「牛乳アレルギー」をgoogleで検索してみます。
Wikipediaがヒットしました。
牛乳アレルギー(ミルクアレルギー)は、動物(牛に限らない)の乳に含まれる成分に対するアレルギー反応である。多くの場合、牛乳に含まれるタンパク質の一種であるアルファS1-カゼインが原因である。このアレルギー反応はアナフィラキシーを発症し、生命に危険がある場合もある。
Wikipedia
牛乳アレルギーとミルクアレルギーが、全く同じであるかのように書かれています。
これ、私にはどうも腑に落ちなかったんです。
ミルクアレルギーは、粉ミルクに対するアレルギーです。
牛乳アレルギーは牛乳に対するアレルギーです。
粉ミルクは牛乳から作られますので、そのたんぱく質成分はほぼ同じです。
「成分がほぼ同じなら、ミルクアレルギーも牛乳アレルギーも同じなんじゃないですか?」
そうなんです。
そうなんですけれど、ミルクアレルギーと牛乳アレルギーとでは、(一部の)小児科医においては違った意味合いがあるんです。
少なくても、私はそう思ってました。
ですが、私のこの「ミルクアレルギー」という用語の使い方は、どうも間違っていると最近思うようになりました。
Wikipediaが世間一般的な考え方なのだとしたら、牛乳アレルギーとミルクアレルギーは同じ意味でしかなく、ミルクアレルギーに特別な意味を持たす私の使い方は、世間一般には受け入れられないと思ったのです。
「何言ってるんだ、この人」って思いますよね。
今回は、私が今まで感じていた「ミルクアレルギーと牛乳アレルギーの違い」について書いてみます。
分類と症状の違い
ミルクアレルギーの臨床型は「新生児・乳児消化管アレルギー」であり、非即時型アレルギーに分類されます。
専門用語では「IgEに依存しないIV型アレルギー」といいます。
非即時型であるミルクアレルギーは、摂取してから24時間以内に症状が出現します。
アレルギー症状としては、比較的ゆっくりと発症します。
症状も消化管だけにだけ起きるなど、限局することが多いです。
ミルクアレルギーの症状は嘔吐または血便またはその両方です。
たまに、嘔吐も血便もないのに、体重増加不良で気づかれることもあります。
アレルギー症状といえばじんましんを想像するかもしれませんが、ミルクアレルギーではじんましんが出ません。
ミルクアレルギーでは、アナフィラキシーが起きません。
いっぽうで、牛乳アレルギーの臨床型は「即時型症状」であり、文字通り即時型アレルギーに分類されます。
専門用語では「IgEに依存するI型アレルギー」といいます。
即時型ですので、摂取から15分で発症することもあります。
牛乳アレルギーの症状は全身に出現することがあり、じんましん・嘔吐・咳きこみなど「アナフィラキシー」と呼ばれる症状をきたして、最終的にショックになることもあります。
まさにアレルギーという感じの反応が出るのが、牛乳アレルギーです。
有病率の違い
ミルクアレルギーの有病率は0.21%です。
(参考:J Allergy Clin Immunol. 2011; 127: 685-8.e1-8.)
