アメリカのインフルエンザ治療。タミフルを使うのか?

インフルエンザに対し、タミフルに代表される抗インフルエンザ薬を使うかどうかは、以前検討しました。
世界でもっとも権威のあるコクランレビューは2014年に「抗インフルエンザ薬の効果は限定的である。元気な子どもに抗インフルエンザ薬は必ずしも必要ではない」と報告しました。

日本のインフルエンザ医療は、コクランレビューの結果を十分に配慮し、次の4つの指標を示しました。

  • 幼児や基礎疾患があり、インフルエンザの重症化リスクが高い患者や呼吸器症状が強い患者には投与が推奨される。
  • 発症後48時間以内の使用が原則であるが、重症化のリスクが高く症状が遷延する場合は発症後48時間以上経過していても投与を考慮する。
  • 基礎疾患を有さない患者であっても、症状出現から48時間以内にインフルエンザと診断された場合は各医師の判断で投与を考慮する。
  • 一方で、多くは自然軽快する疾患でもあり、抗インフルエンザ薬の投与は必須ではない。

日本の医療は「何がなんでも抗インフルエンザ薬は必須!」という立場では決してなく、コクランレビューに沿った内容になっています。

小児呼吸器感染症診療ガイドライン2017や日本小児科学会インフルエンザ対策ワーキンググループ、コクランレビューの検討についてはこちらに書きました。

タミフルに効果はあるのか?コクランレビューvs日本の小児医療。

2017年3月12日

いっぽうで、「タミフルをたくさん処方しているのは日本だけなんだ」という噂を耳にします。
この噂を検討するには、タミフルの処方回数を調べるという方法もありますが、本記事はその手法とは違った角度で検討します。

今回は、アメリカ小児科学会が抗インフルエンザ薬をどのように使うことを推奨しているかを書きます。

アメリカの抗インフルエンザ薬

Recommendations for Prevention and Control of Influenza in Children, 2017 – 2018を読んでいきましょう。

Antiviral medications are important in the control of influenza but are not a substitute for influenza vaccination. The neuraminidase inhibitors (NAIs) oral oseltamivir (Tamiflu [Roche Laboratories, Nutley, NJ]) and inhaled zanamivir (Relenza [GlaxoSmithKline, Research Triangle Park, NC]) are the only antiviral medications that are recommended for chemoprophylaxis or treatment of influenza in children during the 2017–2018 season.

Pediatrics October 2017, VOLUME 140 / ISSUE 4

ざっくり訳してみます。

抗ウイルス薬はインフルエンザのコントロールに重要ですが、インフルエンザワクチンの代替品ではありません。
小児におけるインフルエンザの治療に推奨されるノイラミニダーゼ阻害剤は、経口オセルタミビル(タミフル)および吸入ザナミビル(リレンザ)だけです。

これを読んで「おや?」と思った人がいることでしょう。

「インフルエンザの薬は4種類ありましたよね。タミフルとリレンザは書いてありますが、イナビルとラピアクタはアメリカでは使わないのですか?

日本では抗インフルエンザ薬は4種類あります。
こちらの記事に詳細を書きました。

インフルエンザに効く5つの治療薬とその特徴。

2017年1月6日

実は私も今回の記事を書きながら初めて知ったのですが、アメリカの子どもにはイナビルとラピアクタは使われていないようです。

イナビル(一般名ラニナミビルlaninamivir)は欧米の臨床試験が進まず、開発が停止しています。
アメリカの添付文書検索サイトDailyMedでも、laninamivirではヒットしません。

ラピアクタ(一般名ペラミビルperamivir)はアメリカでも承認されています。
ですがDailyMedを見てください。

RAPIVAB is indicated for the treatment of acute uncomplicated influenza in patients 18 years and older who have been symptomatic for no more than 2 days.

DailyMed

ラピアクタはアメリカでは「ラピバブ」という商品名です。
ご覧の通り、18歳以上で発熱から2日以内の患者さんにしか適応がないのです。
(小児への適応は「研究中(being studied in children)」と2017年のアメリカ小児科学会の声明に記述されています)

というわけで、アメリカで使える抗インフルエンザ薬は、タミフルとリレンザだけになります。

アメリカでの抗インフルエンザ薬の適応

アメリカでの抗インフルエンザ薬の適応は、次の表に集約されます。

Offer Treatment ASAP to Children… Consider Treatment ASAP for…
Hospitalized with presumed influenza Any healthy child with presumed influenza
Hospitalized for severe, complicated, or progressive illness attributable to influenza Healthy children with presumed influenza, who live at home with a sibling or household contact that is <6 mo old or has a medical condition that predisposes him or her to complications
With presumed influenza (of any severity) and at high risk of complications

