脈拍確認せず心臓マッサージなんてアリエナイ!に対するエビデンス。

心停止した人に対し、脈拍の確認は必須ではないことを以前書きました。
すると、このようなご意見を頂きました。

医師・看護師がCPA確認において『脈拍確認を行わなくてもいい』というように読めますが、 そのように指導教育している病院・ 専門学校があれば教えていただきたい。
すくなくとも私は3桁以上の病院の医師や看護師と交流がありますが、 CPA確認時の脈拍確認の省略は全員がありえないと言ってます。

3桁というのは、100人以上999人以下を指します。
平均をとって、550人としましょう。
(3桁以上というと、4桁も5桁も6桁も含みますが、そうなると平均値が無限大になってしまいますので、とりあえず3桁に限定します)

医師・看護師550人中、550人(100%)が「CPA確認時の脈拍確認は必須である!」「脈拍確認の省略はアリエナイ!」と言っているようです。
これはなかなかの大規模調査です。
統計学は苦手なのですが、上記データから母比率の信頼区間を推定してみました。

すると、全医師・全看護師のうちの99.51%以上が「CPA確認時の脈拍確認は必須である!」「脈拍確認の省略はアリエナイ!」と言っていることになります。(信頼区間は95%で計算しました)

現在日本には32万人の医師と、108万人の看護師がいますから、合計140万人の医師・看護師の99.51%、すなわち139万3140人以上の医師・看護師が「CPA確認時の脈拍確認は必須である!」「脈拍確認の省略はアリエナイ!」と言ってることになります。(今回の計算は、調査人数が3桁であることに限定しましたので、もし4桁であったならもっと増えます)

私は「脈拍確認の省略はアリエナイ!」とは思いませんので、全医師・全看護師のうちの0.49%未満に入る稀有な人です。
結果的に脈拍確認が省略されてしまっても、そういう状況はありえると思っています。
ですが、私のような考え方をする医師・看護師は0.49%未満のようです。

と、ここまでは統計学を悪用したジョークです。
こういうのがお好きでしたら、こちらの記事をどうぞ。

誤った統計学4例。論文を正しく読む方法。

2017年11月10日

このご意見を頂いたとき、私には一つのクリニカル・クエスチョンが浮かびました。

脈拍触知の信頼度ってどれくらいなんだろう?」

「脈拍触知の省略はアリエナイ!」とおっしゃる医師・看護師が日本中に139万3140人以上もいるわけですから(しつこい)、脈拍触知の信頼度は極めて高いのかもしれません。

特異度はともかくとして、感度99%は欲しいところですね。
それでも、100人の心停止患者のうちの1人で脈拍があると誤解しますけど。

今回は、脈拍確認の正確性についてのエビデンスを書きます。

脈拍触知の信頼性

2つの論文を紹介します。

まず一つ目、おとなを対象にした論文です。

Checking the carotid pulse check: diagnostic accuracy of first responders in patients with and without a pulse.(Resuscitation. 1996; 33: 107-116.)

蘇生のトレーニングを受けた206人に脈拍を触知させました。

相手となる患者さんは冠動脈手術のため人工心肺を使っている16人です。
つまり、心臓が動いていても、動いていなくても、患者さんは生きていられる状況になっています。

心停止である 心停止ではない
脈が触れない 53 66
脈が触れる 6 81

脈が触れたけれど、本当は心停止だったという人が6人いました。
10%で、心臓マッサージをしなければならないのに、脈拍があると勘違いして心臓マッサージをしない可能性があります。
45%で、心臓マッサージをする必要がないのに、脈拍がないと勘違いして、心臓マッサージをしてしまう可能性があります。

続いて、2つ目の論文は小児です。

Reliability of pulse palpation by healthcare personnel to diagnose paediatric cardiac arrest.(Resuscitation. 2009; 80: 61-4.)

209人の医者と看護師とに、脈拍触知をさせました。
今回の対象は子どもですので、60%の医師・看護師が上腕動脈、33%の医師・看護師が大腿動脈で脈拍を確認しました。

相手となる患者さんは平均1.8歳の子どもです。
この子どもたちは、拍動しないタイプの人工心肺がつけられています。
つまり先ほどの論文と同じで、心臓が動いていても、動いていなくても、患者さんは生きていられる状況になっています。

209人の医者と看護師は脈拍触知によって、心臓が動いているか、それとも心停止しているかを考えます。

その結果、脈拍触知の正確性は78%でした。
14%で、心臓マッサージをしなければならないのに、脈拍があると勘違いして心臓マッサージをしない可能性があります。
36%で、心臓マッサージをする必要がないのに、脈拍がないと勘違いして、心臓マッサージをしてしまう可能性があります。

日本蘇生協議会の見解

日本蘇生協議会は、上記の論文を元に、次のような見解を出しています。

脈拍の有無を確認することによって心停止を判断する方法は信頼性に欠けるため、蘇生に関する従来のガイドラインでも、市民が行うCPRにおいて脈拍の確認は推奨されていない。

医療従事者に対しても、その重要性は低下し、医療従事者が脈拍の確認を行う場合も、10秒以上をかけるべきでないとされている。

JRC蘇生ガイドライン2015

日本蘇生協議会は、脈拍触知の重要性が低下していると述べています。
そして、医療従事者においても脈拍触知は必須ではなく、もし脈拍触知をするのであれば10秒以上かけてはいけないことを強調しています。