いっぽうで、乳児期の牛乳アレルギーの有病率は2%前後だと思います。
(参考:乳児期発症の食物アレルギーが5-10%で、その1/4が牛乳アレルギーであるため)
つまり、乳児期の牛乳アレルギーは、ミルクアレルギーの10倍起きやすいと考えられます。
発症時期の違い
ミルクアレルギーの発症時期は、生後数日~1週間以内が多いです。
「約半数の患者は、生後牛乳由来ミルクを開始して1-7日目に症状が出現する」と厚生労働省難治性疾患克服研究事業の平成21年度総括・分担研究報告書にも報告されています。
(ただし、血便や嘔吐が目立たないタイプミルクアレルギーは、2歳頃までの報告が散見されます)
一般的には、生後から粉ミルクをあげたときに発症することが多いです。
いっぽうで牛乳アレルギーは、離乳食を開始する生後5-6か月に診断されることが多いです。
特に、それまで母乳栄養だった赤ちゃんが、離乳食でヨーグルトをあげたときに気づかれることが多いです。
予後の違い
ミルクアレルギーは1歳で50%、2歳で85%、3歳で95%が完全に寛解するとされます。
(参考:小児科診療2015年9月号P1252)
牛乳アレルギーの寛解率は、日本での報告では3歳の時点で60.4%と報告されています。
(参考:アレルギー2006; 55: 533-41)
ミルクアレルギーも牛乳アレルギーも治りやすいアレルギーです。
ですが、ミルクアレルギーの方がさらに治りやすいです。
ミルクアレルギーと牛乳アレルギーの分類における問題点
ここまで、「ミルクアレルギーと牛乳アレルギーは違うんだ!」と力説してきました。
確かに、牛乳由来タンパクによる消化管アレルギーは、生後7日までに半数以上が発症します。
生後7日までに牛乳を飲むことはないでしょうから、このタイプのアレルギーを「ミルクアレルギー」と呼ぶのは分かりやすく、理に適っていると思います。
また、牛乳由来タンパクによる即時型発症のアレルギーは、離乳食に初めて牛乳由来タンパクを摂取したときに発症することが多いです。
それは、粉ミルクではなく、ヨーグルトなどの乳製品が原因であることが多いです。
このタイプを「牛乳アレルギー」とするのも分かりやすいです。
ミルクアレルギーと牛乳アレルギーは住み分けができており、上手く分類できているように見えます。
ですが、問題があるんです。
実は、粉ミルクで即時型発症のアレルギーを起こすことだってあるんです。
考えてみれば、当たり前なんですけれどね。
たとえば、生後6か月で保育園を行くことを契機に、完全母乳から粉ミルク併用となった赤ちゃんが、粉ミルクでアナフィラキシーを起こすことがあります。
これはミルクに対するアレルギーなので、ミルクアレルギーと呼ぶべきでしょうが、先ほどまで語ってきたミルクアレルギーの臨床像(血便や嘔吐が主体で、アナフィラキシーは起こさない)とは全然違います。
粉ミルクを使ったミルク粥でアナフィラキシーを起こした場合も、ミルクに対するアレルギーではありますが、症状の出方は牛乳アレルギーそのものです。
また、「食物アレルギーの関与する乳児アトピー性皮膚炎」という臨床型があります。
粉ミルクの赤ちゃんが、なかなかよくならないアトピーになります。
これもミルクによるアレルギーですが、臨床像としてはIgEを介したアレルギーであり、一般的なミルクアレルギーではありません。
ミルクに対するアレルギーであるのに、「ミルクアレルギー」という言葉を使うことで、想像する臨床像が変わってしまいます。
ミルクアレルギーという言葉は、混乱の原因になるのです。
ミルクアレルギーという言葉を極力使わない
ミルクアレルギーと言われると、私の頭の中では「新生児・乳児消化管アレルギーで、非即時型のIgEに依存しないIV型アレルギーで、生後7日以内に血便や嘔吐を起こし、アナフィラキシーは起こさないアレルギー」と考えてしまいます。
ミルクアレルギーという言葉が、小児科医の中で一人歩きしていっています。
ですが、お母さんが使う「ミルクアレルギー」という言葉には、新生児・乳児消化管アレルギーだとか非即時型だとか、そういう意味は含まれていません。
ミルクアレルギーは牛乳アレルギーと同じだと思う人が大半でしょう。
Wikipediaを信頼するつもりはあまりないのですが、一般的な感覚としては、牛乳アレルギーとミルクアレルギーは同じ意味なのだと思います。
「ミルクアレルギー」に込められた意味が、小児科医と保護者のあいだで食い違うのはよくありません。
「ミルクアレルギー」とは、そもそもミルクに対するアレルギーという意味でしかありませんから、そこに勝手に消化管アレルギーの要素をくっつけたほうが悪いと考えるべきです。
「牛乳由来タンパクによる新生児・乳児消化管アレルギー」という、少し長いですが、こちらの言葉を使う方が適切です。
どうしても「ミルクアレルギー」という言葉は言葉数が少なく、小児科医同士だと意味が伝わるので、使ってしまいがちです。
ですが、ミルクアレルギーという言葉は、混乱の原因になります。
私は、ミルクアレルギーという言葉をできるだけ使わないことを提案します。
(現実、成書ではもう使われていないんですけれどね。ただ、「ミルクアレルギー」という言葉を使った学会発表は多く見かけますし、私もカルテに「ミルクアレルギー」という言葉を使ってしまうことがあるので、自戒のための決意表明です)