ASAPとはas soon as possible、可能な限り早くという意味です。

上記の表は、左側が「offer(抗インフルエンザ薬を投与すべきである)」、右側が「consider(抗インフルエンザ薬を考慮する)」と分けて書いてあります。

詳しくは後述しますが、このアメリカの指針は日本の方針と大差がありません。
(日本の指針は「48時間以内」というフレーズが頻用されますが、これを「ASAP、可能な限り早く」と解釈すれば、アメリカの指針とほぼ同じになります)

抗インフルエンザ薬を投与すべき人

  • インフルエンザが疑われ、入院中の人。
  • インフルエンザをきっかけに病気が悪化して入院中の人。
  • インフルエンザを疑われ、かつハイリスクの合併症を持っている人。

ここで言う「ハイリスクの合併症」は別の表に書いてあります。

People at High Risk of Influenza Complications and Thus Recommended for Antiviral Treatment of Suspected or Confirmed Influenza

  • Children <2 y
  • Adults ≥65 y
  • People with chronic pulmonary (including asthma), cardiovascular (except hypertension alone), renal, hepatic, hematologic (including sickle cell disease), or metabolic disorders (including diabetes mellitus) or neurologic and neurodevelopment conditions (including disorders of the brain, spinal cord, peripheral nerve, and muscle such as cerebral palsy, epilepsy [seizure disorders], stroke, intellectual disability, moderate to severe developmental delay, muscular dystrophy, or spinal cord injury)
  • People with immunosuppression, including that caused by medications or by HIV infection
  • Women who are pregnant or postpartum (within 2 wk after delivery)
  • People <19 y who are receiving long-term aspirin therapy
  • American Indian/Alaskan native people
  • Residents of nursing homes and other chronic care facilities
  • 2歳未満の子ども。
  • 65歳以上の成人。
  • 慢性肺疾患(喘息を含む)、心血管疾患(高血圧のみは除く)、腎臓、肝臓、血液(鎌状赤血球症を含む)、代謝障害(糖尿病を含む)または神経学的疾患(脳卒中、中等度から重度の発達遅延、筋ジストロフィーまたは脊髄損傷のような脳、脊髄、末梢神経および筋肉の障害を含む)。
  • 薬やHIV感染によって免疫が抑制されている人。
  • 妊娠中または産後の女性(出産後2週間以内)。
  • 長期アスピリン療法を受けている19歳未満の人。
  • アメリカインディアン/アラスカ州在住の人
  • 老人ホームおよびその他の慢性ケア施設の居住者。

以上の人たちは、たとえ入院していなくてもタミフルやリレンザを投与すべきだとアメリカ小児科学会は考えています。

抗インフルエンザ薬を考慮すべき人

  • インフルエンザを疑われた健康な子ども。
  • きょうだいや家族が、生後6か月未満であったり重症化するリスクを持っていたりする場合に、インフルエンザを疑われた健康な子ども。

子どもというだけで、アメリカでもタミフルやインフルエンザを考慮してよいです。
さらに小さなきょうだいや、合併症を持ったきょうだいがいれば、なおさら抗インフルエンザ薬を考慮すべきでしょう。

「考慮する」というのは、必ずしも抗インフルエンザ薬が必要だという意味ではありません。
ですがASAPとあるように、もし抗インフルエンザ薬を投与するのであればできるだけ早く投与すべきです。

コクランレビューとの整合性

日本のインフルエンザ治療の方針でも問題となった、コクランレビューとの整合性について、アメリカ小児科学会はどのように考えているでしょうか。

Reviewers of available studies by the CDC, the WHO, and independent investigators have consistently found that timely oseltamivir treatment can reduce the duration of fever and illness symptoms and the risks of complications, including those resulting in hospitalization and death. A 2014 Cochrane meta-analysis of randomized, placebo-controlled trials of oseltamivir or zanamivir overwhelmingly performed in outpatient adults and children with confirmed or suspected exposure to naturally occurring influenza revealed that the question of whether the complications of influenza are reduced by NAIs is not settled, so the balance between benefits and harms should be considered when making decisions about use of NAIs for either treatment or prophylaxis of influenza. Unfortunately, treatment efficacy has not yet been adequately evaluated among hospitalized children or children with comorbid conditions in randomized trials. Although limited prospective comparative data exist to date, multiple retrospective observational studies and meta-analyses have been conducted to determine the role of NAIs in treating severe influenza. Most experts support the use of NAIs to reduce complications and hospitalizations, although less agreement exists on the use of NAIs in low-risk populations in whom the benefits are likely modest.

