アメリカでは卵アレルギーにインフルエンザワクチンを接種できますか?

インフルエンザワクチンの製造には鶏卵が使用されるため、ワクチンの中に数ng(1ngとは0.000000001gのことです)の鶏卵タンパクが含まれることは知っていると思います。
このわずかな量の鶏卵タンパクが、卵アレルギーの子どもに反応するのではないかと心配される親御さんは少なからずいます。

インフルエンザワクチンと卵アレルギーについては、アメリカ小児科学会が毎年声明を出しています。

アメリカは多くの面(すべてとは言いません)で、日本より新しい医療を提供します。
アメリカの対応を知ることで、日本の今後の対応を知ることができるかもしれません。

今回はアメリカ小児科学会が卵アレルギーの子どもに対するインフルエンザワクチンをどのように考えているのかを書きます。

2017年のアメリカ小児科学会の見解

アメリカ小児科学会は、卵アレルギーに対するインフルエンザワクチンをどう考えているでしょうか。
まずは最新の声明から読んでみましょう。
Recommendations for Prevention and Control of Influenza in Children, 2017 – 2018にアメリカ小児科学会のインフルエンザに対する考え方が記載されています。

All children with an egg allergy of any severity can receive an influenza vaccine without any additional precautions beyond those recommended for any vaccine.

IIV administered in a single, age-appropriate dose is well tolerated by recipients with an egg allergy of any severity. Special precautions for egg-allergic recipients of IIV are not warranted, because the rate of anaphylaxis after IIV administration is no greater in egg-allergic than in non–egg-allergic recipients or from other universally recommended vaccines. Standard vaccination practice for all vaccines in children should include the ability to respond to rare acute hypersensitivity reactions.

Pediatrics October 2017, VOLUME 140 / ISSUE 4

最初の引用ですので、がんばって訳します。

いかなる重症度の卵アレルギーであっても、他の一般的なワクチンの注意点以上の予防措置をする必要はありません。

通常量のインフルエンザワクチンは、あらゆる重症度の卵アレルギーの子どもにも十分に耐容されます。
卵アレルギーの子どもにインフルエンザワクチンを接種した場合も、卵アレルギーではない子どもにインフルエンザワクチンを接種した場合も、他のワクチンを接種した場合も、アナフィラキシーの頻度に違いはありません。
そのため、インフルエンザワクチンは卵アレルギーの児に対して特別な予防措置を必要としません。
子どもにワクチンを打つとき、それがどんなワクチンであっても、小児科医はまれなアレルギー反応に対応する能力を持っていなければなりません。

他の一般的なワクチンの注意点というのは、熱が高いときには接種できないとかそういうことでしょう。
アメリカでは、卵アレルギーであっても、それが重篤なアナフィラキシーであっても、インフルエンザワクチンを普通に接種することができます。

アメリカ小児科学会の対応の変遷

アメリカ小児科学会は、いつから卵アレルギーでもインフルエンザワクチンは問題ないと言うようになったのでしょうか。

2010年頃まで

小児科診療2011年12月号では、「アメリカ小児科学会は鶏卵アレルギーにインフルエンザワクチンは禁忌」と書いていますので、2010年あたりまでは禁忌だったのでしょう。

2011年から2013年

それが一転して、Recommendations for Prevention and Control of Influenza in Children, 2011–2012で次のような指針がでます。

参照:http://pediatrics.aappublications.org/content/128/4/813

要するにこうなります。
(注意して下さい。これは2011年の提言であり、最新の提言とは大きく異なります)

  • 卵アレルギー反応の既往がなければ、問題なくインフルエンザワクチンができます。(まだ卵を食べたことがなくて分からない場合でも大丈夫だと解釈できます)
  • 卵アレルギーであっても、じんましんなどの症状であって、アナフィラキシーでないなら、接種後30分は病院内にいてもらうこと、もしアレルギー反応が出たときの対応器具を備えていることを前提に、接種が可能です。
  • 卵でアナフィラキシーの既往がある場合は、アレルギー専門医に相談します。

つまりアメリカでは2011年からは卵のアナフィラキシーがあっても、専門家のもとでインフルエンザワクチンが接種できるようになりました。

2014年

時は流れて3年後。
2014年のアメリカ小児科学会の指針を見てみましょう。

The Joint Task Force on Practice Parameters, representing the American Academy of Allergy, Asthma & Immunology (AAAAI) and the American College of Allergy, Asthma & Immunology (ACAAI), recently published an updated recommendation that special precautions regarding medical setting and waiting periods after administration of IIV to egg-allergic recipients beyond those recommended for any vaccine are not warranted. This concept has not been universally accepted by all allergists, so the AAP recommendation has not changed.

