2017年11月14日、わが国の施設で経口免疫療法中の児が心肺停止となったという知らせがありました。
この件は、日本小児アレルギー学会による注意喚起がすでに出されています。
私のアレルギー外来に来てくださっている食物アレルギーのお子さんに対し、私は経口負荷試験によって「安全に食べられる量」を設定し、その量以下の摂取を続けるように指導しています。
その際、「完全除去ではなく、少しでも食べ続けることで、食物アレルギーは治りやすくなる可能性があるんですよ」と私に説明された親御さんも多いでしょう。
「岡本がやっていることも、経口免疫療法なんですか?」
このような疑問を持つ人がいるかもしれません。
今回は、経口免疫療法に対する私の認識を書きます。
経口免疫療法とは?
経口免疫療法とは「自然経過では早期に耐性獲得が期待できない症例に対して、事前の食物経口負荷試験で症状誘発閾値を確認した後に原因食物を医師の指導のもとで経口摂取させ、閾値上昇または脱感作状態とした上で、究極的には耐性獲得を目指す治療法」とする。
食物アレルギー診療ガイドライン2016
経口免疫療法のポイントは、「閾値上昇または脱感作状態とした上で」という点です。
これをもう少し考えてみましょう。
症状誘発閾値とは?
症状誘発閾値というのは、「安全に食べられる量(上記のガイドラインでは、安全摂取可能量という表現がなされています)」という言葉よりも厳格な意味合いを持つと私は認識しています。
たとえば、牛乳負荷試験で、牛乳を15mlまで飲むことができ、その後自宅でも牛乳15mlで継続できたのであれば、牛乳15mlまでは安全に摂取できる量といえるでしょう。
ですが、それを症状誘発閾値とするには、たとえば牛乳20mlではアレルギー症状が出現するのかを知る必要があります。
「ここまでなら摂取してもOKだが、ここを超えると症状が出るよ」というのが症状誘発閾値です。
牛乳アレルギーが治っていない場合、症状誘発閾値を知るには症状誘発が必要になります。
正確な閾値を知るためには、何らかのアレルギー症状を起こさせる必要があります。
アレルギー症状を起こさせるつもりでの経口負荷試験が推奨されないのは、2017年7月の牛乳負荷試験での死亡事故について書いた通りです。
正確な症状誘発閾値を求めることは、リスクのある行為だと私は認識しています。
ですが、それでも経口免疫療法では正確な症状誘発閾値が必要です。
なぜなら、前述したとおり経口免疫療法はアレルギーのある食物を摂取させて「閾値上昇または脱感作状態とした上で」成立する治療法だからです。
たとえば症状誘発閾値が牛乳15mlで、それ以上接種したらアレルギー症状が出る子どもに対し、15ml以上の牛乳摂取を継続することが経口免疫療法なのです。
食べることを目指した食事指導
ここまで読んでくださって伝わっていると嬉しいのですが、私が行っている食物アレルギー指導は経口免疫療法ではありません。
私の指導(これが一般的なアレルギー科医の指導と同一であることを望みます)と経口免疫療法には2点の違いがあります。
- 正確な症状誘発閾値を必須とせず、まずは経口負荷試験で安全摂取可能量を求める。
- 安全摂取可能量を超えない摂取を継続する。
私は、食物アレルギーと診断された、または食物アレルギーの可能性が非常に高いと診断された患者さんに対し、食物経口負荷試験で「安全に食べられる量」を判定します。
私が設定する「安全に食べられる量」というのは、正確な症状誘発閾値よりも少ない可能性があります。
詳細な問診、皮膚テストや特異的IgEを参考に「安全に食べられる量」をできるだけ症状誘発閾値に近づけたいと思っていますが、負荷試験の安全性を勘案して両者が乖離することをある程度許容しています。
食物経口負荷試験の目的は大きく2点あり、1つは「食物アレルギーの確定診断」で、もう1つは「安全摂取可能量の決定と耐性獲得の診断」です。
子どもの食物アレルギーの多くが耐性を獲得していく傾向があるため、食物アレルギーだったかどうかを確定させるよりも結果的に耐性獲得している(もしくは予防されている)ことのほうが大切であると私は考えています。
