聴診器で気管支炎・肺炎・喘息発作・細気管支炎を区別できますか?

2018年6月2日-3日、PALSのインストラクターに行ってきました。
PALSというのは、子どもが危険な状態になっていることを速やかに認識し、素早く安定化させる技術のことです。

子どもが呼吸の問題でピンチになっているとき、聴診器は非常に役立ちます。
呼吸の音を聴くことで、呼吸がしんどい理由をある程度推測することができます。

ですが、聴診器で気管支炎なのか、肺炎なのか、気管支喘息発作なのか、細気管支炎なのかを明確に区別することは、なかなか難しいです。

今回は、気管支炎や肺炎、気管支喘息発作、細気管支炎で聞こえる音について書きます。

肺聴診に関する国際シンポジウム

1985年、肺聴診に関する国際シンポジウムで日本における聴診の用語は統一されました。

  • 肺音:胸郭内で発生する音。呼吸音と副雑音とに分かれる。
  • 呼吸音:胸郭内で発生する音で、音の質自体は正常。正常な呼吸音と、減弱・消失・延長を伴った異常な呼吸音とに分かれる。
  • 副雑音:胸郭内で発生する音で、音の質に異常がある。ラ音と胸膜摩擦音とに分かれる。
  • ラ音:胸郭内で発生する音で、音の質に異常があり、胸膜摩擦音ではない音。

ラ音はさらに断続性ラ音(coarse crackles、fine crackles)、連続性ラ音(wheezes、rhonchi)に分かれます。

上記を踏まえたうえで、いろいろな教科書の聴診所見を見てきましょう。

ネルソン小児科学の聴診所見

まずは、小児科医のバイブル、ネルソン小児科学を見てみましょう。

  • 気管支炎は呼吸音が粗くなり、coarse cracklesおよびfine cracklesが聴取されるように、散発的なwheezeを伴うようになる1)
  • 肺炎では一般的に初期において呼吸音は減弱し、散発的な高調および低調なcracklesが病変部位から聞こえる2)
  • 気管支喘息発作では呼気性喘鳴と呼気相の延長を認め、断続性ラ音(crackles)やラ音(rales)、低音性連続性ラ音(rhonchi)が聴取され、肺野の一部(通常は右下葉背側)の呼吸音減弱がある3)
  • 細気管支炎では呼気の笛性喘鳴やfine crackleがあり、polyphonicまたはmonophonicで、呼気は延長する4)
  1. ネルソン小児科学 第19版 p1705-1706
  2. ネルソン小児科学 第19版 p1721-1727
  3. ネルソン小児科学 第19版 p911-936
  4. ネルソン小児科学 第19版 p1701-1705

文脈から察するに、上記のラ音(rales)が指すところはおそらく高音性連続性ラ音、すなわちwheezeのことでしょう。
wheezeは気管支喘息発作の代表的な所見ですが、気管支炎で聞こえても良いようです。

いっぽうで、cracklesは気管支炎、肺炎、気管支喘息発作、細気管支炎のいずれで聞かれます。
ネルソン小児科学的には、cracklesで気管支炎、肺炎、気管支喘息発作、細気管支炎を区別するのは難しいようです。

小児呼吸器感染症診療ガイドラインの聴診所見

次に、小児の呼吸器感染といえばこの一冊を紹介します。

  • 連続性副雑音(ラ音)、断続性副雑音(ラ音)が時に聴取され、喉頭狭窄症状がなければ気管支炎または肺炎とする。
  • 呼吸音減弱および断続性副雑音(ラ音)の聴取があれば、肺炎とする。
  • 呼気性喘鳴があれば細気管支炎または喘息+気道感染とする。

小児呼吸器感染症診療ガイドライン 2017 p202を筆者がまとめた

小児呼吸器感染症診療ガイドラインでは、気管支炎と肺炎の聴診所見にあまり差がありません。
ラ音は断続性ラ音(coarse crackles、fine crackles)、連続性ラ音(wheezes、rhonchi)に分かれますが、これらの所見をもっても明確に気管支炎か肺炎かは分からないように感じます。

いっぽうで、新しい言葉が飛び出しました。
「呼気性喘鳴」という言葉です。
小児内科 2017年 vol49 9号 p1277-1280には「喘鳴とは聴診器を用いずに聴取できる大きな呼吸性雑音のことである。英語圏では、下気道狭窄で生じる呼気優勢の喘鳴をwheezing、上気道狭窄で生じる吸気優勢の喘鳴をstridorという。wheezing呼気性喘鳴と対訳されることが多いが、正確には下気道性喘鳴としたほうが正確である。呼気性喘鳴は喘息発作などによる連続性ラ音であるwheezeが強大になったものである」とあります。

