タミフルに効果はあるのか?コクランレビューvs日本の小児医療。

小児呼吸器感染症診療ガイドライン2017が2016年11月19日に出版されました。

私が真っ先に読んだ項目は、百日咳とインフルエンザです。

百日咳は、百日咳LAMP法の登場で、診断基準が大きく変わりました。
正直なところ、百日咳のことを知りたいがためにガイドラインを購入したといっても過言ではありません。
百日咳の新しい診断については、以前に記事にしました。

百日咳の検査。小児呼吸器感染症ガイドライン2017と百日咳LAMP法。

2017年3月7日

もう一つの注目点は、インフルエンザについてです。
というのは、2014年4月にもっとも権威の高いエビデンスとして知られるコクランレビューで「抗インフルエンザ薬の効果は有熱期間の短縮のみであり、肺炎などの合併症予防効果や入院予防効果はなかった。嘔吐などの副作用が増えた」と報告しているからです。

日本でも一時期、この結果は話題になりました。
Googleで「タミフル コクラン」で検索してみてください。

「インフルエンザにタミフルは効果なし!コクランとロッシュに拍手を」

それでも使うか?効果は小で副作用は大!コクラン計画にとどめを刺された『タミフル』

「コクランレビューで、タミフルの効果は限定的で有害性があると指摘、使用指針の見直しを求めBMJ(英国医師会雑誌)と共同声明を発表」

「インフルエンザにタミフルは効かない!高確率で嘔吐や精神障害 すでに欧米では利用わずか」

検索上位だけでもこの結果です。
特に、一番上の記事はこんなに副作用があるのに、効果のないタミフルは処方されても普通は断った方が良いようです」という結論づけています。
そして重症例に対する使用についても「効かないとわかったタミフルを使用する理由がわかりません」と書かれています。
まるで専門家が書いた医療情報のようになっていますが、本当に医療関係者なのでしょうか。

「インフルエンザにタミフルは効かない」という帰無仮説を否定できなかったというだけで、帰無仮説が真実であるようになっています。

こういう背景があって、小児呼吸器感染症診療ガイドライン2017ではインフルエンザに対する抗インフルエンザ薬の位置付けがどうなるのかにとても興味がありました。

今回は、日本の医療がインフルエンザにどう向き合っているのかを書きます。

小児呼吸器感染症診療ガイドライン2017の結論

2017年3月現在の日本の小児医療において、インフルエンザの標準的な治療法は何でしょうか?

先に結論を書きます。

発症後48時間以内に患者年齢に適したノイラミニダーゼ阻害薬を規定量投与する。
エビデンスレベルI、推奨度A

小児呼吸器感染症診療ガイドライン2017

ノイラミニダーゼ阻害薬とは、要するに現在の抗インフルエンザ薬と考えてください。

エビデンスレベルIとは「もっとも強い科学的根拠がある」という意味です。
いくつものランダム化比較試験があって、その結果を統合しても有効であるという意味です。

推奨度とは、その治療による利益、副作用、かかる費用などを総合して決められます。
基本的にエビデンスが高いほど推奨度は高くなりますが、どれほどエビデンスが高くても副作用や費用が大きい場合は推奨度は下がりますし、逆にエビデンスが低くても無害で安価な治療は推奨度が上がります。

(余談ですが、アトピー性皮膚炎に対する乳酸菌の推奨度が比較的高いのは、エビデンスが乏しいものの、乳酸菌は安全で安価だからでしょう)

コクランレビューでは「抗インフルエンザ薬の効果は限定的」となっているのに、日本の小児医療は「抗インフルエンザ薬が強く推奨される」となっています。

この違いは、どういうことでしょうか?
日本の医療は、コクランレビューの結果を無視しているということでしょうか?