そのため私は後者「安全摂取可能量の決定と耐性獲得の診断」を重視して経口負荷試験を行っています。
(もちろん前者も大事なのですが、相対的にという意味です。年齢や原因食物によっては、確定診断と除去の徹底、エピペンによる対策などを重視することもあります)
食物アレルギーの基本が「必要最小限の除去」であることを私は重々承知しています。
本当は牛乳100mlまで飲めるかもしれない子どもに「とりあえず牛乳15mlまでは安全に飲めているから、6か月くらいはこの量を続けてみようね」と指導するのは、必要最小限の除去に反しているのかもしれません。
ですが、「必要最小限の除去」をするためには、正確な症状誘発閾値を知らなければなりません。
症状誘発閾値に正確さを求めるがあまり、「アレルギー症状が誘発されるまで経口負荷試験を繰り返す」となってしまうと、安全性が確保されません。
このような様々な葛藤を含みつつ、私は「安全に食べられる量」を設定します。
あとは、その量を超えない摂取を3か月から6か月継続し、特異的IgE抗体の推移を見ながら、また経口負荷試験の計画を立てます。
私が提供している食事指導は、閾値量を超えない摂取であるため経口免疫療法とは異なります。
そして、閾値量を超えない摂取の継続が、現在のアレルギー科医に求められている標準的な医療行為であると私は認識しています。
食物アレルギーの治療の基本である除去は必要最小限にとどめて、可能な範囲で摂取を勧めることが肝心である。これは医原性の栄養不良を防ぐとともに、患者家族のQOL低下を最小限に抑えることにもつながる。さらに少量の摂取が、将来的な耐性獲得を促進する可能性もある。
食物アレルギー診療ガイドライン2016
上記ガイドラインは症状誘発閾値を超える摂取は研究段階の治療であることを強調しています。
そして、閾値を超えない摂取の継続の有効性についても触れています。
アレルギー科医に求められていること
日本アレルギー学会の学術大会で経口免疫療法に関するセミナーを受講し、強く印象に残っていることがあります。
- 経口免疫療法はまだ研究段階の治療であり、一般のアレルギー科医がなすべきことではない。
- 一般的なアレルギー科医がなすべきことは、安全な食物経口負荷試験の実施とアナフィラキシーへの適切な対処である。
私もたくさんのアレルギー疾患をみながら、食物アレルギーに立ち向かう武器として経口免疫療法に強い期待を寄せています。
研究とは希望です。
さらなる研究によって、人類が食物アレルギーを克服する日を切望しています。
研究に強い期待を抱きつつも、私がなすべきことは安全な食物経口負荷試験の実施とアナフィラキシーへの適切な対処です。
私が行っている「閾値を超えない摂取を継続する」という指導は経口免疫療法ではありません。
しかし、前述のガイドラインに記載されている「食べることを目指した食事指導」につながっています。
これが現時点の医学における最善の指導であると考えて、症状誘発閾値を超えない摂取を指導しています。
まとめ
耐性獲得のための食物アレルギー指導について書きました。
経口免疫療法は閾値を超えた摂取行うことで、耐性化を積極的に目指す治療法であり、現在は研究段階です。
この研究には熟練したアレルギー専門医と栄養士が参加し、十分なインフォームドコンセントと倫理的配慮がなされています。
症状誘発閾値を超えない摂取を続けていくことが、現在の食物アレルギー医療の基本です。
私もその基本を遵守して、アレルギー外来を行っているつもりです。
それでも、現状の方法でも耐性化に至らない食物アレルギーの児は少なくありません。
彼らは誤食によるアナフィラキシーショックの危険にさらされています。
新たな治療戦略が求められています。
経口免疫療法はそのための研究です。
研究に犠牲者はいりません。
ですが、研究による新しい治療は必要です。
この二律背反に板挟まれながら、私は食物アレルギーの子ども達とひたすら向き合い続けます。