子どもの頭部外傷はほとんどの場合、軽症です。
脳外科的なマネジメントを必要としません。
ですが、わずかではありますが、一見軽症に見せかけて、実は頭蓋内に損傷があるというケースもあります。
頭部CTは頭蓋内の損傷のあるなしをすばやく診断することができますが、放射線被ばくによる発がんの心配があります。
さらにCTは限られた医療資源です。
そして、鎮静を要する場合もあり、子どもの鎮静は呼吸停止などの事故のリスクにつながります。
不要なCTは避け、必要なCTを撮る必要があります。
頭部外傷を受けた子どものCT撮影を少なくする目的で、頭蓋内損傷のハイリスクを見分ける臨床的な指標があります。
それがPECARNとCATCHとCHALICEです。
今回は、PECARNとCATCHとCHALICEを簡潔にまとめ、それぞれの長所と短所を挙げます。
このページの目次です。
PECARN
正式名称:Pediatric Emergency Care Applied Research Network
推奨している国:アメリカ
対象:18歳未満の子ども。
除外項目:あまりにも軽微な外傷(こけただけ、止まっている物体に走ってぶつかっただけ、頭皮を擦りむいたか裂けたか以外に傷がない)。頭を貫通するような外傷がある。脳腫瘍を持っている。評価を難しくさせるような神経学的な異常をもともと持っている。搬送前にすでに画像検査を受けている。脳手術を受けている。出血傾向がある。GCS(意識の程度。15点満点)が14点未満。
PECARN2歳未満の評価項目:①GCS15点未満。②いつもと精神状態が違う(興奮、傾眠、同じ質問ばかりする、反応が鈍い)。③頭蓋骨に触って分かるような骨折がある。④後頭部、頭頂部、側頭部の頭皮に血腫がある。⑤5秒以上意識がなかった。⑥事故が重度である。⑦親の命令に正しく行動できない。
PECARN 2歳以上の評価項目:①GCS15点未満。②いつもと精神状態が違う(興奮、傾眠、同じ質問ばかりする、反応が鈍い)。③頭蓋底骨折の徴候がある。④意識がなかった。⑤嘔吐した。⑥事故が重度である。⑦強い頭痛がある。
アウトカム:臨床的に有意義な外傷性脳損傷(TBI)。すなわち、TBIによって死亡したり、脳外科的な介入を要したり、24時間以上の人工呼吸管理をしたり、2泊以上の入院をしたする子どもを言い当てられるかどうかに焦点を当てている。
(TBIの定義:頭蓋内出血や脳挫傷、大脳の浮腫、外傷性梗塞、びまん性軸索損傷、剪断損傷(脳が不均一であるためにねじれ切れること)、S状静脈洞梗塞、中心線の偏位や脳ヘルニア、頭蓋骨の離開、気脳症、頭蓋骨骨折)
PECARNの特徴は、3つあります。
|
CATCH
正式名称:Canadian Assessment of Tomography for Childhood Head injury
推奨している国:カナダ
対象:17歳未満。鈍的な外傷の結果、目撃された意識消失、限定された記憶喪失、見当識障害、15分以上間をあけて2回以上吐く、2歳未満であれば興奮状態の持続のいずれかがある。受傷後のGCSが13点以上。受傷から24時間以内。
除外項目:明らかに頭部を貫く傷がある。明らかに頭蓋骨骨折がある。神経学的な異常がある。慢性的な発達遅滞がある。虐待による頭部外傷である。以前に頭部外傷の治療をしている。妊娠している。
CATCHの評価項目
High risk:①外傷後2時間経ってもGCSが15未満。②頭蓋骨の開放、または陥没骨折が疑われる。③悪化する頭痛がある。④興奮がある。
Medium risk:⑤頭蓋底骨折の所見がある。⑥頭皮に大きくてしめった血腫がある。⑦危険な受傷機転。
CATCHのアウトカム:脳神経外科的な介入を必要とする(High riskの4項目で判定)。
CT所見による脳損傷(Medium riskも含めた7項目で判定)。
CATCHの特徴は2つです。
|
CHALICE
正式名称:Children’s Head injury ALgorithm for the prediction of Important Clinical Events
推奨している国:イギリス
対象:16歳未満。
除外項目:なし
評価項目:①5分以上の意識消失。②5分以上の健忘。③傾眠傾向。④3回以上の嘔吐。⑤虐待の疑い。⑥てんかんの既往歴のない患者でのけいれん。⑦GCS<14(1歳未満ではGCS<15)。⑧開放骨折、陥没骨折の疑い、または大泉門膨隆。⑨頭蓋底骨折の所見(耳出血、パンダの目徴候、髄液漏、バトル徴候)。⑩神経学的異常。⑪1歳未満では5cm以上の皮下血腫や打撲痕。⑫高速いスピードでの自動車事故。⑬3m以上の高さから落ちる。⑭速く動く物体との衝突。
CHALICEのアウトカム:臨床的に意義のある頭蓋内損傷。すなわち、頭部外傷で死亡したり脳外科的な処置を要したり、CTで異常所見を指摘されたりするかどうかに焦点が当てられている。PECARNのアウトカムに一見似ているが、症状がなくて入院を要さないような場合でもCHALICEのアウトカムには含まれるので、PECARNよりもCHALICEのほうがアウトカムの幅が広い。
CHALICEの特徴は、2つあります。
|
3つの指標の比較
3つの指標の有効性を調査したオーストラリアの論文があります。
私はこの論文を1日かけて熟読しました。
(1日かかったのは、私が英語が苦手だからです)
熟読した私が考える、PECARNとCATCHとCHALICEの長所と短所を書いてみます。
PECARNの長所
