授乳中や妊娠中に使える薬のアドバイス。

小児科医は子どもを毎日診ています。
子どもは多くの場合お母さんと一緒に病院にきます。
お母さんは授乳中であることもあれば、次のお子さんを妊娠していることもあります。

そのため、小児科医はお母さんに「授乳中(または妊娠中)に、この薬を飲んでも大丈夫ですか?」と相談されることはよくあります。

今回は、授乳中や妊娠中の薬について相談された場合、私がどう対応しているのかを書きます。

授乳中の薬

まずは、授乳中のお母さんに「この薬を飲んでいるんですが、赤ちゃんにおっぱいをあげてもいいでしょうか?」と質問されたケースについて考えてみましょう。

実は、小児科医は授乳と薬についてかなり詳しい知識を持っています。
私も授乳と薬についてはセミナーを何度も受講しています。

といっても、すべての薬の情報を暗記しているわけではありません。
暗記することよりも、大切なのは調べられるようにしておくことです。
アインシュタインも「調べられるものを、いちいち覚えておく必要などない」と言っています。

ですので、調べ方について書きます。

LactMed

LactMedというデータベースがあります。
LactMedはアメリカ国立医学図書館による検索サイトです。

LactMedは非常に優秀なデータベースです。
母乳と薬剤に関する問題点を解決する手助けをしてくれます。

たとえば、Propylthiouracil(商品名プロパジールまたはチウラジール)という甲状腺の機能を抑えるお薬を飲んでいるお母さんに「おっぱいをあげてもいいでしょうか?」と相談されたと仮定します。
さっそくLactMedで「Propylthiouracil」と検索してみましょう。

Summary of Use during Lactation:

Propylthiouracil (PTU) had been considered the antithyroid drug of choice during lactation; however, findings that the rates of liver injury higher with PTU than with methimazole has altered this judgement. Some experts now recommend that methimazole should be considered the antithyroid drug of choice in nursing mothers. No cases of PTU-induced liver damage have been reported in breastfed infants and it is unknown if the small amounts of the drug in breastmilk can cause liver damage. The drug or breastfeeding should be discontinued if liver toxicity is suspected. Dosages of PTU should be limited to 450 mg daily during breastfeeding.

The American Thyroid Association recommends only monitoring infants for appropriate growth and development during routine pediatric health and wellness evaluations and routine assessment of serum thyroid function in the child is not recommended. Rare idiosyncratic reactions (e.g., agranulocytosis) might occur, and the infant should be watched for signs of infection. Monitoring of the infant’s complete blood count and differential is advisable if there is a suspicion of a drug-induced blood dyscrasia.

結果はご覧の通り英語です。
ですが、とても簡潔なサマリーが書かれていますので、読むのは易しいと思います。

上記の場合、甲状腺の機能を抑えるmethimazoleとの影響の比較や、授乳中の女性にPropylthiouracilを飲ませる場合の上限量について、児にあらわれるかもしれない症状、気をつけるべき所見などのアドバイスが書かれています。

多くの場合、「薬物動態的にはおそらく大丈夫だと思われるが、副作用の報告もある。活気や哺乳量、体重増加に注意しながら経過観察すべきである」という表現になっています。
母乳をあげていいのか、悪いのか、というデジタルな回答はしていません。

medications and mothers’ milk

LactMedは「結局のところ、いいの?ダメなの?」となってしまうことがあります。
そういうときはmedications & mothers’ milkという本も参考になります。

この本では、薬を飲んだときの母乳の安全性について分類されています。

  • L1:最も安全(多くの授乳婦が使用するが、乳児への有害報告なし。対照試験でもリスクが示されず、乳児に害を与える可能性はほとんどない)
  • L2:比較的安全(少数例の研究に限られるが、乳児への有害報告なし)
  • L3:中等度の安全(授乳婦の対照試験はないが、乳児に不都合な影響が出る可能性がある。または、対象試験で軽微で危険性のない有害作用しか示されていない)
  • L4:悪影響を与える可能性がある(乳児や乳汁産生にリスクがあるという証拠があるが、授乳婦に対する有益性が上回る場合は投与することも可能)
  • L5:禁忌(授乳婦の研究で、乳児に重大なリスクがあることが使用経験を元に証明されている)