日本小児呼吸器学会・日本小児感染症学会の見解

小児を対象とした二重盲検無作為化プラセボ対照試験において、発症24時間以内にA型ウイルス陽性患者へオセルタミビルを投与開始することにより有症期間を3.5日短縮したとする報告や、発症48時間以内の投与開始によりA型およびB型インフルエンザ罹患児の有症期間が36時間短縮したとする報告がある。

しかし、これまでの検証において、有症期間の短縮効果がA型よりB型ウイルスで弱いことやA型ウイルスのサブタイプ間で異なること、また罹患年齢で異なることが確認されている。

また、2009年以降に行われたA(H1N1)pdm09を検討対象に含む二重盲検無作為化プラセボ対照試験においては、発症48時間以内にオセルタミビル投与を開始した群で有症期間の中央値が1日短縮されたものの有意差がなかったとする報告や、入院加療を必要とした他施設共同後方視的観察研究では有熱期間および入院期間に差はなかったという報告がある。

よって、発症早期のオセルタミビル投与で有症もしくは発熱期間の短縮が期待できるが、感染したウイルスにより有効性に差が出ることが想定される。

小児呼吸器感染症診療ガイドライン2017

要するに、「インフルエンザにタミフルが効いた説と効かなかった説で、意見が割れてます」と書いてあります。

そして、「タミフルが効くタイプのインフルエンザと効かないタイプのインフルエンザがあるんでしょう」という推察がなされています。

ここまではいいんです。

ですが、この推察をもって、「発症後48時間以内に患者年齢に適したノイラミニダーゼ阻害薬を規定量投与する。エビデンスレベルI、推奨度A」となる理由が分かりません。

「インフルエンザにタミフルが効いた説も効かない節もあり、効くタイプのインフルエンザや効かないタイプのインフルエンザもあるのだろうが、総合的に言って子どものインフルエンザにタミフルは有効とは言えなかった」というのがコクランレビューの結論です。

そのコクランレビューを覆す内容となっているのが、今回のガイドラインです。
しかし、ガイドラインを深く読みこんでみましたが、どうしてエビデンスレベルI、推奨度Aとなったのかの根拠は書いてありませんでした。

腑に落ちないガイドラインの推奨度

エビデンスレベルがIなのはいいと思うんですよ。
二重盲検ランダム化比較試験がいくつもあるんですから。
コクランレビューがなされているくらいです。

でも、問題はその推奨度です。

コクランレビューで「抗インフルエンザ薬の効果は限定的で、有害事象は増えた」と報告されているのに、日本のガイドラインでは推奨度がAつまり「インフルエンザには抗インフルエンザ薬を使用することを強く奨める」という内容になっています。

コクランレビューを尊重するなら、抗インフルエンザ薬の推奨度はDとなるべきにも思えます。
推奨度Dとは、「無効もしくは害であることが確認されている」というレベルです。

小児呼吸器感染症診療ガイドラインは、16人の有識者が投票で推奨度を決めています。

今回の推奨度はAに投票した有識者は12人、Bに投票した有識者が4人でした。
Dに投票した有識者はいません。

もっと意見が分かれてもよさそうな議題なのに、この統一された推奨度は、逆に不思議に思えます。

日本小児科学会の対応

コクランレビューの内容と、現在の日本のインフルエンザ治療とのギャップに疑問を持っているのは私だけではありません。

林敬次先生と日本小児科学会とのやりとりがとてもお興味深いので、ここに紹介します。

2014年11月5日、林先生はコクランレビューによるタミフルの有効性が限定的であるという報告を受けて、インフルエンザに対しては抗インフルエンザ薬ではなく、安価で安全な解熱薬を推奨するように日本小児科学会に要望しました。

これに対して、2014年12月日本小児科学会は、「コクランレビューについては、重症化に至る割合が低い健常人を対象とした検討では、重症化予防効果を検討とする規模を満たさないと判断した」と回答しています。

つまり、コクランレビューは元気な子どもばかりを集めた検討なので、その結果を重症化しやすい幼児や基礎疾患のある子どもには適応することはできません。

そして「幼児や基礎疾患のある子どもには、抗インフルエンザ薬を使ったほうがいい」と回答しました。

では、もともと元気な年長児においてはどうでしょうか。

健常児に対しては「基礎疾患を有さない患者であっても、症状出現から48時間以内にインフルエンザと診断された場合は各医師の判断で投与を考慮する」「一方で、多くは自然軽快する疾患でもあり、抗インフルエンザ薬の投与は必須ではない」としており、全例投与は推奨していません。

その一方で、24時間以内に治療を開始された幼児においては、解熱短縮期間(のちに有症状短縮期間に訂正されました)が3.5日にも上ることが報告されており(Heinonen S, et al. Clin Infect Dis 2010; 51: 887-94)、本邦における診療を鑑み、健常児に対する抗インフルエンザ薬の使用法については医師の自由裁量権を尊重とした推奨としています。

