「熱射病」と最近言わない理由。熱中症の分類再考。

ニュースで「重症の熱中症、いわゆる熱射病に……」という報道をいくつか見かけました。
マスコミを中心に、熱射病というフレーズはまだ生きています。

ただ、私がいる小児科では「熱射病」という言葉は使いません。
代わりに「熱中症III度」という言葉を使います。

熱射病という言葉の意味は知っていますが、私はあえてこの言葉を使わないようにしています。
今回は、「熱射病」という言葉をどうして使わないかについて書きます。

熱中症の分類

日射病、熱痙攣、熱疲労、熱射病、熱失神、熱虚脱、うつ熱症、熱衰弱。
これら8つの言葉は、信じられないかもしれませんが、熱中症の分類に今まで使われてきた言葉です。

どれがもっとも軽症で、どれがもっとも重症なのか、文字面だけでは分からないと思います。
どうやら「教科書によって様々」であったようです。

熱中症の用語は不明確で、混沌としていた時期が存在しました。

安岡らが提唱した重症度分類を基に、臨床データに照らしつつ一般市民、病院前救護、医療機関による診断とケアについてわかりやすく改訂した。

熱中症診療ガイドライン 2015

熱中症診療ガイドラインにも書かれている通り、混沌としていた熱中症を明確に分類するには安岡正蔵先生の記述を読まなければなりません。

私が持っている本の中で安岡先生の記述があるのは、小児内科2011年増刊号p891-894「熱中症、熱射病、日射病の違いを教えてください」です。

まずは上記の記事を紹介します。

旧来の熱中症の分類

日射病、熱痙攣、熱疲労、熱射病、熱失神、熱虚脱、うつ熱症、熱衰弱。

これらの熱中症分類は、前述した通り「教科書によって様々」です。
日射病をもっとも軽い症状とする分類や、日射病をもっとも重い症状とする分類も存在しました。

ただ、ニュースで「重症の熱中症、いわゆる熱射病に……」と報道されるように、多くの文献が「熱射病」を最重症に位置付けました。

熱射病の定義は以下です。

  • 意識障害
  • 40度以上の発熱
  • 発汗の停止・乾燥した皮膚

この3つをすべて満たしたとき、熱射病と診断していました。

旧来の熱中症の分類の問題点

  • 意識障害
  • 40度以上の発熱
  • 発汗の停止・乾燥した皮膚

これらの熱射病の定義は、熱中症の中でも明らかに最重症です。
ですが、この分類には問題点がありました。

「意識を失ってるけれど、熱はまだ39度だし、汗も少し出てる。これはまだ熱射病じゃないから大丈夫だ」

上記の例のように、発汗停止と40℃以上の発熱を重要視しすぎると、熱中症を重症度を過小評価してしまう可能性が出てくるのです。
意識障害を伴う重症型熱中症の入院時所見では、必ずしも発汗停止や40℃以上の発熱は認められないという記載もあります(Med Sci Sports Exerc. 1990; 22: p6-14)。

熱中症に限らず、救急疾患のほとんどにおいて必要なことは「早期診断と早期治療」です。
旧来の熱射病の診断基準では、完全に重症化してしまった状態を認識するのみであり、臨床的には役立たないという問題点がありました。

臨床的には重症化に至る一歩手前での認識が必要です。
そのための新しい分類が必要とされました。

熱中症の新分類

安岡先生が1999年に提唱した新分類を基に、熱中症診療ガイドライン2015が次の分類を提示しています。(分かりやすくなるように筆者が言葉を言いかえています)

I度:暑い状況にさらされ、体調不良になった状態。代表的な症状はめまい、立ちくらみ、生あくび、筋肉痛、こむら返り。これらの症状がないからといって熱中症は否定されない。意識は清明で、高体温は伴わない。(高体温の定義はガイドライン上にはありませんが、安岡先生は腋窩で38℃、直腸温で39度を高体温としています)

II度:暑い状況にさらされ、高体温を認め、III度が否定された状態。

III度:暑い状況にさらされ、高体温を認め、次のいずれかを認めた場合。

  • 中枢神経症状:意識障害(JCS2以上、小脳症状、けいれん発作)
  • 肝・腎機能障害:入院を考慮する程度のAST、ALT、LDH、BUN、Creの上昇。
  • DIC

入院を考慮する程度の肝・腎機能障害というのが少しあいまいに感じました。
ですが、臨床症状に主体を置いていた旧来の基準に比べ、意識レベル、体温、検査値で分類される新分類は分類しやすく感じます。

新分類を使うとどうなるか

まず、新分類で評価すると、熱射病よりIII度のほうが閾値が低いことに気づきます。

旧分類の熱射病では「深部体温40℃以上」と「意識障害」と「発汗停止」が必須でした。
ですが、新分類のIII度では「深部体温は39度」でよく、意識障害はあってもなくても診断は可能であり、かつ発汗停止という非常に評価しにくい症状が項目から消えました。

これにより、熱中症の最重症と認識するための敷居が下がりました。

図に書くとこうなります(熱中症診療ガイドライン2015からの引用です)

この分類の変更により、最重症の認識が早期となり、熱中症の予後の改善につながることが期待されます。

その他に新分類に感じること

  • 日射病、熱痙攣、熱疲労、熱射病、熱失神、熱虚脱、うつ熱症、熱衰弱。どれが重症でどれが軽症か分からない問題が、I度、II度、III度となったことで重症度が分かりやすくなりました。
  • 熱中症の重症度がスペクトラムを持つことが強調されました。初期はI度であっても、対応がよくないとII度そしてIII度へと進展しうることが分かりやすくなりました。(旧来の分類で、熱痙攣から熱疲労に移行したと言われても、良くなったのか悪くなったのか別の病態になったのか分かりにくい)

まとめ

  • 「熱射病」は旧基準の分類である。
  • 新基準である「熱中症I-III度」のほうが、分類が明確であり、早期診断と早期治療に役立ち、疾患が持つスペクトラムが分かりやすく、臨床的である。

まだ「熱射病」という言葉を使う人が存在するのは承知していますし、私も「熱射病」と言われてその意味は理解できます。

ですが、熱中症の重症度はI度、II度、III度のほうが現実的・臨床的に理に適っていると感じています。

現場が混乱しないように、さらには患者さんたちが混乱しないように、旧分類の呼称はあまりニュースで言わないようにして欲しいなと個人的に思っています。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。