この分類だけであれば、「今日の治療薬」という本にも書かれています。
「今日の治療薬」はどの病院にも置かれているでしょうから、簡単にmedications & mothers’ milkの評価を知ることができます。

L1やL2であれば「安心して母乳をあげてください」と言える根拠になります。
逆にL5であれば「残念ですが母乳を推奨することはできません」と言える根拠になります。

それでも、L3またはL4のときは「結局のところ、いいの?ダメなの?」となってしまうでしょう。

しかし、こういうときこそが小児科医の腕の見せどころだと私は思います。
お母さんの意向、赤ちゃんの利益、小児科医としてのプロフェッショナリズム、全てを勘案して、最良の指導を努めます。

薬のリスクを分類すると、とてもシンプルで分かりやすくなります。
ですが、薬のリスクをデジタル的に白黒分けて判断すると、短絡的なアドバイスになってしまうことがあります。

medications & mothers’ milkの分類は便利ですが、その分類にとらわれすぎずに、そのリスクと利益を正確に把握し、適切なアドバイスをすることが小児科医に求められます。

ちなみに、Propylthiouracil(商品名プロパジールまたはチウラジール)は「L2」に分類されています。
つまり、授乳には比較的安全だとされています。
しかし、「L2だから授乳してもいいですよ」とだけ説明するのではなく、LactMedの記載も併せて丁寧に説明するのが小児科医のプロフェッショナリズムでしょう。

添付文書

「英語の本やサイトで調べなくても、薬の添付文書を読めばいいじゃないですか」

そう思われるかもしれません。

ですが、多くの薬の添付文書は「動物実験における母乳以降データが存在するため、授乳を避けさせること」と書かれています。
添付文書通りにしていては、母乳を与えたいお母さんはほとんどの薬を飲めないことになってしまいます。

Propylthiouracil製剤であるプロパジールの添付文書には「本剤を大量に投与する場合は授乳を避けさせることが望ましい」とあります。
「大量に投与」とはどの量なのかが記載されておらず、お母さんを安心させるには不十分な情報です。

添付文書の記載を軽んじるわけではありませんが、母乳と薬剤に関して添付文書を根拠に判断することは多くの場合で科学的とは言い難いでしょう。
LactMedやmedications & mothers’ milkの情報を正確に伝えるのが、お母さんにも赤ちゃんにも良いと私は思います。

妊娠中の薬

ここまでは授乳中のお母さんへの薬のアドバイスについて書きました。
授乳中の薬の場合は、影響を受けるかもしれない子どもの状態をしっかりと把握できるのは小児科医です。
ですから、小児科医は授乳中の薬についてはあれこれアドバイスできます。
ときには「僕がしっかり赤ちゃんの状態をみますので、ぜひ母乳は続けましょう!」と言うことさえあります。

ですが、ここからは妊娠中のお母さんの薬についてです。
残念なことに、妊娠中のお母さんに対する薬剤については、小児科医はそれほどアドバイスできません。
アドバンテージを握っているのは産婦人科の先生でしょう。

というのは、妊娠中の薬の場合、胎児の状態をしっかり把握できるのは産婦人科の先生であるからです。
産婦人科の先生が、胎児エコーなどを駆使して、胎児の奇形の有無や体重増加、心機能などを評価します。
ですので、妊娠中のアドバイスは産婦人科の先生が適切でしょう。

