PALSプロバイダーマニュアル2015変更点まとめ。

2018年2月3日から4日にかけて、PALSインストラクターとして初めて指導を行いました。

受講生の方々の半分くらいが「PALSプロバイダーマニュアル2015」を持ってきていました。(残りの半分は2010です)
PALS2015が販売されたのは2018年1月11日ですので、販売からまだ3週間のできたてほやほや教科書を持ってきてくださったわけです。

受講生によって使っている教科書が違うと、指導に混乱が生じる可能性があります。
そのうちPALSコースは2015の教科書で統一されますが、それまでの間インストラクターは2010と2015の違いを熟知した上で指導しなければなりません。
ガイドラインアップデートに記載されている以外の細かな変更も目立ちます。

今回はPALSプロバイダーマニュアル2015の変更点のうち、私が重要だと思った点をまとめます。

敗血症性ショックにおける輸液

特定の状況では、高熱を発症している小児患者を治療する場合に、投与量を制限した等張晶質液の使用は、生存率の改善につながる。これは、積極的な輸液蘇生をルーチンで実施することが有益であるという従来の考え方とは対照的である。

PALSプロバイダーマニュアル2015

この変更を見たとき、私は「!?」と思いました。
敗血症性ショックを認識したら、20ml/kgの生理食塩水を3-4回、必要ならそれ以上(ただしラ音や肝腫大、呼吸窮迫に注意)を繰り返すと考えていました。
というか、昨日もそう教えました。

「輸液量を制限」というのは維持輸液のみ行い、ボーラス投与をしないという選択を指すのでしょう。
さっそく、この根拠となった論文を読んでみましょう。

Mortality after Fluid Bolus in African Children with Severe Infection(N Engl J Med. 2011; 364: 2483-95)
医学会でのトップジャーナルです。
ジャーナルのインパクトファクターでエビデンスを推量してはいけませんが。

アフリカの論文です。
ウガンダ、ケニア、タンザニアなどの国名が並びます。
重度の発熱性疾患および循環障害を有する子どもを対象としていますので、主に敗血症性ショックを対象とした研究と解釈してよさそうです。
PICOを考えてみましょう。

P(対象となる患者さん):敗血症性ショックの子ども
I(治療):5%アルブミン溶液または0.9%生理食塩水を20-40ml/kgボーラス投与
C(対照):維持輸液のみ
O(結果):4週間後の死亡率はどうか 

気になる死亡率ですが、アルブミンボーラス群12.2%、生理食塩水ボーラス群12.0%、維持輸液のみ群8.7%でした。(P=0.004)
肺水腫や頭蓋内圧の上昇はそれぞれ2.6%、2.2%、1.7%でした。(P=0.17)

死亡率に差が出たため、この研究は途中で中止されています。

つまり、敗血症に対するボーラス投与はショックに対して有効であるものの、肺水腫や脳浮腫などの合併症も引き起こすので、人工呼吸管理や心血管作動薬投与が困難な状況でどんどん輸液を行うと合併症をコントロールできずに生命予後が悪くなると解釈できます。

この研究結果を受けて、敗血症性ショックのアルゴリズムに若干の変更があります。

2010では「20ml/kgのボーラス投与は最大3-4回行い、ラ音、呼吸窮迫、または肝腫大が発生しなければ繰り返す」とありました。
2015では「20ml/kg(新生児や心血管系障害が先行する場合は10ml/kg)をボーラス投与する。ボーラス投与を実施するたびに、慎重に評価を行う。ショックを治療するため、必要に応じて繰り返す。ラ音、呼吸窮迫、または肝腫大を発症した場合は中止する」となりました。

比べてみると分かる通り、ボーラス投与に慎重になっています。
(やるべきことは同じなのですが)

ただし、日本はウガンダ、ケニアやタンザニアと比べて、人工呼吸管理などの設備が整っています。
前述の論文をそのまま日本の医療に適応するかどうかは議論が必要です。

アルゴリズムでは慎重さが求められる書き方に変更されましたが、うっ血性心不全に注意しながら積極的に輸液するという方針から変更はないと考えるべきだと私は思います。

敗血症性ショック治療1時間以内の血管作動薬

2010における敗血症性ショックの最初の1時間は輸液による管理が重視されました。
1時間たっぷり輸液してもショックが続く場合に血管作動薬が登場しました。

2015でも輸液の重要性は変わりませんが、血管作動薬も最初の1時間以内に実施すべきであると変更されました。
さらに、代償性ショックの場合でもドパミンよりアドレナリンまたはノルアドレナリンが推奨されました。

