画像は環境省自然環境局の「ストップ・ザ・ヒアリ」からです。
ヒアリに刺された場合の留意事項について、日本アレルギー学会にも厚生労働省から周知依頼が来ています。
「ヒアリでどうしてアレルギー学会が?」と思ったのですが、どうやらヒアリの毒でアナフィラキシー反応が引き起こされることがあるのです。
アナフィラキシーについては、アレルギー領域を専門とする医師にとって熟知しておかなければなりません。
アレルギー専門医は内科医、小児科医、耳鼻科医、皮膚科医、眼科医など様々な分野の医師が集まりますが、共通してできなければならないことの一つがアナフィラキシーの対応です。
ヒアリのこととアナフィラキシーのことを両方書きたいのですが、特にアナフィラキシーについては書けることがたくさんありますので、一つの記事にまとめきれません。
では今回はヒアリについてだけ……といっても、私はヒアリについては全くといって素人です。
ヒアリについてだけを書くと、厚生労働省の情報をまとめただけの薄い記事になってしまいます。
虫刺されで面白い経験をしたことがないかなと思い返してみると、私は田舎暮らしであることもあり、結構いろいろ虫刺されの子どもを診ていることを思い出しました。
その中で「マダニに噛まれた」という症例と、「蜂に刺された、と思わせつつ実はアブだった、と思わせつつ実は原因の分からない虫刺されだった」という症例は、なかなか貴重な経験だと思います。
というわけで、今回はヒアリ、マダニ、アブなどの虫刺されについて書きます。
このページの目次です。
ヒアリに刺された場合の注意点
厚生労働省が「ヒアリに刺された場合の留意事項について」という文書を公開しています。
ヒアリは、極めて攻撃性が強いとされており、刺された際には、アルカロイド毒により、熱感を伴う非常に激しい痛みを覚え、水疱状に腫れ、その後、膿が出ます。
さらに毒に含まれる成分に対してアレルギー反応を引き起こす例があり、局所的、または全身にかゆみを伴う発疹(じんましん)が出現する場合があります。
欧米においては、アナフィラキシー症例も報告されています。ヒアリの毒には、アルカロイド毒であるゾレノプシン(2-メチル-6-アルキルビペリディン)のほか、ハチ毒との共通成分であるホスホリパーゼやヒアルロニダーゼなどが含まれています。
そのため、ヒアリに刺された経験が無くてもハチ毒アレルギーを持つ方は特に注意が必要です。ヒアリに刺された場合の留意事項について
アナフィラキシーについては、また別の記事に書きます。
簡単に言うと、アレルギー反応によって皮膚症状だけではなく呼吸器症状や消化器症状、循環器症状などの全身性の症状を伴うことをアナフィラキシーと言います。
刺されたときの対応については、環境省自然環境局の「ストップ・ザ・ヒアリ」に書かれていましたのでまとめます。
刺された直後は熱いと感じるような、激しい痛みがあります。
20-30分様子を見て、患部が腫れあがるのみであれば軽症です。
あわてず、ゆっくりと病院を受診してかまいません。
やがて刺されたあとが痒くなり、10時間後に膿が出ます。
様子を見ている最中に、全身にじんましんが出現したり、声がれや息苦しさ、動悸、めまみなどの症状を伴ったりした場合は、軽症とは言えないケースです。
すぐに病院を受診してください。
以前に蜂に刺されたことがあり、蜂毒に感作した人であれば、エピペンを持っているかもしれません。
上記のケースでエピペンを持っているなら注射しましょう。
そして病院に着いたら「アリに刺されたこと」と「アナフィラキシーの可能性が高いこと」を伝えましょう。
マダニに噛まれた場合の注意点
ヒアリに刺された人を診察したことはありませんが、マダニに噛まれた人なら診察したことがあります。
画像は109回医師国家試験からです。
これは4mmくらいあるので、成虫期のマダニだと思います。