というわけで、当院の産婦人科の先生に聞いてみました。

FDA

アメリカ食品医薬品局(FDA)が、胎児に影響する薬のリスクを2015年まで分類していました。

  • カテゴリーA:適切な、かつ対照のある研究で、妊娠第一期 (first trimester) の胎児に対するリスクがあることが証明されておらず、かつそれ以降についてもリスクの証拠が無いもの。
  • カテゴリーB:動物実験では胎児に対するリスクが確認されていないが、妊婦に対する適切な、対照のある研究が存在しないもの。または、動物実験で有害な作用が確認されているが、妊婦による対照のある研究では、リスクの存在が確認されていないもの。
  • カテゴリーC:動物実験では胎児への有害作用が証明されていて、適切で対照のある妊婦への研究が存在しないもの。しかし、その薬物の潜在的な利益によって、潜在的なリスクがあるにもかかわらず妊婦への使用が正当化されることがありうる。
  • カテゴリーD:使用・市販後の調査、あるいは人間を用いた研究によってヒト胎児のリスクを示唆する明らかなエビデンスがあるが、潜在的な利益によって、潜在的なリスクがあるにもかかわらず妊婦への使用が正当化されることがありうる。
  • カテゴリーX:動物・人間による研究で明らかに胎児奇形を発生させる、かつ/または使用・市販による副作用の明らかなエビデンスがあり、いかなる場合でもその潜在的なリスクは、その薬物の妊婦に対する利用に伴う、潜在的な利益よりも大きい。(事実上の禁忌である)

medications & mothers’ milkの分類もそうですが、FDAの分類も「今日の治療薬」に記載されています。

授乳のときにも具体例として出していたPropylthiouracil(商品名プロパジールまたはチウラジール)は「カテゴリーD」となります。
つまり「使用・市販後の調査、あるいは人間を用いた研究によってヒト胎児のリスクを示唆する明らかなエビデンスがあるが、潜在的な利益によって、潜在的なリスクがあるにもかかわらず妊婦への使用が正当化されることがありうる」ということなります。

これは「結局、妊娠中にPropylthiouracilを使ってもいいの?ダメなの?」ということになります。
カテゴリーAが安全で、カテゴリーXは禁忌であることは分かりますが、カテゴリーB・C・Dに対してどう対応していいのか分かりません。
カテゴリーBの薬といっても、「人に対するリスクの研究がない」というのが「本当にリスクがない」のか、「実はリスクはあるのだけれど研究されていない」のか分かりません。
つまり同じカテゴリーであっても、薬の危険度は様々であるのが実情です。

授乳の薬もそうですが、妊娠中の処方は個々のケースで判断が変わります。
母体、胎児あるいは乳幼児への複雑なリスク・ベネフィットを含んでいます。
FDAの分類は分かりやすいですが簡素で、単純に「Aがもっとも安全で、Bが比較的安全、Cは注意で、Dは危険」だと勘違いされてしまう可能性があります。
妊娠中の薬の判断はそこまでシンプルには考えることができません。

そういう背景もあって、このFDAの分類は2015年6月30日をもって廃止になりました。
その代わりに、妊娠のどの時期に、どの程度の量の薬を、どの程度の期間使った場合、リスクがどの程度高くなるのか、といった具体的な情報を添付文書に示すようになっています。

添付文書とDailyMed

授乳中の薬を解説したときにも触れましたが、日本の添付文書は妊娠中の薬の判断にも役立ちません。
添付文書の多くが「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」とあります。
治療上の危険性というものが具体的に記載されていませんので、臨床的には役立ちません。

たとえばPropylthiouracil製剤であるプロパジールの添付文書には、こう書かれています。

  • 妊娠中の投与に関する安全性は確立していないが、胎児に甲状腺腫、甲状腺機能抑制を起こすとの報告がある。
  • 妊婦又は妊娠している可能性のある婦人に投与する場合には、定期的に甲状腺機能検査を実施し、甲状腺機能を適切に維持するよう投与量を調節すること。

プロパジールの添付文書はかなり具体的なほうです。
普通の添付文書はここまで具体的には書いてくれません。

もし日本の添付文書の情報に満足できなければ(満足できないことのほうが多いでしょう)、アメリカの添付文書を見るのもよいです。

DailyMedというアメリカ国立医学図書館が運営するサイトは、最新かつ正確な医薬品情報を提供します。
DailyMedの情報は、前述のFDAから提供されています、結局のところ前述のFDAと同じとも言えます。
ですが気軽に検索することができますので、DailyMedはおすすめです。

ここでPropylthiouracilと検索してみましょう。
添付文書が表示されます。
ちなみに薬の添付文書は英語で「drug label」といいます。

Pregnancy

In pregnant women with untreated or inadequately treated Graves’ disease, there is an increased risk of adverse events of maternal heart failure, spontaneous abortion, preterm birth, stillbirth and fetal or neonatal hyperthyroidism.

