まさか、このブログでサンマをアイキャッチ画像に使う日がくるとは思いませんでした。
今回は、サンマの話です。
ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコタサペンタエン酸(EPA)という言葉を聞いたことはありますか?
きっと、DHAやEPAが「健康にいい!」とか、「頭がよくなる!」とか、そういう広告を見かけたことがあるはずです。
「DHA EPA サプリ」で検索すると、たくさんの商品がヒットします。
DHCというメーカーのホームページには「青魚のサラサラ成分で、健やか健康値!回転もすっきりクリア!」というフレーズがあります。
DHAで頭がよくなり、EPAで血液がさらさらになるようです。
これが売り上げNo.1のようですから、よく売れているんだと思います。
しかし、本当に効果があると思いますか?
DHAやEPAに関する研究は、小児科でも熱心に取り組まれています。
というのは、子どもの神経発達やアレルギーに影響するのではないかと言われているためです。
私は小児科医で、しかもアレルギーを専門としていますので、まさにDHAとEPAの効果については詳しくなければならないという立場です。
今回は、アレルギー医としての私が知っている限りのDHA・EPAについて記事にします。
DHA・EPAは必須脂肪酸ではない
DHAもEPAも脂肪酸です。
そして、DHAもEPAも必須脂肪酸でありません。
α-リノレン酸という脂肪酸さえあれば、DHAもEPAも体内で合成することができます。
α-リノレン酸さえしっかり摂取していれば、DHAやEPAを直接摂取しなくても、体の中でDHAもEPAも作られますから、大丈夫だといえます。
DHA・EPAのエビデンス
「体内で作られるんだったら、DHAもEPAも摂取しなくていいじゃない」
まさにその通りです。
たとえば、小児期・思春期のADHDの子どもに不飽和脂肪酸を投与した研究があります。
コクランレビューという最も権威の高い情報では「DHA・EPAを含むn-3系多価不飽和脂肪酸を投与してもADHDに有益だという結果にはならなかった」としています。
(アラキドン酸などのn-6系多価不飽和脂肪酸と併せれば、有効だったという報告はありますが、これではDHA・EPAの有用性を示したことにはなりません)
また、子どもにDHA・EPAを含む脂肪酸を投与して学習機能が改善したかどうかの研究についても、コクランレビューでは「学習機能を改善するという十分なエビデンスはない」としています。
(リンクは古いバージョンの日本語版です。最新版は英語でありますが、結論は変わっていません)
「The effect of maternal omega-3 (n-3) LCPUFA supplementation during pregnancy on early childhood cognitive and visual development: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials.」という大規模なメタ解析でも、妊婦に対してDHA・EPAを投与しても子どもの認知発達には明らかな影響はなかったと結論づけられています。
早産児にDHA・EPAを投与した研究のメタ解析としては「Meta-analysis of LCPUFA Supplementation of Infant Formula and Visual Acuity」という論文があります。
神経発達予後については明確なエビデンスがないとされます。
DHAもEPAも、無効であるとまでは言えません。
(こういうのを医学では「controversial(議論の余地がある)」といいます)
しかし、子どもに食べさせて神経発達がよくなったとは言えないのが現状の医学的結論です。
DHA・EPAの効果
では、DHAもEPAも全く無意味なのでしょうか。
もちろん、効果があったという報告もあるのです。
ですが質の悪い研究であるため、コクランレビューでは採用されていません。
その中で、最近とても質の高い報告が出ました。
2016年12月にThe New England Journal of Medicineで報告された「fish oil derived fatty acids in pregnancy and wheeze and asthma in offspring」という論文です。
有名な雑誌は、日本語の要約がつくので助かります。
妊婦さんに妊娠24週から生後1週までDHA・EPAを摂取してもらいます。
すると3歳時点での喘息が23.7%から16.9%に減りました。
つまり、妊婦がDHA・EPAを摂取すると、子どもの喘息が減るという結論です。
私の勝手な推論ですが、妊婦はお腹の中の赤ちゃんを成長させるために、たくさんの脂肪酸が必要になります。
DHAもEPAも、α-リノレン酸さえしっかり摂取していれば、お母さんの体内で合成されます。
ですが、赤ちゃんが急激に大きくなる妊娠24週以降は、必要とされるDHAもEPAも増加し、α-リノレン酸からの合成だけでは不足するのではないかと私は考えます。
つまり、妊娠後期のお母さんは、DHA・EPAを直接摂取したことで、赤ちゃんに十分なDHA・EPAが供給され、それが抗炎症的に働いて、生後の免疫寛容につながっているのではないかと私は考えています。
さらに、この論文の面白いところは、DHA・EPA血中濃度がもともと高いお母さんにDHA・EPAを摂取させても、明らかな効果はなかったと報告している点です。
この論文はデンマークの論文です。
デンマークは海に囲まれた国ですが、魚より肉の文化だそうです。
(もちろん、魚がまったく食べられていないわけではありません)
日本はどうでしょう。
DHAやEPAは魚の油によく含まれます。
特にイワシ、サバ、サンマ、マグロに多く含まれます。
これらは、日本人の大好物です。
お寿司、お刺身、焼き魚、フライなどで、これらはとてもたくさん食べられています。
日本の妊婦は、おそらくDHA・EPA血中濃度がもともと高いでしょう。
妊娠中にDHAやEPAをたくさん摂取しても、子どもの喘息は減らないかもしれません。
ですが、逆にいうと、お肉ばっかり食べて、魚は全然食べられない妊婦さんには、DHA・EPAのサプリメントは有用かもしれません。
(魚を食べたほうがいいという正論は差し控えましょう)
魚をほとんど食べず、お母さんのDHA・EPAの血中濃度が低い場合は、喘息の確率は34.1%から17.5%へと大きく減ります。
この効果は、見過ごせないほど大きいです。
結論
DHA・EPAで子どもの頭がよくなるというエビデンスは不十分です。
DHA・EPAで子どもの喘息が減ったという論文はあります。
ですが、もともとDHA・EPAをたくさん摂取している日本ではあまり有効ではないかもしれません。
少なくても、DHA・EPAで副作用が出たという論文はありませんので、サプリメントの摂取を中止させる必要はありません。
ですが、普段の食生活に魚を摂取する機会があるなら、DHA・EPAのサプリメントを積極的に取る必要はないと考えます。
「イワシの頭も信心から」ということわざがあります。
DHA・EPAでアレルギーが予防できるかもしれないというのは、普段から魚をよく食べる人からすれば、「イワシの油も信心から」という程度の効果でしょう。
いっぽうで、普段から魚を食べない人にとっては「信じる者は一部救われる」といえそうです。
(繰り返しますが、魚を食べたほうがいいという正論は差し控えます)