アトピー性皮膚炎を正しく診断できますか?
「ガイドラインがあるから大丈夫です」
そうですね、日本にはアトピー性皮膚炎のガイドラインが2つもあります。
- アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2015(日本アレルギー学会)
- アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2016年版(日本皮膚科学会)
前者は皮膚科以外のアレルギー専門医にも分かりやすく、写真が多めになっています。
後者は皮膚科専門医用に書かれて、クリニカルクエスチョンや推奨度、エビデンスレベルについて書かれています。
二つのガイドラインに内容的な矛盾はなく、どちらのガイドラインも有用です。
日本皮膚科学会のほうは無料で読めます。
(アレルギー学会のほうは2500円+税です)
これらのガイドラインには、腹診の重要さについては書かれていません。
ですが、私は子どものアトピー性皮膚炎診断において、腹診がとても重要であると考えています。
今回はアトピー性皮膚炎の診断と、腹診の重要性について書きます。
このページの目次です。
日本のアトピー性皮膚炎の診断基準
日本におけるアトピー性皮膚炎の診断基準はとてもシンプルです。
- かゆい。
- 特徴的な部分に出る。
- 1歳未満で2か月以上、1歳以上で6か月以上繰り返す。
かゆくて長続きする湿疹が、顔や耳、首、肘、ひざ裏、足首、胸、腹、背中に見られたら、アトピー性皮膚炎と診断できます。
もちろん、鑑別診断も大切です。
特に小児科であれば、次の3つはよくあります。
- おむつかぶれ(尿や便による接触性皮膚炎)
- 脂漏性皮膚炎(顔や頭にできる、いわゆる乳児湿疹)
- 汗疹(あせも)
これらは、アトピー性皮膚炎との鑑別がとても難しいです。
そして、この鑑別の難しさが日本のアトピー性皮膚炎診療のポイントだと私は思っています。
乳児湿疹なのかアトピー性皮膚炎なのか。
この鑑別を考えるのに、私は「腹診」をします。
私が腹診をするのは、海外の国際的なアトピー性皮膚炎診断基準を知ったとき、「ああ、これって子どもでは必ず腹診をしたほうがいいということだな」と感じたからです。
焦らすような展開で申し訳ありませんが、腹診が大切である理由を書く前に、国際的な診断基準について書かせてください。
国際的な診断基準
海外ではアトピー性皮膚炎をどのように診断しているのでしょうか。
アトピー性皮膚炎の診断には、国際的2大診断基準と私が勝手に呼んでいる基準があります。
- Hanifin & Rajkの診断基準
- U.K. Working Partyによる質問表(Williamsの基準)
どちらも国際的な診断基準として有名です。
アトピー性皮膚炎に関する論文を読めば、ほぼどちらかの診断基準が使われています。
日本の論文でも、たとえば成育医療センターの研究「Application of moisturizer to neonates prevents development of atopic dermatitis」では、まずU.K. diagnostic criteriaを行い、それを参考にした上で皮膚科医によるHanifin & rajkaに基づいた診断がなされています。
それぞれについて簡単に解説します。
Hanifin & Rajkの診断基準
ハニフィン博士とライカ博士の提唱した基準です。
学会などでは「ハニフィン・ライカ」と呼ばれることがあります。
もっとも古くからある基準であり、ゴールデン・スタンダードとも言われています。
判定は4つの基本項目のうち3つ以上満たし、かつ23の小項目のうち3つ以上あればアトピー性皮膚炎と診断されます。
基本項目は次の4つです。
- かゆい。
- 特徴的な部分に出る。
- 慢性的に続く。
- 家族に喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎がある。
こうしてみると、日本の診断基準とほとんど同じです。
違うのは、日本では参考所見であった家族歴が、基本項目に挙がっているくらいです。
小項目については、「年少時発症」と「乾皮症(ドライスキンのことです)」の項目があるのが特徴的です。