アメリカのアレルギー協会などが、卵アレルギーにインフルエンザワクチンを接種しても問題ないという論文を出しました。
ですが、2014年の時点では、この意見をすべてのアレルギー科医が了承しているわけではないようです。
そのため、アメリカ小児科医会は指針を従来のままとしました。

2015年

翌年、2015年のアメリカ小児科学会の指針ではどうなったでしょうか。
だんだんワクワクしてきますね。

The Joint Task Force on Practice Parameters, representing the American Academy of Allergy, Asthma, and Immunology and the American College of Allergy, Asthma, and Immunology, states that special precautions regarding medical setting and waiting periods after administration of IIV to egg-allergic recipients beyond those recommended for any vaccine are not warranted. The AAP continues to reevaluate the need for such precautions but currently recommends that pediatricians continue to determine whether the presumed egg allergy is based on a mild (eg, hives alone) or severe (eg, anaphylaxis involving cardiovascular changes, respiratory or gastrointestinal tract symptoms, or reactions that necessitate the use of epinephrine) reaction.

Pediatrics October 2015, VOLUME 136 / ISSUE 4

アメリカのアレルギー協会などは「卵アレルギーにインフルエンザワクチンを接種しても問題ない」と提言しました。
ですが、アメリカ小児科学会は従来の指針を継続します。
つまり、インフルエンザワクチンを接種する小児科医は、その児がじんましん程度の卵アレルギーなのか、卵でアナフィラキシーを起こしたことがあるのかを見極める必要があるとしました。

アメリカ小児科医会は現状維持をつらぬきます。
ですが、アレルギー協会は「問題ない」と提言していますから、もう一押しです。

2016年

そしてついに2016年。
大きく歴史が動きます。

Recent literature has shown that egg allergy does not impart an increased risk of anaphylactic reaction to vaccination with IIV. A 2012 review of published data found no instances of anaphylaxis among 4172 egg-allergic patients, 513 of whom had a history of severe egg allergy, after vaccination with influenza vaccine; some did have milder reactions. According to a Vaccine Safety Datalink study, the rate of anaphylaxis after IIV3 administration is about 1 per 1 000 000 doses (10 cases in almost 7.5 million doses given alone from 2009 to 2011). This rate is not different from those of other vaccines, including ones that do not contain egg. Although a waiting period of 30 minutes after vaccination for patients with egg allergy was previously recommended, this study also found that the onset of symptoms of anaphylaxis after receiving any vaccine began more than 30 minutes later in 21 of 29 cases.

(中略)

The Joint Task Force on Practice Parameters, representing the American Academy of Allergy, Asthma, and Immunology and the American College of Allergy, Asthma, and Immunology, states that special precautions regarding medical setting and waiting periods after the administration of IIV to egg-allergic recipients beyond those recommended for any vaccine are no longer warranted. Therefore, the algorithm used beginning in the 2011–2012 influenza season to guide vaccination precautions on the basis of the severity of the allergic reaction to eggs is not necessary.

Pediatrics September 2016

最近の文献によると、卵アレルギーはインフルエンザワクチン接種に対するアナフィラキシー反応のリスクを増加させないことが示されています。
2012年に公表されたデータをレビューしたところ、513人の重症卵アレルギーを含んだ4172人の卵アレルギー患者のうち、一部に反応があったものの、いずれも軽いアレルギー反応でした。
Vaccine Safety Datalinkの研究によると、インフルエンザワクチン投与後のアナフィラキシーの発生率は、1000000回あたり約1回(2009年から2011年までに約750万回の投与で10回)でした。
この割合は、卵を含まないワクチンを含む他のワクチンと変わりません。
以前は卵アレルギー患者の予防接種後30分の待機が推奨されていましたが、この試験では、30分後にアナフィラキシー症状が開始したことが判明しました。
(つまり、接種後30分病院にいても意味がないということです)

アメリカのアレルギー協会は「卵アレルギーの児にインフルエンザワクチンを投与する際の特別な予防措置は、他の一般的なワクチンに推奨されているものを超えて必要ない」と言っています。
したがって、卵のアレルギー反応の重症度に基づいて予防接種予防策を導くために2011-2012年のインフルエンザシーズンから使用されるアルゴリズムは必要ありません。

ついに。
ついに、2011年のあのアルゴリズム表はなくなりました!

こうして2016年から、アメリカでは卵アレルギーの子どもにも普通にインフルエンザワクチンができるようになりました。

2017年の指針は、2016年のをそのまま踏襲したことになります。

まとめ

アメリカでの卵アレルギーに対するインフルエンザワクチンは、このような変遷を経て今にたどり着きました。

この方針は現在の日本の方針とは異なります。
少なくても、現状の日本は卵アレルギーの子どもにインフルエンザワクチンを慎重に接種できるものの、卵でアナフィラキシーを起こしている場合は接種できません。

近い将来、アメリカと同じようになるかどうかは分かりません。
ですが、日本の方針もこれから変わっていくことは間違いないでしょう。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。