マダニには幼虫期、若虫期、成虫期があります。
卵から孵ったばかりのマダニは1mm程度の幼虫です。
動物に噛みついて、3日から7日ほどかけて吸血します。
その後脱皮し、若虫期になるとまた動物に噛みついて、3日から7日ほどかけて吸血します。
そして脱皮し、最後に成虫期になります。
成虫期で吸血すると1cmくらいの大きさにまで膨れ上がります。
スイカの種くらいの大きさです。
私が見た症例は、2mmくらいの大きさでしたので、幼虫のマダニが吸血して大きくなったのかなと思っています。
マダニに噛まれてしまった場合、叩き潰しては決していけません。
ダニのだ液に含まれるウイルスや細菌が体の中に入ってしまいます。
また、指でつまんで引き抜くのもよくありません。
ダニの口の部分が体に残ってしまうようです。
アルコール綿で覆うと、マダニは嫌がって逃げていくと聞いたので、私もそのようにやってみたのですが、全然逃げませんでした。
2-3分くらいアルコール綿で覆い続けましたが、全く逃げません。
「これって、もう死んじゃったんじゃ……」
皮膚をがっちりと噛んだ状態で絶命したマダニ。
どうしようかと思って、小児内科2012年増刊号を見ました。
マダニは口器からセメント様物質を出し、口器を皮膚と固着させ、吸血が終了するまでの数日間皮膚にとどまる。吸血の間は痛みや痒みがないために、虫の存在に全く気づかない。吸血するとスイカの種程度の大きさになる。むりやり除去すると口器が皮膚内に残るので、皮膚生検の要領で刺口部位を虫体ごと除去することが必要である。
小児内科2012年増刊号
小児内科には「皮膚生検の要領で」とあります。
いやいや、皮膚生検の要領ってかえって難しいです。
皮膚の科学2014年10月号に「タカサゴキララマダニの非観血的摘出法」という面白い記事があり、そこでは「Tick Twisterを用いて摘出を試みた15症例を集計し、その有用性を検討した。全体の成功率は80%であった。Tick Twisterの二股の先端で挟み回転させる非観血的マダニ摘出法は、短時間で瘢痕も残さず施行できる低侵襲の有用な治療法であり、早期の咬着であれば第一選択として試みる価値があると考えられる」とあります。
マダニ取り器具「ティックツイスター」については、このサイトが分かりやすかったです。
フランスの獣医師が開発したマダニ取り器だそうです。
院内には残念ながらTick Twisterはありませんでした。
その代わりに使用した有鉤のアドソンセッシが便利でした。
アドソンの鉤で皮膚すれすれのマダニの口あたりを掴みます。
鉤のおかげで、マダニの体はつぶれません。
体から引き抜くには、かなり強い力でないと取れません。
しっかりとアドソンセッシを握り、強く引き抜くと、マダニの口は皮膚を噛んだ状態のまま外れました。
患者さんの皮膚には、小さな皮膚欠損が見られます。
虫の口は残っていません。
無事、マダニを摘除することに成功しました。
あとは、マダニ関連の感染症について注意するだけです。
マダニ関連感染症といえば、日本紅斑熱、ライム病、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)が有名です。
いずれも私は診たことがない病気ですので、さらっと知識だけ書いておきます。
日本紅斑熱
国立感染症研究所の情報を引用します。
頭痛、発熱、倦怠感を伴って発症します。
潜伏期は2〜8日で、発熱、発疹、および刺し口が主要三徴候であり、ほとんどの症例にみられます。
ライム病
小児内科2014年増刊号に、症状や病態についてまとめられています。
ライム病の症状は多彩です。
関節炎、結膜炎、肝炎、肺炎、腎炎などの程度は様々です。
発熱、活気不良、食欲低下、リンパ節腫脹、関節痛などが症状となります。
遊走性紅斑は特徴的な所見ですが、日本のライム病では診られない例もあるようです。