If propylthiouracil is used during pregnancy, or if the patient becomes pregnant while taking propylthiouracil, the patient should be warned of the rare potential hazard to the mother and fetus of liver damage.

Because propylthiouracil crosses placental membranes and can induce goiter and cretinism in the developing fetus, it is important that a sufficient, but not excessive, dose be given during pregnancy. In many pregnant women, the thyroid dysfunction diminishes as the pregnancy proceeds; consequently a reduction of dosage may be possible. In some instances, antithyroid therapy can be discontinued several weeks or months prior to delivery.

Since methimazole may be associated with the rare development of fetal abnormalities propylthiouracil may be the preferred agent during the first trimester of pregnancy. Given the potential for maternal hepatotoxicity from propylthiouracil, it may be preferable to switch from propylthiouracil to methimazole for the second and third trimesters during pregnancy.

がんばって訳してみます。

未治療または不適切に治療されたバセドウ病の妊婦では、母体心不全、自然流産、早産、死産および新生児甲状腺機能亢進症のリスクが増加します。

妊娠中にプロピルチオウラシルを使用した場合、またはプロピルチオウラシルを服用中に妊娠した場合、母親および胎児に肝障害のおそれが稀にあることを警告すべきです。

プロピルチオウラシルは胎盤を通過して、胎児に甲状腺腫およびクレチン症を誘発する可能性があるため、妊娠中には必要最低限の量を投与することが重要です。多くの妊婦では、甲状腺機能障害は妊娠が進むにつれて少し改善します。
その結果、プロピルチオウラシルを減量するが可能でしょう。
ときには、分娩のの数週間または数ヶ月前にプロピルチオウラシルを中止することもできるでしょう。

メチマゾールは胎児の発達と関連している可能性があるので、妊娠初期はプロピルチオウラシルが好ましいでしょう。
プロピルチオウラシルの母体肝毒性の可能性を考慮すると、妊娠中期にプロピルチオウラシルからメチマゾールに切り替えることが好ましい場合もあります。

どうでしょうか。

アメリカの添付文書って素敵ですね。
もちろん、「結局のところ飲んでいいの?悪いの?」という疑問は残りますが、ここまで具体的にアドバイスしてもらえると、慎重に投与することが可能に思えてきます。

妊娠と薬情報センター

それでも判断に迷う場合は、成育医療センターの妊娠と薬情報センターに情報提供してもらうことがあります。

相談に際しては、トロ ント大学(カナダ)と連携し、小児科病院で蓄積された データ他、既存の文献を基礎情報として活用し、科学的に検証された医薬品情報を妊婦や妊娠希望者に提供することで、妊婦・胎児への影響を未然に防ぐことに務めています。

相談方法は3通りあります。

  1. 電話相談
  2. 妊娠と薬外来での相談
  3. 主治医のもとでの相談

私が相談した産婦人科の先生は「主治医のもとでの相談」という方法を利用しているとのことでした。

まとめ

授乳中および、妊娠中の薬について書きました。

授乳中の薬は小児科医が、妊娠中の薬は産婦人科医がアドバンテージを持っています。
ですが、判断の仕方は同じです。
薬を単純にリスク分類するのではなく、個々のケースで様々な要素を勘案して、飲んでもよいのか悪いのかを判断しています。

もし授乳中で薬のことが気になるのであれば小児科医に、妊娠中の薬のことで気になるのであれば産婦人科医に、ぜひ相談してください。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。