BLSとは、Basic Life Supportの略です。
一次救命処置と呼ばれる、基本的な心肺蘇生法です。
BLSはすべての医療従事者(医師・看護師・技師・救急救命士など問わず)が知っておくべきことです。
そして、いつ誰が第一救助者になるかは分かりませんから、医療従事者でなくてもぜひBLSを知っておくべきことでしょう。
BLSについて勉強しようとすると、ガイドラインが主に2つあることに気づきます。
アメリカ版というべきAHA(アメリカ心臓協会)ガイドラインと、日本版というべきJRC(日本蘇生協議会)ガイドラインです。
今回はこの2つのガイドラインの違いについて書いてみます。
このページの目次です。
心肺蘇生のガイドライン
心肺蘇生の方法について、日本には日本のガイドラインがあります。
それがJRCガイドラインです。
JRCとは日本蘇生協議会のことです。
「なるほど。では日本でBLSの方法を学ぼうと思えば、JRCガイドラインの勉強をすればいんですね」
その通りなのですが、勉強のしやすさでいえば、AHAガイドラインにほうが適しているかもしれません。
というのは、AHAの心肺蘇生プログラムは、日本において幅広く展開されているからです。
AHAが公認する日本の国際トレーニングセンター(ITC)はいくつもあります。
これについては、前回の記事で書きました。
私が所属している日本ACLS協会もAHAが認定しているITCであり、BLSのプログラムを提供してくれます。
日本には日本の心肺蘇生ガイドラインがあるものの、学びやすいのはアメリカのガイドラインであるという複雑な状況があります。
AHAガイドラインとJRCガイドラインの違い
心肺蘇生の方法は、国際蘇生連絡委員会(ILCOR;イルコアと呼びます)が協議して作られたコンセンサス(CoSTR;コスターと呼びます)に沿って、各国が作っています。
AHAガイドラインもJRCガイドラインも、どちらもILCORのCoSTRに沿って作られた心肺蘇生法です。
ですから、AHAガイドラインもJRCガイドラインも、大きな違いはありません。
それでも、各国で文化や気質が違うように、蘇生が必要となる状況も変わります。
そのため、AHAガイドラインとJRCガイドラインには若干の違いがあります。
今回はBLSにおける両者の違いをピックアップします。
心停止の認識
AHAでは心停止を認識するために、呼吸と脈拍を確認します。
脈拍は頸動脈で行い、小児の場合は大腿動脈でもかまいません。
乳児の場合は、上腕動脈で脈拍を測ります。
脈拍の触知は5秒以上10秒以内という規程もあります。
最低5秒以上かけて、脈拍を確認しなければなりません。
AHAで脈拍をしっかり確認するのは、「オピオイド(ヘロインのような違法薬物)の中毒による呼吸停止」がアメリカでは重要視されているからでしょう。
オピオイド中毒は呼吸だけが停止している場合があり、脈拍はしっかりあるのであれば、人工呼吸だけで救命できます。
いっぽうで、JRCガイドラインでは、脈拍の触知は不要です。
CPRに熟練した医療従事者が心停止を判断する際には呼吸の確認と同時に頸動脈の
脈拍を確認することがあるが、市民救助者の場合、その必要はない。JRCガイドライン2015
脈拍の触知はアドバンスドな内容であり、熟練していれば試みてもよいが、必須ではなくなっています。
これは、熟練した医療従事者であっても、脈拍の触知に正確性がないためです。
また、日本ではオピオイド中毒による呼吸停止は比較的稀であり、呼吸だけが止まるという自体が少ないため、「呼吸が止まっていれば心拍もない」と判断するのは合理的だと考えられます。
胸骨圧迫の深さ
AHAでは、成人における胸骨圧迫の深さは少なくても5cmで、6cmは超えないとされています。
目標値は5-6cmという記載もあります。
いっぽうで、JRCでの胸骨圧迫の深さは約5cmで、6cmは超えないとされています。
AHAでは「少なくても5cm」だったのが、JRCでは「約5cm」になっています。
胸骨圧迫の深さが4.56cmでもっとも予後がよかったという論文を参考にし、JRCでは「約5cm」となっています。
ちなみに、小児・乳児の胸骨圧迫についても細かい差があります。
AHAでは小児において「胸郭の1/3(約5cm)」、乳児において「胸郭の1/3(約4cm)」と具体的な深さについて書かれています。
いっぽうでJRCでは「胸郭の1/3」という記載のみで、具体的な数値については書かれませんでした。
アジア人は体格が小さく、小児の胸郭の1/3というのは3.6cm-4.7cmに相当します。
したがって、5cmでは深すぎる可能性があるためです。
AEDの小児用パッドの適応
AEDには成人用パッドと小児用パッドがあります。
AHAでは1歳以上8歳未満には小児用パッドが推奨されます。
いっぽうでJRCでは未就学児(およそ6歳以下)に小児用パッドが推奨されます。
JRCに従うと、7歳の子どもには成人用のパッドを貼ることになります。
ですが、小児用パッドがない場合に成人用パッドを貼ることは許容されており、さらに大きな副反応が報告されていないため、この差は問題ないと考えられています。
小児が倒れており目撃者がなく応援が望めないケースの想定
こういう状況を想定できますでしょうか。
ある晴れた日。
公園に散歩に行くと、一人の子どもが倒れていました。
あなたは子どもに駆け寄り、肩を叩いて「だいじょうぶ?」と呼びかけましたが、全く反応がありません。
近くに人はいません。
あなたは大声で助けを呼びますが、助けはきません。
携帯電話で119通報を試みますが、運の悪いことに携帯電話が電池切れでした。
100m先にコンビニが見えます。
AHAにおいて、このような特殊な状況では、CPRを2分間行ったあとにコンビニへダッシュするように書かれています。
AHAでは「あなたが一人で、他に助けが得られず、子どもが心停止で、目撃者がない場合は、まずCPRを2分間する」という記載がアルゴリズム表に書かれています。
JRCでは、どんな状況であってもとにかく救急通報をしなければなりませんので、CPRを行わずにコンビニにダッシュします。
「あなたが一人で、他に助けが得られず、子どもが心停止で、目撃者がない状況」という特殊なケースを想定したAHAガイドラインは複雑で難解です。
JRCのほうがシンプルです。
まとめ
BLSの方法について、AHAガイドラインとJRCガイドラインの違いについて書きました。
私が目指しているPALS(小児の二次救命処置)のインストラクターは、AHAが認定する資格です。
そのため、AHAガイドラインについて熟知しておかなければなりません。
いっぽうで、日本で心肺蘇生する以上、JRCガイドラインのことも知っておかなければなりません。
というのは、NCPRのインストラクターをしていて思いましたが、成人教育の基本は相互尊重だからです。
「AEDの小児用パッドの適応は未就学児」と答える人がいれば、「そんなことはAHAガイドラインには書かれていません」と否定するのではなく、「確かにJRCではそうなっていますね」と肯定すべきだと私は思います。
余談ですが、私が持っているNCPRインストラクターの資格は日本周産期・新生児医学会が認定したものです。
日本周産期・新生児医学会はJRCを構成する団体の一つであり、NCPRのガイドラインはJRCガイドラインと同一です。
つまり私はNCPRはJRCで、PALSはAHAという複雑な状況になってます。