上のアイキャッチ画像の物品、いったい何だか分かりますか。
左から順に、栄養ボトル、吸引チューブ、鉗子、コネクタ、キシロカインゼリー、50mlのシリンジ、ダブルバルーンカテーテルです。
実はこれ、私がある病院で初めて高圧浣腸をしたときの道具です。
初めての腸重積症
もう何年も前の話です。
私がその病院で初めて当直した夜でした。
生後10か月の子どもが、「夜中泣いてばかりで寝てくれない」という主訴で来院しました。
いきなり診察室に入れてしまうと、生後10か月は人見知りが強い場合もあるので、正しい状況が分かりません。
私はその子どもとお母さんを待合室に待たせ、そっと陰から様子を観察しました。
その子どもは甲高い泣き声で、泣き続けています。
ただの夜泣きとは違う印象を受けます。
十分に観察した後、私は診察室に案内し、触診をしました。
ソーセージ様腫瘤は触れません。
話を聞くと、特に血便もなく、夕食は普通に食べたとのことです。
私は腹部エコーをしてみました。
ターゲットサインが見えます。
腸重積症です。
私は以前の病院で腸重積は7例くらい経験していましたが、このときは自分でも驚くくらい早期診断に至れたので、興奮しました。
本当の腸重積症は、もう少し発見が遅れるのが一般的だからです。
「腸重積症です。今すぐに整復しましょう」
お母さんに高圧浣腸のリスクを説明し、同意を得ます。
そして私は、看護師さんに「高圧浣腸をするから、準備をお願いします」と指示しました。
「あの、高圧浣腸の準備って、分からないんですけど」
看護師さんの意外な言葉に私は驚きました。
私も小児科外来の中を探し回りましたが、腸重積の整復セットが見当たりません。
夜の0時を回っている時間でしたが、小児科の部長に電話してみました。
「腸重積症が来ているんですが、高圧浣腸のセットってどこですか?」
「ない」
当時、この病院では高圧浣腸をしていなかったのです。
私はお母さんに事情を説明し、紹介状を書いて、市外の大きな小児病院に搬送しました。
診断までつけられたのに、治療ができないという、とても悔しい想いが残った当直となりました。
高圧浣腸セットを作る
当直明けの朝、私はさっそく高圧浣腸セットを作りました。
高圧浣腸はとてもシンプルな手技です。
小児腸重積症の診療ガイドラインには造影剤としてバリウムは奨められないことや、空気とガストログラフィンについては施設で決めてよいことなどは書かれていますが、どのような器具で行うべきかについては触れられていません。
必要な物品は、小児科診療2012年の順天堂大学の小笠原先生の記事を参考にしました。
- ダブルバルーンカテーテル
- イリゲーター
- ゴム管
- エボシ管
- 注射器
- 潤滑剤
- ガストログラフィン
- 蒸留水
- 点滴スタンド
1~4のアイテムがこの小児科外来にはありません。
というか、エボシ管ってなんですか。
とにかく、物品がないと高圧浣腸ができませんから、私は資材部に行きました。
直腸バルーンカテーテル
高圧浣腸に絶対に必要なのは、直腸バルーンカテーテルです。
高圧浣腸のキーアイテムというべきもので、これがなければ有効な高圧浣腸ができません。
ダブルバルーンカテーテルで、太さは汎用性の高い30Frにしました。
2つのバルーンが肛門の内と外で膨らみ、挟み込むようにしてしっかり固定されます。
これにより、圧がしっかりとかかります。
資材部にお願いすると、すぐに発注してくれました。
フットワークの軽さが、この病院のいいところです。
栄養ボトル
浣腸液をためる容器が必要です。
小笠原先生の記事には「イリゲーター」とありました。
イリゲーターとは経管栄養ボトルのことです。
当院では、おとなの経管栄養で使う栄養ボトルを使用しました。
1000mlまで入るので、小さい子どもであれば十分です。
少し大きい子どもでも、整復中にボトルに浣腸液を追加することで対応できます。
高圧浣腸は血管につなぐわけではないので、問題なさそうです。
吸引カテーテル
栄養ボトルと直腸バルーンカテーテルをつなぐ管が必要です。
小笠原先生の記事には「ゴム管」とありました。
資材庫を探したのですが、ちょうどいいゴム管がありません。
1m50cm以上の長さが必要で、使い捨てタイプで、滅菌されているものが理想です。
そのとき、手術室で使う「吸引カテーテル」を見つけました。
これは、吸引機と回収容器をつなぐために使うカテーテルです。
柔軟性があり、ゴム管として使用するのに十分です。
滅菌されている点も適切です。
その他
あとは、浣腸液を止めるための鉗子と、直腸カテーテルを挿入するときに潤滑剤としてキシロカインゼリー、そしてバルーンを膨らませるためのシリンジを用意しました。
それと、吸引カテーテルと直腸カテーテルがこのままではつながりませんので、ヒビキTPXコネクターも必要となります。
これで高圧浣腸セットの完成です。
2回目の腸重積症
それからほどなくして、腸重積の子どもが外来にやってきました。
作ったばかりの腸重積セットが活躍する瞬間です。
一部の物品が目的外使用であることや、この物品での整復は当院では初めてであることは子どもの両親に伝えました。
原理上は順天堂大学の装置と同じなので、整復率は95%と考えられると説明し、同意を得ました。
栄養ボトルに6倍希釈ガストログラフィンを注ぎ、直腸カテーテルにつなぎます。
鉗子を外す瞬間、すごくドキドキします。
原理的に問題なく、私自身も8回目の高圧浣腸です。
緊張する必要などないのですが、自分が一からそろえたセットだからでしょうか、鉗子を外す手に力が入りました。
鉗子を外すと同時に、レントゲン透視を開始します。
造影剤がS状結腸、下行結腸、横行結腸と逆流し、上行結腸にうつる手前で停滞します。
見事なカニのツメサインです。
数秒かけてゆっくりとカニのツメは消失し、上行結腸、小腸が造影されるのを確認しました。
高圧浣腸は成功しました。
その後
その後、このセットで5回ほど整復しました。
いずれも問題なく整復できました。
現在は、もうこのセットを使っていません。
直腸カテーテルから造影剤のバッグまでが一体化した高圧浣腸セットを買ってもらえたからです。
高圧浣腸という目的のために作られたセットですので、非常に扱いやすく、とても便利です。
特に、浣腸液を回収するときに、イリゲーターではなくバッグなので、浣腸液がこぼれないという利点が嬉しいです。
まとめ
「現代の医師が、もし幕末にタイムスリップしたらどうなるか?」を描いた「JIN-仁-」という漫画があります。
簡単に言えば、脳外科医の南方仁先生が、江戸時代でがんばるというお話です。
アンビューバッグという自己膨張式の人工呼吸用バッグがあるのですが、漫画の中ではイノシシの膀胱で代用していました。
栄養カテーテルを使って、赤ちゃんのお臍からアドレナリンを注射するというのは、新生児蘇生においてはありえることです。
栄養カテーテルは臍に入れられることを想定して作られてはいないと思いますが、新生児蘇生においてアドレナリンを投与する方法として、新生児蘇生講習会でも紹介されています。
別に、栄養ボトルや吸引チューブで高圧浣腸ができたということが誇らしいわけではありません。
ですが、原理と原則が分かった上で、点滴セットとか、経管栄養セットとかを見直してみるのも勉強になると思いました。
腸重積症のきちんとした症例提示に興味がありましたら、こちらの記事もどうぞ。