日本皮膚科学会雑誌2002年10月号 Page1467-1473に「北海道のマダニ刺咬症 ライム病発症との関連」という論文があります。
1995から2000年の北海道のマダニ刺咬症700例が対象です。
マダニ刺咬症全体の8.0%にライム病が発症し、医療機関受診迄の期間が20日間経過するか、患者自身が不適切な処置をした症例にライム病発症率が高いことが示されました。
潜伏期間に関する情報が記載されていませんが、過去のライム病の報告を見るに、噛まれてから遊走紅斑が出現するまでは数日から数週間の潜伏期間があるようです。
重症熱性血小板減少症候群(SFTS)
重症熱性血小板減少症候群(SFTS)は2011年中国で発見された新しいダニ感染症です。
以下は小児内科2014年2月号からの引用です。
SFTSは感染すると6日から2週間の潜伏期間を経て、発熱、消化器症状(食欲低下、嘔気、嘔吐、下痢、腹痛)が多くの症状で見られ、頭痛、筋肉痛、神経症状、リンパ節腫脹、出血症状を起こすこともあります。
マダニ関連感染症のまとめ
潜伏期は様々で、マダニに噛まれて2日から数週間は注意が必要です。
カゼ症状や皮疹、関節痛、リンパ節腫脹などに注意します。
マダニに噛まれた人のうち、8%がライム病を発症したという報告もありますが、病院でダニを潰さないように摘除することができれば、ライム病の発症はずいぶん抑えられるようです。
私の経験したケースでは、細菌やウイルスの予防になることを期待して、患部を消毒しましたが、どれほど有効かどうかは分かりません。
アブに刺された場合の注意点
「ハチに刺されました!」
という子どもを診る機会は、小児科医にとって比較的多いと思います。
蜂刺されについてはなかなか奥が深く、これだけで一つの記事が書けてしまいます。
先日も、近所の子どもが「ハチに刺された」というので見せてもらいました。
蜂に刺されるとすれば、アシナガバチ、スズメバチ、ミツバチです。
ですが、子どもが見たハチはそのいずれでもないと言うのです。
「何のハチだろう」
すると、庭に飛んでいた一匹の虫を見て、子どもの親が「これです」と言いました。
すみません、怖くてあまり近づけず、こんなぼやけた写真しか撮れませんでした。
黄色と黒のツートンカラーで、一瞬は蜂のように見えます。
ですが、ミツバチでもアシナガバチでもありません。
スズメバチでもありません。
何より、羽が2枚です。
羽が2枚の昆虫と言えば、ハエ、カ、アブのどれかです。
小学校の理科で習った「羽が2枚の昆虫は、はええカーブと覚えましょう。超高速でターンするイメージです」という知識が医者になってから役に立ちました。
アブで写真を検索してみると、これが一番近いかなというのがありました。
出典はwikipediaです。
ホソヒラタアブです。
少し細部が違っているのですが、おそらくハナアブの仲間なのだと思います。
ちなみに、このアブは刺しません。
ですから、虫に刺されたときにたまたま蜂によく似たアブが近くにいたので、犯人だと疑われたケースなのだと思います。
ちなみに刺されたという場所は、少し赤く腫れているだけでしたので、ステロイド薬塗布とし、その後の経過はよかったようです。
結局何の虫だったのかは分かりません。
ちなみに、本当に蜂に刺されたときの対応はこちらに書いています。
虫刺されのまとめ
ヒアリ、マダニ、蜂に似たアブに刺されたように思ったけれど結局不明の虫に刺されたときの注意点について書きました。
今回は、蜂に刺された場合について書けませんでしたが、蜂についてもかなり重要です。
というのは、蜂に刺されてアナフィラキシーを起こし死亡する人は毎年いるからです。
「子どもの虫刺されは外科ですか、救急科ですか、小児科ですか?」と思われるかもしれませんが、もしかしたらアナフィラキシーを通じて虫刺されを一番勉強しているのは、アレルギー科かもしれません。