根拠の一つに、Double-Blind Prospective Randomized Controlled Trial of Dopamine Versus Epinephrine as First-Line Vasoactive Drugs in Pediatric Septic Shock.(Crit Care Med. 2015; 43: 2292-302)があります。

この研究は敗血症性ショックに対してドパミンよりもアドレナリン投与のほうが予後が良好で、早期のアドレナリン投与が生存率を増加させることを報告しました。

敗血症性ショックアルゴリズムにおけるヒドロコルチゾンの位置

2010のアルゴリズム表ではヒドロコルチゾンは「敗血症性ショックの最初の一時間ですべきこと」に含まれていました。

2015では最初の一時間ですべきことから外れています。
エビデンスの変更があったのか調べましたが、見つかりません。

副腎不全の是正

輸液抵抗性で、ドパミン依存性またはノルアドレナリン依存性の敗血症性ショックの小児が副腎不全になる場合がある。可能であればベースライン値を測定する。18mcg/dL(496nmol/L)を下回れば、副腎不全と考えてよい。

PALSプロバイダーマニュアル2010

実は上記の記載は2015でも変わっていません。

つまり2015のアルゴリズム表は、ヒドロコルチゾンの位置付けが正しい場所へ移動しただけであり、エビデンス自体に変更点はなさそうです。

ちなみに、ポケットリファレンスの敗血症性ショックアルゴリズムは2010では1ページでしたが、2015では2ページになりました。
かなり細かく書かれています。
(代わりに「CPR手順一覧」が省略されましたが、あまり使用しないリソースでしたので、良い変更だと思います)

ショック抵抗性VFまたは脈のないVTに対するアミオダロンとリドカイン

2010まではアミオダロンが推奨されてましたが、2015ではアミオダロンでもリドカインでも良いことになりました。

Outcomes associated with amiodarone and lidocaine in the treatment of in-hospital pediatric cardiac arrest with pulseless ventricular tachycardia or ventricular fibrillation.( Resuscitation. 2014; 85: 381-6)

18歳未満の子どもを対象とした研究です。
後方視研究ではありますが、小児では比較的珍しいVFや脈なしVTをたくさん集めています。

結果はリドカインのほうがアミオダロンよりも心拍再開(ROSC)の率が高く、24時間での生存率も高かったです。
生存退院できる率は有意差はつかなかったですが、個人的にはサンプルサイズの問題だけであるように感じます。

AHAではアミオダロンを推奨した時期があったにも関わらず、リドカインの症例がこんなにたくさんあったことに驚きました。
でもそのおかげで、リドカインはショック抵抗性VFの治療薬としてAHAでも認められました。
2015の心停止アルゴリズムでは「アミオダロンまたはリドカイン」という記載になっています。
(上記の論文を読んだ感想として、私はリドカインを選択すると思います)

全体的に丁寧になった

吸入において「スペーサーを用いた吸入」がイラストつきで追加されています。
アレルギー医としては嬉しい限りです。

徐脈が一次性徐脈、二次性徐脈に分類されました。
一次性徐脈が認められる小児では、小児心臓病専門医による評価が有用であるとし、徐脈アルゴリズムにおける「専門医への相談」が具体的になりました。

口咽頭エアウェイについてもイラストが追加されました。

低流量酸素、高流量酸素についても、かなり具体的になりました。

ポケットリファレンスの血圧が正常血圧に変わった

ポケットリファレンスには血圧について書かれています。
2010と2015で書き方が違います。

2010では「低血圧の定義」で書かれていました。
いわゆる70+年齢×2という計算式です。
これが正常児の5パーセンタイルに相当し、これ以下であれば低血圧と判定するという考えでした。

2015のポケットリファレンスでは、「正常血圧の範囲」で書かれています。
正常血圧は正常児の50-95パーセンタイルと定義されています。

つまり、正常血圧以下であることは50パーセンタイル以下を指すわけで、低血圧を指すわけではありません。

PALS2015においても低血圧の定義は5パーセンタイル未満ですので、低血圧と判定する場合は、2010までと同様に70+年齢×2で判定します。
判定の方法は変わっていないのですが、ポケットリファレンスの書き方が変わりましたので、混乱しないように注意が必要です。

余談ですが、体重1000g以下の正常血圧がPALSのポケットリファレンスに載せるのは過剰な情報だと思います。
超早産児の生後96時間における平均動脈圧の正常値を45-60としているのも、納得できません。

値段とボリュームアップ

2010は11000円で281ページでした。
2015は13500円で352ページです。

1ページあたりの値段は1円弱安くなりましたので、お買い得になりましたね!

まとめ

PALSプロバイダーマニュアル2015の変更点のうち、私が特に大事と思った点を書きました。
他にも色々と追記されており、分かりやすくなりました。
よい変更だと感じます。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。