ちょっと長いですが、がんばって訳してみます。

CDC、WHO、および独立研究者による研究では、適切な時期のオセルタミビル(タミフル)投与が、発熱などの症状の持続時間および合併症のリスク(入院および死亡を含む)を減少させると報告しています。

2014年のコクランレビューで報告された、インフルエンザと疑われる成人および小児の外来患者にオセルタミビル(タミフル)やザナミビル(リレンザ)を投与する無作為化プラセボ対照試験では、インフルエンザの合併症が抗インフルエンザ薬で軽減されるかどうかの問題は解決されませんでした。
したがって、インフルエンザの治療を決定する際には、利益と害とのバランスを考慮する必要があります。

残念なことに、無作為化試験で入院した小児または併存疾患を有する小児では、治療効果がまだ十分に評価されていません。
限定的な前方視での比較試験はありますが、重症インフルエンザに対する抗インフルエンザ薬の役割を決定するために、多施設での後方視的・観察研究およびメタアナリシスが実施されています。

ほとんどの専門家は、合併症や入院を減らすために抗インフルエンザ薬を使用することを支持していますが、低リスク集団で抗インフルエンザ薬を使用することについては、メリットがあまりなく、合意がほとんどありません。

アメリカも日本と同じで、コクランレビューの結果を尊重し、ハイリスクの場合にだけ抗インフルエンザ薬を使用し、低リスクの患者さんにはメリットはあまりないと考えています。

タミフルの副作用について

In adverse event data collected systematically in prospective trials, vomiting was the only adverse effect seen more often with oseltamivir than with placebo when studied in children 1 through 12 years of age (ie, 15% of treated children versus 9% receiving placebo). In addition, after reports from Japan of oseltamivir-attributable neuropsychiatric adverse effects, a review of controlled clinical trial data and ongoing surveillance has failed to establish a link between this drug and neurologic or psychiatric events.

1歳から12歳までのインフルエンザに対し、タミフル投与で嘔吐が15%、プラセボ投与で嘔吐が9%に見られました。
これは有意差があり、タミフル投与は嘔吐を増やしました。
(もちろんプラセボでも嘔吐は見られており、インフルエンザ感染自体でも嘔吐は起きることは明らかです)
逆に、嘔吐以外の副作用は見られませんでした。

タミフルと異常行動については日本で研究されており、関連があるとはいえないという結果になっています。

アメリカ小児科学会の声明に、日本の研究が紹介されると、なんだか嬉しくなります。

ちなみに、DailyMedでも確認しましたが、アメリカでは10歳台の子どもにタミフルを制限していることはありません。
異常行動と関係があるとはいえないと報告した日本では10-19歳でのタミフルが制限されているのに対し、研究されていないアメリカではタミフルが制限されていないという現象は、不思議に感じます。

アメリカでの抗インフルエンザ薬の位置付け

Antiviral medications currently licensed are important adjuncts to influenza vaccination for control and prevention of influenza disease.

adjunctsという言葉がありますね。
これは「補助」という意味です。

現在承認されている抗ウイルス薬はインフルエンザのコントロール・予防の重要な補助です。

タミフルやリレンザは有用な薬としつつも、インフルエンザのコントロールに関しては「補助」という認識をアメリカはとっています。
重要なのはインフルエンザワクチンです。

アメリカでは生後6か月以上の人には全員インフルエンザワクチンを推奨しています。
重症の卵アレルギーがあっても、アメリカでは問題なくインフルエンザワクチンを受けることができます。
(卵アレルギーにインフルエンザワクチンが問題を起こさないということが明らかになったため、2016年からこのようになりました。卵アレルギーとインフルエンザワクチンに対するアメリカの考え方は、こちらの記事に書きました)

アメリカでは卵アレルギーにインフルエンザワクチンを接種できますか?

2017年10月18日

まとめ

アメリカ小児科学会の指針から分かったことは、次の3点でした。

  • アメリカで使える抗インフルエンザ薬はタミフルとリレンザだけ。
  • アメリカの治療方針ではインフルエンザの重症例やハイリスク者には投与が推奨され、健康な子どもには投与が考慮される。日本の方針と大きく変わらない。
  • 抗インフルエンザ薬は感染コントロールの補助ではあるが、主体はワクチン。

「タミフルを使うのは日本だけだ」という噂を聞いたので調べてみましたが、アメリカでもタミフルはインフルエンザ治療の中心であると感じました。
そしてインフルエンザのコントロールという意味では「補助」であると感じました。

ワクチンへの考え方は日米で違いを感じます。
「日本人はタミフルが好きでワクチンが嫌い」という極論をするつもりはありませんが、ワクチンはしないけれどタミフル(リレンザやイナビルでも同様)は欲しいという人は少なからずいるでしょう。
ワクチンは保険適応ではなく、タミフルは保険適応になるという状況が、この現状に拍車をかけている可能性を私は否定できません。

個人的な意見ではありますが、ワクチンは人類の英知であると思っています。
インフルエンザ脳症や、後遺症を残した人などを多く診てきた立場から言わせてもらうと、インフルエンザを予防できる可能性があるワクチンは積極的に利用して欲しいと思います。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。