この記事は2017年1月12日に書かれました。
小児呼吸器感染症ガイドライン2017で百日咳診療が大きく変わりましたので、2017年3月7日にリライトしました。
診療変更のきっかけとなった、百日咳LAMP法については、こちらの記事を参考にしてください。
百日咳は予防接種があるにも関わらず、世界中に蔓延している感染症の一つです。
1年間に6000万人の人が感染し、そのうち50万人が死んでしまうという怖い病気です。
この病気の犠牲者となるのは、主に1歳未満の乳児です。
百日咳には分かりやすい症状が4つあります。
典型的な経過と併せて、知っておきましょう。
百日咳の症例提示
ひよりちゃんは生後3か月の女の子です。
生後2か月から肺炎球菌ワクチンやHibワクチン、B型肝炎ワクチン、ロタウイルスワクチンは接種しましたが、まだ四種混合ワクチンは接種していません。
軽い咳
ひよりちゃんはあるときから咳をするようになりました。
時々咳き込むだけで、機嫌もいいし、母乳もよく飲みます。
熱もありません。
お父さんも1か月前から時々咳をしています。
夜中に咳で何度か目が覚めているようですが、それほどしんどくもないらしく、最近は治まってきているので病院には行っていません。
そう言いつつも、このときのひよりちゃんのお母さんはあまり心配をしていませんでした。
咳がだんだん強くなる
1週間ほどたちました。
ひよりちゃんの咳はだんだんと強くなっています。
「けん、けん、けん、けん」と連続した咳が続き、咳き込んでるときは顔が真っ赤になって苦しそうです。
持続時間は10秒から15秒くらいで、そのあいだは機関銃のように咳が続きます。
咳き込みが強いですが、母乳は飲めています。
お母さんは小児科に連れていきました。
最初の診断
ひよりちゃんのお母さんは、小児科の先生にこの1週間の経過を伝えました。
しかし、今回の症例は2016年10月以前のものです。旧診断基準では咳は2週間以上続いていることが診断に必要ですので、このときはまだ百日咳の検査が行われませんでした。
小児科の先生は丁寧に胸の音を聞き、口の中を診ました。
その後、採血とレントゲンの検査をしました。
咳止めのアスベリンと、クラリスという抗生剤をもらって、ひよりちゃんは帰宅しました。
次の診断
それからまた1週間たちました。
ひよりちゃんの咳き込みはさらに強くなっています。
寝ていても咳で起きてしまいます。
「けん、けん、けん、けん、けん、けん」と15秒ほど咳き込むと、赤い顔がだんだんと黒っぽくなります。
そして連続した咳が終わった後、「ひー!」とのどを鳴らせながら勢いよく息を吸いこみます。
咳き込んで、母乳を吐いてしまうこともあります。
母乳の飲み自体も、普段の半分未満です。
おしっこの量も減っている気がします。
お母さんはもう一度小児科に連れていきました。
小児科の先生はすぐに紹介状を書いてくれました。
百日咳で入院
入院できる大きな病院では、百日咳抗体という検査をされました。
先生の説明で、お母さんは安心しました。
入院して1週間後
入院して1週間がたちました。
ひよりちゃんのお母さんは、先生と相談して、退院し外来でフォローすることになりました。
その後
退院して1週間後には、咳の発作は1日5回に減りました。
「ひー」という笛のような声を伴うことが少なくなりました。
さらに2週間経過して、咳はようやく治まりました。
まとめ
- 四種混合ワクチンを受けていない生後3か月の児に、しつこい咳ではじまった。
- 2週間以上続く咳、発作性の咳き込み、咳き込んだ後に吸気性の笛のような声、そして咳き込み嘔吐、この4つの症状で百日咳が疑われた。
- 百日咳の抗生剤を飲んでも、咳の症状は軽くならなかった。
- 血液検査で百日咳抗体が上昇しており、診断が確定した。
- 1週間ほどかけて咳が強くなり、かなり強い咳が3週間ほど続き、その後2週間かけて咳はおさまった。
補足
一般的な百日咳は最初の1-2週間まるでかぜのような症状(咳や鼻水)が出ます。
その後、4週間ほど強い咳が出ます。
そして、2週間ほどかけて回復していきます。
全部で8週間ほど咳症状が出ることが多いです。
百日咳と言いますが、60日咳くらいで終わることが多い印象です。
それでも、かなり咳の期間が長くて、厄介な病気です。
もし、ひよりちゃんをもっと早くに小児科に連れていったらどうだったでしょうか。
小児呼吸器感染症ガイドラインでは、1歳未満においては、吸気性笛声(息を吸う時に笛のようなヒューという音が出る:whooping)か、発作性の連続性の咳き込み(スタッカート様咳嗽)か、咳き込み後の嘔吐か、無呼吸発作(チアノーゼの有無は問わない)があれば百日咳を疑うように変更されました。
もし、ひよりちゃんが咳き込み嘔吐などがあれば、百日咳LAMP法で速やかに診断がつき、早期治療で早く治っていたかもしれません。
この症例は、2016年10月以前のものなので、百日咳LAMP法がまだ保険適応ではない時代でした。
ですから、ひよりちゃんをもっと早くに小児科に連れていっても、おそらく百日咳と診断することができなかったでしょう。
ですが、もしお父さんが百日咳と診断がついていれば、ひよりちゃんもすぐに百日咳が疑われ、すぐにクラリス内服をされたかもしれません。
そうであれば、もしかすると入院せずに済んだかもしれません。
お父さんが百日咳だったのは間違いないと思います。
おとなの百日咳はしつこい咳というよりも、「夜に咳で目が覚めた」というエピソードが大事です。
不思議なことに、おとなの百日咳は、夜間に咳で起きた回数をしっかり覚えています。
「昨晩は咳で3回起きました」と具体的に回数を答えられる場合、百日咳かもしれません。
百日咳に対する予防接種の効果は3~5年で弱まり、12年で完全になくなってしまいます。
百日咳にかかることで免疫がつきますが、それも一生効果が続くわけではありません。
おとなが百日咳にかかって、それを子どもにうつすというパターンがもっとも多い感染経路です。
百日咳ワクチンをおとなでも接種できるような環境づくりが、百日咳撲滅に大切なのかもしれません。
そして、新しい検査である百日咳LAMP法が普及し、おとなにも早期診断・早期治療ができるようになれば、百日咳の蔓延を防げるかもしれません。