母乳もリスク。乳児ボツリヌス症の全体像を考える。

乳児ボツリヌス症のリスク因子を知っていますか?

「ハチミツですよね!」

そうです。
ハチミツは乳児ボツリヌス症をオッズ比9.8倍で増やします。

ちなみに、オッズ比9.8倍といっても、寄与リスクは0.0225%です。
ハチミツが乳児ボツリヌス症にどれほど寄与するかは、こちらに書きました。

乳児ボツリヌス症と蜂蜜の関係。寄与リスクを考える。

2017年4月9日

さて、乳児ボツリヌス症のリスク因子についてもう一度問います。

乳児ボツリヌス症のリスク因子は、ハチミツだけでしょうか?

実は、母乳栄養も乳児ボツリヌス症のリスク因子なのです。
母乳栄養は乳児ボツリヌス症をオッズ比2.9倍に増やします。

母乳栄養が乳児ボツリヌス症のリスクであることは、ネルソン小児科学にも書かれています。

母乳は安全であるとして推奨している小児科医の立場として、母乳栄養が乳児ボツリヌス症のリスクであることにどう向き合えばいいのでしょうか。

今回は、母乳とボツリヌスについて書きます。

乳児ボツリヌス症のリスク因子

Risk factors for infant botulism in the United States.(Am J Dis Child. 1989; 143: 828-32)でリスク因子を明らかにしています。

  • ハチミツは乳児ボツリヌス症をオッズ比9.8倍に増やす。
  • 母乳栄養は乳児ボツリヌス症をオッズ比2.9倍に増やす。
  • 便秘(1日1回未満の排便)は乳児ボツリヌス症をオッズ比5.2倍に増やす。

確かに、母乳は乳児ボツリヌス症を増やすようです。

でも、どう考えても腑に落ちません。

母乳には乳酸菌が多く含まれ、腸管細菌叢を正常化します。
母乳はボツリヌス菌が腸に生着するのを予防するはずです。

母乳が乳児ボツリヌス症を減らすのであれば納得できますが、増やすという結果は腑に落ちません。

母乳が乳児ボツリヌス症を増やす理由

腑に落ちないので、他の論文を探してみました。

Infant botulism.(Am Fam Physician. 2002; 65: 1388-92)に面白い記載があります。
この論文は嬉しいことに、無料で読むことができます。

論文の中身を見てみましょう。

乳児ボツリヌス症における母乳の役割には矛盾点がある。乳児ボツリヌス症の70-90%が母乳栄養だったという報告もある。母乳は乳児ボツリヌス症の経過を和らげる可能性がある。その結果、母乳栄養では乳児ボツリヌス症の子どもが死んでしまう前に医療機関を受診でき、いろいろな検査を受けられ、乳児ボツリヌス症と診断されるのかもしれない」

どういうことか分かりますか?

つまり、粉ミルクで栄養された乳児ボツリヌス症は、あっという間に死んでしまうため、検査されない可能性があるというのです。

あっという間に死んでしまったら、「乳幼児突然死症候群」という診断名になるでしょう。
ボツリヌスの検査はされないでしょう。

いっぽうで、母乳栄養の乳児ボツリヌス症は、症状が和らげられ、入院し検査をする時間が与えられます。
その結果、乳児ボツリヌス症の診断にたどり着けます。

だから、母乳栄養のほうが乳児ボツリヌス症が多く見えるという推察です。

乳児ボツリヌス症と乳幼児突然死症候群

同論文には、乳幼児突然死症候群の4-15%が、乳児ボツリヌス症だと書かれています。

小児科学会雑誌2015年1月号にも「突然死の10-20%がボツリヌス菌と関連している」と書かれています。

日本には年間150人の乳幼児突然死症候群があります。

もしそのうちの10%がボツリヌス関連であるのだとすれば、日本でも年間15人の子どもがボツリヌスで亡くなっているのかもしれません。

全貌の見えない乳児ボツリヌス症

日本の乳児ボツリヌス症は25年間で31人しか報告されていません。

そして2017年3月に初めて死亡報告がされました。
この件についても、以前書きました。

乳児ボツリヌス症による初めての死亡報告で考えるべきこと。

2017年4月8日

これは、大部分の乳児ボツリヌス症が見逃されている結果だと考えるべきです。
日本でも年間15人の子どもがボツリヌスで亡くなっているのかもしれないのに、日本で検出されるボツリヌスの数は圧倒的に少ないです。

ハチミツが乳児ボツリヌス症のリスクであるという点にこだわりすぎて、ハチミツ摂取のない子どもにはボツリヌス検査をしていない可能性もあります。

母乳が見かけ上、乳児ボツリヌス症のリスクに見えるように、ハチミツも過大評価されている危険性があります。

  • ハチミツ摂取がなければボツリヌス検査をしない。
  • ハチミツ摂取があればボツリヌス検査をする。

こんなことをしていれば、ボツリヌス菌が検出される患者さんには全員ハチミツ摂取歴があることになるでしょう。

乳児ボツリヌス症について語るには、現在の医療はボツリヌスの全体像をとらえきれていません。

乳児ボツリヌス症の全体像が見えていないから、母乳すらもリスク因子に挙がってくるのです。

本当に母乳は危険なのか、本当にハチミツは危険なのか、それを知るにはボツリヌスに対する診断をもっと積極的に行う必要があります。

小児科学会雑誌2015年1月号の森川先生は、まずは乳幼児突然死症候群においてボツリヌス検査がなされるようになって、そこでボツリヌス関連死が確認されれば、ボツリヌス診断に関心が高まるだろうと書いています。

私も、ボツリヌスの全体像を掴むために、そして本当に日本においては乳児ボツリヌス症は珍しいのかを知るために、突然死を起こす感染症(インフルエンザ、ロタ、ノロ、アデノ、RS、溶連菌、百日咳)にボツリヌス菌を加えるべきだと感じます。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。