年少時の定義はあいまいですが、次のU.K. Working Partyの基準を考慮すれば「年少とは2歳未満」と考えるのが妥当と思います。
U.K. Working Partyによる質問表
WilliamsらがHanifin & Rajkを使いやすく、かつ精度を高めたのが「U.K. Working Partyによる質問表」です。
これはまず、「1週間以上続くかゆみ」があることが大前提となります。
かゆみがあった上で、次の5つのうち3つ以上あればアトピー性皮膚炎と診断します。
- 2歳未満での発症。
- 肘、ひざ裏、足首、首の周り、目の周り、頬に皮疹があった(おおむね1か月以上前の時点で)。
- 全身性の皮膚乾燥。
- 喘息またはアレルギー性鼻炎の既往。
- 今現在、肘、ひざ裏、足首、首の周り、目の周り、頬に皮疹がある(看護師や医師が判断する)。
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2015では、このWilliamsの基準について「2歳以下での発症」と記載されていますが、元文献(The U.K. Working Party’s Diagnostic Criteria for Atopic Dermatitis. III. Independent hospital validation.)では「onset of rash under the age of 2 years」とありますので、2歳未満が正しいです。
U.K. Working Partyの基準も、前述のHanifin & Rajkと同じように、「年少時発症」と「乾皮症(ドライスキンのことです)」が基準に含まれているという点を強調しておきます。
Hanifin & RajkとU.K. Working Partyと日本のガイドライン
アトピー性皮膚炎の国際的な基準2つの違いについて考えてみます。
Hanifin & Rajkの小項目は皮膚科専門医でないと分からないものが多く、皮膚科医以外では扱いにくいです。
いっぽうでU.K. Working Partyの基準は、アンケートスタイルでお母さんに診断してもらうことも可能です。
このようなアンケートスタイルでの診断を「質問紙法」といいます。
私は皮膚科医ではありませんから、やはりHanifin & Rajkは使いづらいです。
アトピー性皮膚炎に関して、論文を書く計画していますが、そこではU.K. Working Partyの基準を使う予定です。
Diagnostic criteria for atopic dermatitis: a systematic review. Br J Dermatol. 2008; 158: 754-65.では、Hanifin & RajkよりもU.K. Working Partyのほうが感度・特異度で有用性が高いと示されたという理由もあります。
いっぽうで、この国際基準2つに共通しているのは「2歳未満」と「ドライスキン」が診断項目に入っていることです。
これは、日本の診断基準には含まれていません。
「毛孔一致性丘疹による鳥肌様皮膚」がドライスキンを示す所見ではありますが、これも診断の参考項目に過ぎません。
日本のアトピー性皮膚炎の診断基準には、「年齢」と「ドライスキン」についてがありません。
ですが、U.K. Working Partyでは「2歳未満」で「ドライスキン」があれば、診断基準2つ満たしたことになります。
かゆみがあることは必須として、あとはその皮疹が肘やひざ裏、足首、首、目の周りのような特徴的な場所であれば、アトピー性皮膚炎と診断されます。
逆に言えば、2歳未満の子どもに乾燥肌がある場合は、アトピー性皮膚炎に注意が必要でしょう、
腹診の重要性
ここで、ようやく腹診の話をします。
腹診というのは東洋医学や漢方医学の方法で、指先で患者さんのお腹を触ることでいろいろな情報を得ることです。
本来の腹診は、お腹の筋肉の張りや、胃や腸に水分が溜まりすぎていないか、お腹に痛いところがないかなどたくさんの項目を調べます。
ですが、ここでの腹診は「皮膚の状態を触って確かめること」ことです。
Hanifin & RajkとU.K. Working Partyの両方に「ドライスキンかどうか」という項目があります。