- 高い陰性的中率がある。
外部機関による有効性研究では、それぞれの陰性的中率(低リスクと判断され、実際にCTが不要であった確率)は、2歳未満PECARNで100%、2歳以上PECARNで99.98%、CATCHで99.41%、CHALICEは99.80%であった。 - 元文献のアウトカムが「臨床的に意義のある頭蓋内損傷」であり、実臨床に即した適切なアウトカムで作られている。
PECARNの短所
- 2歳以上と2歳未満があり、運用が煩雑。
- PECARNだと頭部外傷の子どもの46%で頭部CTを施行することになる。CTをたくさん撮ることになり、不要な放射線被爆も多くなる。特異度は他の2つの指標より有意に劣り、不要なCTが多すぎる。医療費問題、被爆問題など、見過ごせない。なお、CHALICEだとCTを撮る率を22%に抑えられる。
CATCHの長所
- アウトカムが2つあるため、2つのことを言える。
脳外科的な介入が必要かどうかを単独で予測できるのはCATCHだけである。
CATCHの短所
- 脳外科的な介入を予測というのは、基本的にいつでも頭部CTが施行できる日本の医療環境を考えれば、さほど意味がないように思う。
CTを撮るか撮らないかという点だけで考えれば、結局medium riskを含めた7項目での評価しか使わない。 - inclusionとexclusionがかなり細かく、ほとんどの頭部外傷で適応できず使いにくい。上記の論文中でもCATCHを適応できたのは25%程度だった。
- medium riskを含めたアウトカムでみると、陰性的中率がもっとも低い。
CHALICEの長所
- inclusionとexclusionがない。すべての子どもに適応可能。
- 特異度が高く、PECARNの半分以下のCT施行率でよい。
CHALICEの短所
- 高いとはいえ、不安なレベルの陰性的中率99.8%。たとえばCHALICEでは500人に1人の見逃しが起きるという計算になる。(とはいえ、PECARNと比較して有意差が出たわけではない)
- 1歳未満に限定した質問が2つある。年齢で質問が変わるのなら、PECARNと煩雑さが変わらない。
- 質問項目14個は他の指標の倍である。ちょっと多い。
その他の考察
①感度について
100%の感度が欲しければ、全例頭部CTを撮ればいいだけの話。
でも、こけただけの子どもにCTを撮るのは被爆の意味でも、経済的な意味でも許されない。
100%の感度を維持したまま、無駄なCTを減らさなければならない。
無駄なCTを減らすというのは、特異度を上げるということである。
ただし、特異度を上げるために感度が犠牲になっては本末転倒。
②PECARNとCHALICEの違い
個人的に感じる両者の違いは、PECARNでは嘔吐1回、CHALICEでは嘔吐3回としている点である。
加えて、PECARNでは高エネルギー外傷としているが、CHALICEでは3m以上の落下としている点も違う。
高エネルギー外傷は身長の2倍以上の高さからの落下だと私は考えていて、身長75cmの1歳児では1.5mからの落下でも高エネルギー外傷だと思う。
嘔吐の回数と落下の高さで、感度と特異度が動いているようにしか見えない。
③適応の差
CHALICEの特徴の1つとして適応の広さがある。
PECARNには除外基準があり、適応できたのは75%であった。
いっぽうで、上記の論文では比較用コホート集団として「GCS13以上で、受傷から24時間以内の受診」という集団でPECARNを適応し、やはりほぼ100の陰性的中率を示した。
一般的な小児科医が診察する子どもの頭部外傷は、「GCS13以上で、受傷から24時間以内の受診」という適応基準で十分である。
したがって、PECARNとCHALICEで適応に差はないといえよう。
④検査前確率
臨床的に意義のある外傷性脳損傷は1.4%に見られたことから、頭部外傷でもCT撮らなくて大丈夫である検査前確率は98.6%である。
陰性的中率が99%以上で喜んではいけない。
そもそも検査前確率は98.6%なのだから、「忙しくて問診も診察もできませんが、子どもの頭部外傷であればまあ大丈夫でしょう」という小児科医としては不適格なアドバイスをしても98.6%で当たってしまう。
陰性的中率99%で喜んでいては、検査前確率とほぼ変わらない。
99.9%でも不十分で、1000人に1人見逃す。
99.99%でも、99.999%でも、結局いつか小児科医は「あのときCT撮っておけばよかった」と後悔する日がやってきてしまう。
⑤医学の限界
陰性的中率99.98%でも5000人に1人は見逃す。
完全100%にしようと思えば、やはり全例CTとなるしかない。
でも、そういうわけにもいかない。
ここが医学の限界と割り切るしかない。
陰性的中率や医学の限界については、こちらの記事に書きました。
個人的にはどの指標が好きか
PECARNとCATCHとCHALICEのそれぞれについて、その長所と短所を書きました。
そして私なりの考察もしてみました。
その結果、私はこう考えます。
「PECARN○、CATCH×、CHALICE△」
日本の医療に対する考え方からすれば、無駄なCTはある程度やむを得ないと思って居ます。
上記の論文を出したのは、3次病院というとても大きな病院での調査なので、診療所や中規模な病院であればもう少し軽症な頭部外傷が集まると推測され、そのうち46%が頭部CTを要するとは思えません。
したがって、PECARNの特異度の低さは容認できると私は考えました。