また、このような記載もあります。

CPRに熟練した医療従事者が心停止を判断する際には呼吸の確認と同時に頸動脈の脈拍を確認することがある。

JRC蘇生ガイドライン2015

CPRに熟練した医療従事者は、脈拍の触知を必ずしなければならない!という記載はガイドライン上にはありません。
「脈拍を確認することがある」という記載にとどまります。

さらに、日本蘇生協議会は次のようなエビデンスも紹介しています。

マネキンを用いた研究など9件の研究は、市民救助者、医療従事者のいずれにおいても、脈拍の確認手技の習得とその維持が難しいことを示している。

これに対して、3件の研究は医療従事者が脈拍を確認する能力を有していることを報告している。そのうち2件は救助者の耳を乳児の胸に直接当てて心音を確認する方法、もう1件の研究は歯科学生が健康ボランティアにおいて頸動脈の脈拍を確認できることを報告した。

JRC蘇生ガイドライン2015

実際の脈拍確認は、胸に耳を当てて心音を確認するわけではありません。
また、倒れている人は血圧が下がっていたり、または体型が大きかったり、また状況が切迫していて普段通りに脈拍が取れなかったりするでしょうから、健康ボランティアの脈拍を測ったという論文は実際の現場には一般化できないかもしれません。

私の認識

「脈拍触知の省略はアリエナイ!」と私に思わせるのに十分な記載は、ガイドライン上には見つけられませんでした。
10-14%で、実際には心臓マッサージをしなければならないのに、医療従事者でも脈拍があると勘違いして心臓マッサージをしない可能性があったという論文は衝撃的です。

私のブログの他の記事を読んでくださっている人は知っていると思いますが、実は私は心停止の認識のときに、脈拍を確認する人です。

なので、私の目の前で人が倒れたら、私は脈拍を確認します。
ですが、私はその脈拍所見を強く重視はしていません。
脈拍触知を過信すると、心停止の患者さんの7-10人に1人が「心拍があると誤解されて、胸骨圧迫を受けられない」可能性があるためです。

私が脈拍を見るのは、あくまで参考所見としてです。
きわめて重大で重要な所見であるとは認識していません。

そのため、脈拍確認にせず心臓マッサージした人がいたとしても、私はそれはそれでいいと思います。
「アリエナイ!」と言って責めるようなことはしません。
脈拍触知が信頼できるという正確な論文は、現時点で存在しません。
私は「アリエナイ!アリエナイ!」ではなく、「ありえる」と考えます。

脈拍を確認しなかった結果、もし心停止ではない人に心臓マッサージをしても大丈夫です。
心臓マッサージのリスクの低さについてはこちらに書きました。

心停止していない人に心臓マッサージをしたら危険?に科学的に答える。

2018年4月14日

少なくても、脈拍を確認しなかったことで、5-10秒早く心臓マッサージをすることができます。
この5-10秒の早さがどれほどの意味を持つかの科学はもちろんありません。
ですが、この5-10秒を重視して、感度も特異度も不十分な脈拍触知を省略したという行動を「アリエナイ!アリエナイ!」と責め立てる行為は、おかしいと思います。

まとめ

質問
脈拍確認にせず心臓マッサージした人に怒っています!
脈拍を触知しない医療従事者なんてアリエナイです!
そうですよね?

回答
脈拍触知の信頼性は低下しています。
トレーニングを受けた医療従事者であっても、10-14%の確率で、本当は心停止であるにも関わらず、脈拍があるように感じてしまいます。
心停止した人の7-10人に1人は、医療従事者によって「脈がある!」と誤解されて、心臓マッサージがなされない可能性があります。

したがって「脈拍を触知しない医療従事者なんてアリエナイです!」という意見に対して、「確かにアリエナイですね!」と同意することはできません。

医療従事者は脈拍を触知してもよいです。
私も脈拍触知をします。
しかし、脈拍触知をしなかった医療従事者を責めるべきエビデンスは不十分です。

余談ですが、最近の医療従事者は、ASUKAモデルを知らないのかもしれません。

明日香さんは心停止に至っていたにも関わらず、心停止していないと誤解されて、心臓マッサージもAEDもなされませんでした。
その後、ご家族の活動もあって、「心停止かどうか分からないときは心臓マッサージをする」という姿勢は受け入れられ始めています。

もちろん、ASUKAモデルは一般の人を対象にした指導です。

ですが、医療従事者であっても、心停止した7-10人のうちの1人で「脈がある!」と誤解します。
「脈があるから大丈夫」という医療従事者の判断は、間違っている可能性があります。
間違った判断をするくらいなら、脈拍触知を省略して5秒から10秒早く胸骨圧迫をしようという考え方を「アリエナイ!」と非難することは、私にはできません。

「脈拍触知の省略はアリエナイ!」と、脈拍触知をせずに胸骨圧迫した人を責める医療者たちが、第2のASUKAさんを生み出さないことを願います。

願っているだけじゃダメですね。
正しいエビデンスを広めるのも私の仕事ですから。
そのために、私はアメリカ心臓協会のインストラクターになったんです。
私のように考える医療者は0.49%未満しかいないようですので、もう少し数が増えるように尽力します。

アイキャッチ画像:By Mikael Häggström, used with permission.

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。