ドライスキンは見ただけで分かるケースもありますが(毛孔一致性丘疹による鳥肌様皮膚であれば、見ただけで分かります)、多くの場合、実際に触ってみないと皮膚が乾燥しているか分かりません。
私が腹診をするのは、その子どもがドライスキンかどうかを実際に触って確かめるためです。
「ドライスキンかどうかを知りたいなら、腕や足を触ればいいじゃないですか。どうしてお腹なんですか?」
腕や足のような露出部は、環境によって肌の水分量が変化します。
外が熱かったり、寒かったり、日がよく照っていたり、雨が降っていたり、砂場で遊んだあとだったり。
お腹は衣服で守られているため、環境の影響を受けにくいです。
そのため、正しい評価をしやすいです。
私のアトピー性皮膚炎診断の実際
私は日本のガイドラインでアトピー性皮膚炎を診断しています。
- かゆい。
- 特徴的な部分に出る。
- 1歳未満で2か月以上、1歳以上で6か月以上繰り返す。
この3つを満たし、おむつかぶれ、脂漏性湿疹、あせもといった皮膚トラブルを除外できればアトピー性皮膚炎と診断します。
おむつかぶれ、脂漏性湿疹、あせもを除外するために、保湿と清潔を中心としたスキンケアをしばらく(私は2週間の経過で判断することが多いです)続けてみることもあります。
皮疹がよくならないときや、繰り返す場合、体や四肢にも広がってくる場合には、アトピー性皮膚炎と診断することが多いです。
家族歴(両親やきょうだいのアトピー性皮膚炎、気管支喘息、アレルギー性鼻炎)も参考にします。
それでも迷うときは、国際基準2つに共通していた「2歳未満」と「ドライスキン」という項目を用います。
ドライスキンかどうかを評価するために、お腹を触ります。
実際に触って腹診をすることで、皮膚の水分保持の具合を確かめます。
もしドライスキンを感じとることができれば、アトピー性皮膚炎の可能性は大きく上がると私は考えます。
腹診は、アトピー性皮膚炎の診断を助けます。
なお余談ですが、日本の診断基準では、1歳未満では2か月以上、1歳以上では6か月以上湿疹が続かなければアトピー性皮膚炎と診断されません。
「最低2か月苦しまないと、アトピーと診断してもらえないということですか?」
乳児期の皮膚バリア機能がその後の食物アレルギーに影響することは論文で報告されています。
2か月以上も湿疹で苦しむ前に、できるだけ早く介入して湿疹を治してあげたいと考えます。
早くアトピー性皮膚炎をよくしてあげることができれば、食物アレルギーを予防できるかもしれないからです。
私の場合ですが、もし腹診でドライスキンがあれば、2か月未満の湿疹であっても「アトピー性皮膚炎の可能性が高い」と判断して治療を開始することがあります。
Simpsonらの報告も4週間の炎症でアトピー性皮膚炎と診断できるとありますし、背前述の成育医療センターの論文ではさらに短くして2週間の湿疹でアトピー性湿疹と診断していますので、2-4週間の湿疹をもってアトピー性皮膚炎に準じた介入を開始することは国際的にも一定のコンセンサスが得られると考えます。
シンプルに見えるアトピー性皮膚炎診断ですが、除外診断の難しさと、早期介入をしたいという思惑が、診断を複雑にします。
そんな状況で、腹診は診断の一助となります。
まとめ
アトピー性皮膚炎の診断と、腹診の重要性について書きました。
昨年、兵庫小児アレルギー研究会で腹診の重要性を教えてもらい、そこから実践しているのですが、特にアトピー性皮膚炎の診断と治療において腹診はすごく役立つと実感します。
(私が評価できているのは皮膚の状態だけであり、胃腸の水分の溜まり具合などは評価できていません)
皮膚のバリア機能異常による乾燥は、アトピー性皮膚炎の原因の一つです。
また、アトピー性皮膚炎の治療の根本に保湿療法があります。
皮膚が潤っているのか、乾いているのかを評価することは、アトピー性皮膚炎の診断にも、経過の評価にも、治療のコンプライアンスを測る(お母さんがしっかりと保湿剤を塗ってくれているか)にも、とても重要なことです。
特に「2歳未満」と「乾燥肌」は、国際的にはアトピー性皮膚炎の診断基準に含まれます。
すべてのケースで腹診をする必要はありませんが、2歳未満の子どもを診る場合、必ずお腹を触る習慣を持つべきです。
そして乾燥肌を感じる場合は、アトピー素因に注意を払うべきです。