細気管支炎の所見は「呼気性喘鳴」という表現だけにとどまっています。
しかも呼気性喘鳴は喘息+気道感染でもあり、気道感染というのは気管支炎を指しますから、呼気性喘鳴を聴取すると、細気管支炎なのかもしれないし、気管支喘息発作かもしれないし、気管支炎かもしれないという状況になります。
さらには肺炎でも連続性ラ音は聴取されるとありますから、呼気性喘鳴連続性ラ音が強大になったものと考えれば、肺炎でも呼気性喘鳴は聞こえていいことになります。

こうなってくると、呼気性喘鳴が聞こえれば気管支炎、肺炎、気管支喘息発作、細気管支炎、すべてが鑑別に挙がることになります。

イギリスNICEガイドラインの聴診所見

細気管支炎についてはイギリスのNICEガイドラインが詳しく分かりやすいので紹介します。

細気管支炎のピークは生後3か月から6か月で、局所的なcracklesを認める。cracklesがなく、wheezeを認める場合や、wheezeを繰り返すエピソードがある場合や、本人や家族にアトピー素因がある場合は、喘息性気管支炎の可能性がある。

NICEガイドライン

cracklesは断続性のラ音です。
大人ではcracklesといえば吸気性だと思われるかもしれませんが、小児科をやっているとcracklesは呼気にもよく聞こえます。

とはいえ、cracklesは気管支炎でも肺炎でも聞こえる所見ですから、cracklesがあるから細気管支炎だとは言えません。

聴診所見とどう向き合えばいいか?

  • ネルソン小児科学
  • 小児呼吸器感染症診療ガイドライン
  • NICEガイドライン

米・日・英3か国の本を読んで、情報を統合するとこうなりました。

  • wheezesおよびcracklesは気管支炎、肺炎、気管支喘息発作、細気管支炎のいずれに聴取されても不思議ではない。聴診所見のみでこれらをクリアに分けることはできない。

これはこれで、一つの真実だと思うんです。
確かに私も、聴診所見はとても大切だと考えていますが、例外は多いですし、聴診所見のみで診断することはありません。
症状やエピソード、経過などに、聴診所見も加味して診断しています。

ですが、「wheezesおよびcracklesは気管支炎、肺炎、気管支喘息発作、細気管支炎のいずれに聴取されても不思議ではない」と若い先生に教えても、全く実践的でないと思います。
どんな音が聞こえても不思議ではない聴診器では、疾患の鑑別に有用性がないと思います。

したがって、米・日・英の3か国の本の整合性を取りつつ、非専門医でも分かりやすくした結果、私は次のように聴診所見を教えています。

  • 「局所的なcrackles」は気管支炎や肺炎の所見である。
  • 「肺野に広く聴取されるwheezesやrhonchi」は気管支喘息発作または喘息性気管支炎の所見である。
  • 生後6か月未満では「局所的なcrackles」であっても「肺野に広く聴取されるwheezesやrhonchi」であっても細気管支炎の所見である。
  • cracklesは主にcoarse crackleだが、fine crackleも含める。呼気にも吸気にも聞こえてよい。
  • wheezesは呼気の高音性連続性ラ音(笛性喘鳴)で、rhonchiは呼気および吸気に聞こえる低音性連続性ラ音である。

以上のメッセージは、下の本にも書きました。

聴診所見はいろいろ例外があって、例えばマイコプラズマ肺炎ではラ音が聞こえないことも多いですが、それでも聴診所見は重要だというメッセージを込めて、あえて上記のようにまとめました。

まとめ

米・日・英で、呼吸器疾患による聴診所見はバラバラです。
聴診器で気管支炎なのか、肺炎なのか、気管支喘息発作なのか、細気管支炎なのかを明確に区別することは、なかなか難しいです。
一例として、私は上記のように聴診所見と向かい合っています。

なお、「局所的なcrackles」があれば、私は胸部レントゲンを撮影します。
その理由は、「局所的なcrackles」の原因が気管支炎なのか肺炎なのかをはっきりさせるためです。
気管支炎であれば抗菌薬を使わずに安全に経過観察できる可能性が高いため、胸部レントゲンを撮影する価値があります。
これについては、こちらの記事で書きましたので、併せてお読みください。

小児科における胸部レントゲンの価値を再考する。

2018年9月26日

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。