日本小児科学会
抗インフルエンザ薬使用方法に関する要望書に対する回答書
2014年12月22日

元気な子どもには、発症早期なら抗インフルエンザ薬を使ってもいいと思うし、別に使わなくてもいいよという回答をしています。

日本小児科学会インフルエンザ対策ワーキンググループが、インフルエンザに対する治療基準を述べています。

  • 幼児や基礎疾患があり、インフルエンザの重症化リスクが高い患者や呼吸器症状が強い患者には投与が推奨される。
  • 発症後48時間以内の使用が原則であるが、重症化のリスクが高く症状が遷延する場合は発症後48時間以上経過していても投与を考慮する。
  • 基礎疾患を有さない患者であっても、症状出現から48時間以内にインフルエンザと診断された場合は各医師の判断で投与を考慮する。
  • 一方で、多くは自然軽快する疾患でもあり、抗インフルエンザ薬の投与は必須ではない。

重症化リスクの低い軽症のインフルエンザには、抗インフルエンザ薬を必須としないという基準であり、コクランレビューの結論に十分沿った内容であると言えます。

小児呼吸器感染症診療ガイドライン2017の真の推奨度

日本小児科学会の対応も考慮すれば、小児呼吸器感染症診療ガイドラインでの抗インフルエンザ薬の推奨度がAである背景や意味が分かると思います。

要するに、「効果は限定的」としたコクランレビューそのものが「限定的な対象の試験(元気な子どもの軽症なインフルエンザばかりを集めている)」であり、その結果をすべての子どもに当てはめてはいけないということです。

「対象を基礎疾患のある子どもや重症例に限定すれば、抗インフルエンザ薬は強く推奨される」という意味での推奨度Aなのでしょう。

コクランレビューの限界

コクランレビューはもっとも高いエビデンスです。
しかし、もっとも高いエビデンスだからこそ、採用できない研究があります。

たとえば、重症で人工呼吸管理しなければならないインフルエンザ肺炎の子どもがいます。

この子どもの親に「コインを投げて、表が出たら抗インフルエンザ薬を投与します。裏が出たら薬は使いません。代わりに偽薬と言う薬ではないものを投与します。医学の発展のために協力してくれませんか?」と言ったらどうでしょうか。

間違いなく協力してもらえないと思います。
親が協力しますと言ったとしても、医者の倫理が許さないでしょう。

二重盲検ランダム化比較試験は強いエビデンスがあり、コクランでも採用してもらえます。
ですが、重症例では二重盲検ランダム化比較試験ができません。

こういう重症例に対しては、観察研究をするしかありません。

重症例に対する抗インフルエンザ薬の効果に関するシステマティックレビュー(Lancet Respir Med 2014: 395-404)では小児において発症2日以内に抗インフルエンザ薬を投与できた群は、それ以降に投与を受けた群よりも死ぬ確率がオッズ比0.67で減る可能性が示されました。

これは有意差がないものの、子どもはなかなか死にませんので、「子どもがインフルエンザで死ぬ」というとても稀な事象をアウトカムとしたために統計学的有意差が出なかったと小児科学会は判断しています。

結論

コクランレビューの結論は、日本の小児医療とは矛盾していませんでした。

コクランレビューの結論は、元気な子どもの軽症インフルエンザを対象としたものです。

いっぽうで、日本の小児医療で抗インフルエンザ薬が強く推奨されているのは、重症例や、重症化のリスクを持った子どもです。

対象が違うので、異なった結論となっているだけでした。

現在の日本のガイドラインでは、基礎疾患のない子どもにおける軽症のインフルエンザに対する抗インフルエンザ薬は、積極的に推奨されているわけではありません。
発症から48時間以内にインフルエンザと診断された場合は、各医師の判断で抗インフルエンザ薬を投与するか考慮します。

考慮される点は、全身状態や兄弟の有無などとなるでしょう。
親の希望も十分考慮されます。
特に健常児に対する24時間以内の投与で、有症状期間が3.5日も短くなったというのは大きな利点に思います。
正しい情報を与えたうえで、医者と親と可能なら子ども本人と治療計画を考えられるとよいですね。

抗インフルエンザ薬の選択や、予防接種について興味がありましたら、こちらの記事もどうぞ。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。