口の中の写真を示します。
これは、第106回の医師国家試験からの出題です。
6歳の男児。昨日からの咽頭痛と39.0℃の発熱とを主訴に来院した。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦、軟で、肝・脾を触知しない。リンパ節の腫脹を認めない。皮疹を認めない。咽頭部の写真を示す。
原因として考えられるのはどれか。a. 麻疹ウイルス
b. パルボウイルスB19
c. コクサッキーウイルス
d. 単純ヘルペスウイルス
e. ヒトヘルペスウイルス6
これはヘルパンギーナと呼ばれる疾患です。
原因ウイルスはエンテロウイルス属の中の、主にコクサッキーウイルスA群です。
(ですから答えはcです)
今日はヘルパンギーナについて書きます。
このページの目次です。
ヘルパンギーナの語源
ある夏の小児科外来です。
発熱40度で受診した2歳の子どもの口を見たときでした。
のどに小さな水疱がたくさん見えます。
「お、ヘルパンギーナだ」
と思ったのですが、頬粘膜の手前にも同じように水疱が集簇しているのも見えました。
「あれ、単純ヘルペスか?」
もし歯ぐきや唇の裏側や舌にも水疱があれば、単純ヘルペスの可能性が高まります。
ですが、歯ぐきにも唇の裏にも舌にも水疱はありませんでした。
この症例を部長の井上先生に相談すると「ヘルプ・アンギーナと言うくらいですからね」と言われました。
このとき、私は「ヘルプ・アンギーナ」の意味が分かりませんでした。
後で調べてみると、ヘルパンギーナの語源は「水ぶくれを意味するヘルペスと、のどの炎症を意味するアンギーナ」だということが分かりました。
つまり井上先生が言いたかったのは「単純ヘルペスもヘルパンギーナも同じ【水ぶくれ(ヘルペス)】の疾患だから、区別するのが難しいときがある」ということなのでしょう。
ヘルパンギーナの原因ウイルス
誤解のないように言っておきますが、ヘルパンギーナの語源が「ヘルペス+アンギーナ」だからといって、原因ウイルスは単純ヘルペスではありません。
ヘルパンギーナの原因ウイルスは、おなじみ国立感染症研究所のサイトが詳しいです。
ヘルパンギーナの原因ウイルスの割合には面白い特徴があります。
2010年、2012年、2014年、2016年はコクサッキーウイルスA4が多いです。
そして2011年、2013年、2015年はコクサッキーウイルスA6が多いです。
2017年6月時点では、2017年もコクサッキーウイルスA6が多いです。
2017年に流行するであろうコクサッキーウイルスA6は、実は手足口病もよく起こします。
コクサッキーウイルスA6による手足口病の特徴については、こちらの記事に書きました。
コクサッキーウイルスA6の手足口病は高熱で始まって、手足の発疹が目立たないことがあります。
そのため、最初にヘルパンギーナと診断されて、あとから手足口病と診断される可能性が2017年は高いと推測されます。
(ヘルパンギーナも手足口病も気をつけるべきことは同じですので、診断が変わってもすることは変わりません)
ヘルパンギーナの実際
ここまで1200文字近くヘルパンギーナを語ってきましたが、どれもトリビア的な知識でした。
もう少し、役に立ちそうなこともここに書いておきます。
以下の情報はネルソン小児科学および国立感染症研究所からです。
流行する時期
5月から10月にみられ、特に7月から8月までがピークです。
好発年齢
0-5歳にみられ、特に1歳に多いです。
(ただ、冒頭の問題のように、6歳以降でもみられます)
潜伏期間
国立感染症研究所の情報では、2-4日です。
(小児科診療2015年10号では、潜伏期間は3-6日とあります)
症状
急な発熱、のどの痛み、嚥下困難(痛くて飲みこめない)、のどの奥に水疱ができる、などの症状があります。
体温は正常から41度までで、子どもの年齢が小さいほど高熱になりやすいです。
年長児では頭や背中が痛くなることがあり、25%に腹痛と嘔吐を認めます。
発熱は一般に1-4日、その他の症状は3-7日で消失します。
ウイルスの排泄期間
ヘルパンギーナは咳や鼻水も出ることがあります。
咳や鼻水でウイルスをまき散らすのは7日未満と言われます。(小児科診療2015年10号)
いっぽうで、ヘルパンギーナの原因ウイルスは腸管でとてもよく増殖します。
そして、便とともに排出されます。
便を通して、ウイルスは数週間排泄されます。
「原因ウイルスはエンテロウイルス属の中の、主にコクサッキーウイルスA群です」とこの記事の冒頭に書きましたが、エンテロというのは「腸」という意味です。
ヘルパンギーナは喉にできるので、口元からの感染が多いと思われがちですが、実はエンテロウイルスは腸で増えるのです。
便の取り扱いには注意が必要で、オムツを変えたら必ず手を洗いましょう!
登校の目安
ウイルスは数週間排出されますが、数週間お休みするのは現実的ではありません。
本人の全身状態が安定している場合は登校(園)可能です。
ちなみに学校保健安全法では、ヘルパンギーナは「その他の感染症」に含まれます。
その他の感染症は、学校で通常見られないような重大な流行が起こった場合に、その感染拡大を防ぐために、必要があるときに限り、学校医の意見を聞き、校長が第三種の感染症として緊急的に措置をとることができるものです。
ヘルパンギーナも流行が強ければ緊急措置的に出席停止にすることはできます。
ですが、流行の阻止を狙っての登校(園)停止は有効性が低いです。
なぜなら、ウイルス排出期間が数週間ととても長いためです。
やはり手洗い(特に排便後、排泄物の後始末後)の励行が重要です。
もし他の病気の出席停止期間が知りたければ、こちらの記事もどうぞ。
治療
のどが痛くて水分が摂れないことがあります。
解熱鎮痛薬は痛みを和らげ、場合によっては水分摂取に役立つでしょう。
どうしても水分が摂れない場合は点滴を要します。
「お母さんに伝えたい子どもの病気ホームケアガイド」に、食事や水分、入浴についてのアドバイスが記載されているので引用します。
食べ物:口の中が痛いときには、かまずに飲み込めるものを与えます。プリン、ゼリー、アイスクリーム、冷めたおじや、とうふ、冷めたグラタンなどがよいでしょう。
水分:十分に水分をとるようにしましょう。オレンジジュースなどすっぱいものはしみます。牛乳や麦茶、みそ汁、冷めたスープなどがよいでしょう。
入浴:高い熱があるときや元気がないとき以外は、かまいません。
「お母さんに伝えたい子どもの病気ホームケアガイド」
お父さん・お母さん向けに書かれた分かりやすい本ですので、おすすめします。
まとめ
ヘルパンギーナの語源や原因ウイルスというトリビア的な知識から、症状や治療、登校の目安など実践的な知識まで紹介しました。
7月、8月はとてもヘルパンギーナが流行します。
手足口病と併せて「夏カゼ」とも言います。
お子さんが「夏カゼ」と言われたときは、ぜひこの記事を参考にしてください。
なお、ヘルパンギーナは急激な発熱とともに熱性けいれんを起こすこともあります。
熱性けいれんについてはこちらの記事も併せて読んでください。