ、これは症例数が非常に多い日本での場合です。
確かに日本では年間何十万人のおたふくかぜが発症していますので、この臨床診断が実践的で妥当だと私は思っています。
アメリカではおたふくかぜは稀な疾患であり、正しい流行を把握するためにも正確な診断が求められます。
今日、2日以上続く原因不明の耳下腺炎を呈する患者では、ウイルス学的または血清学的診断によってムンプスの確定診断または除外診断をする必要がある。
ネルソン小児科学
一般的には血清学的診断が行われます。
EIA法にて急性期にIgM 抗体を検出するか、ペア血清でIgG 抗体価の有意な上昇にて診断されます。
おたふくかぜの治療
抗ウイルス療法はありません。
発熱や痛みに対して解熱鎮痛薬を使うことしかできません。
これは髄膜炎や精巣炎に対しても同じです。
難聴に対しても有効な治療はありません。
おたふくかぜの予防
治療がないからこそ、予防がとても大切です。
効果的に予防するにはワクチンが唯一の方法です。
ワクチンの有効性については、こちらの記事に書きました。
日本小児科学会はおたふくかぜワクチンを2回接種すべきとしています。
私も2回接種すべきと思っており、その理由はこちらに書きました。
おたふくかぜの登校基準
学校保健安全法に基準が書かれています。
流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)耳下腺、顎下腺又は舌下腺の腫脹が発現した後5 日を経過し、かつ全身状態が良好になるまで出席停止とする。
学校保健安全法
おたふくかぜは、感染症法では5類感染症として診断、報告されます。
学校保健安全法では2種感染症として出席停止の必要があります。
このあたりの違いはこちらの記事に書いています。
また、おたふくかぜ以外の登校基準を知りたい場合はこちらの記事を参照ください。
おたふくかぜの予後
予後は一般的に良好ですが、難聴が生じた場合は別です。
おたふくかぜの難聴(ムンプス難聴)は治らないことが有名です。
橋本らの報告では、2004-2006 年の20 歳未満のムンプス罹患者において、発症後1日2回「指こすり(耳元で指をこすり合わせ、その摩擦音が聞こえるかどうかを確かめるテスト)」による聴覚検査を行い、7人/7400 人で重度の難聴を確認しています。
ムンプス難聴はおたふくかぜ発症から1か月以内に出現することが多いです。
そのため、おたふくかぜから1か月後に聴力検査をすべきだという意見もあります。
まとめ
おたふくかぜの症状・診断・治療・登校基準・予後をまとめました。
麻疹や風疹のように、早くワクチンが定期接種化され、おたふくかぜが小児科外来で見かけなくなる日を待ち望みます。