前回、医学部の卒業試験について書きました。
医学部の卒業試験はなかなか過酷で、一部の大学では2割の学生が留年してしまうことを示しました。
卒業試験を合格できれば、晴れて医学部を卒業できます。
ですが、医学部を卒業できても、医者になれるわけではありません。
医者になるためには、医師国家試験に合格しなければならないのです。
つまり医学生が医者になるためには、「卒業試験」と「医師国家試験」の両方を合格する必要があります。
2回の試験があるというのは、ある意味念入りな評価と言えるかもしれません。
ですが裏を返せば、2つ試験するというのは、なんだか非効率なように思います。
さらに非効率なことに、卒業試験が医師国家試験の予想問題のような出題をしている大学もあるのです。
同じような形式の試験を2回も続ける意味は何なのでしょうか。
今回は、医学部の卒業試験の意義について考えてみます。
このページの目次です。
卒業試験とは何か
卒業試験とは何でしょうか。
もちろん、医学部を卒業するに値するかを評価する試験が、医学部の卒業試験です。
そして、医学部を卒業できるということは、医師国家試験を受験できるということですので、「卒業試験とは医師国家試験を受けるための試験」だといえます。
卒業試験が予選で、医師国家試験が本選のような位置付けになっています。
卒業試験は必要か
国家試験に予選が必要でしょうか。
仮に、医師国家試験の受験者が200万人を超える大規模な試験であれば、予選は必要でしょう。
200万人といえば、センター試験の倍の規模です。
一斉に試験をするのはなかなか大変です。
この場合は、予選で受験者数を減らしたほうが、円滑な医師国家試験を実施できると思います。
ですが、第111回医師国家試験の新卒の出願者数は9124人です。
そのうち、卒業試験で留年してしまった学生は296人です。
卒業試験はほとんど受験者を減らしていません。
卒業試験に、受験者を絞るという意義はなさそうです。
そうなると卒業試験の意義が見出せません。
どうせ医師国家試験に落ちれば医者になれないのですから、卒業試験なんてなくても構わないという理屈になります。
卒業試験の新たな意義を模索する
卒業試験に意義を見出せないのであれば、新たな意義を模索してみましょう。
2つのアイディアを思いつきました。
卒業試験を実技試験にする
「優れた医師を排出するという目的で卒業試験をするなら、医師国家試験では評価できないような項目を試験科目にするべきだ」という意見も当然あっていいと思います。
医師国家試験で診断や治療についての知識を問われるのであれば、卒業試験は実技を主体にした試験にすることで住み分けるとアイディアもあるでしょう。
実技だけではなく、医師には患者さんや他の医療職とのコミュニケーションスキルも大切ですし、倫理的な対応力も求められます。
医師としての資質を正確に評価するならば、面接試験も課したほうがいいのではないかと思われるかもしれません。
卒業試験をペーパーでの試験ではなく、実技や面接を重視した試験にすることで、卒業試験では技術を問い、国家試験では知識を問い、その両方を通過できた学生は医師としての能力が担保されていると言えるようになるかもしれません。
卒業試験を廃止し、卒業論文にする
「意義のない卒業試験などやめてしまって、医師国家試験だけにしてしまえばいいのでは?」という意見もあるでしょう。
卒業試験をやめる代わりに、卒業論文を強化して、国際誌に受理される論文を書かなければ卒業できないというルールにするのもいいかもしれません。
日本はとにかく論文の数で他国に劣っています。
英語が苦手というのもあるかもしれませんが、リサーチマインドを育む教育も不十分なんだろうと思います。
まずは論文を雑誌に載せるという経験を学生のうちにしておくのはいいことだと思います。
新しい卒業試験の問題点
卒業試験の新しい形について2点考えてみました。
しかし、実技や面接の評価をなかなか一般化することはできません。
大学によって厳しい・甘いなど、差が出てしまうことでしょう。
論文も、医学生が臨床試験を行うことはまず不可能でしょう。
症例報告であっても、主治医にはなれませんから、結局誰か医員の論文を横取りして発表するという風潮になってしまうと思います。
これでは、医師の資質を評価できているとは言えません。
現状の卒業試験は本当に無価値か
代替案を2つ出したものの、どちらもあまり良いアイディアではありませんでした。
ここで、現状の卒業試験は本当に意義も価値もないのかをあらためて考えてみます。
私は、卒業試験が9月からでしたので、7月くらいからは勉強をしました。
そして卒業試験が11月に終わり、2月には医師国家試験でしたので、そのまま休むことなく勉強を継続しました。
結果的に、7月から半年以上、かなりハードな勉強を強いられました。
卒業試験があることで、医学生は最後の一年間、とても勉強することになります。
これが、卒業試験があることの価値であるといえるでしょう。
医師国家試験のための卒業試験
私も8年ぶりに第111回の医師国家試験を実際に解いてみましたが、なるほど国家試験の問題はなかなかよくできています。
臨床にも役立つ良問がとても多く感じました。
国家試験の質については、こちらに良問・悪問をまとめました。
医師国家試験の質が上昇している現在では、医師国家試験のための勉強というのは、よい医者になるための勉強と十分言えると私は考えます。
まとめ
医学生は、医者になる前に「卒業試験」と「医師国家試験」という似たような問題を2回解きます。
私も医学生のときは「どうせ国家試験があるのに、卒業試験なんて無意味だ」と思っていました。
でも、今から思えば、卒業試験のおかげで、しんどかったですが、かなり真剣に勉強できたのだと思います。
論文は、医者になってからのほうが書けます。
医師となって、クリニカルクエスチョンに気づくところから、論文は始まります。
卒業論文という形式で時間を割かれるほうが無意味でしょう。
卒業試験という体制のおかげで、医学生は最後の1年間は勉強に励みます。
これはすなわち、医師国家試験に向けての勉強です。
この勉強が有意義が不毛かを決めるのは、国家試験の質でしょう。
医師国家試験が良質な問題になっていくのであれば、卒業試験を設けることで準備期間をしっかりもって臨むシステムはよい教育であると私は思います。