日常診療の一コマです。
このとき小児科医は何を考えていると思いますか?
ちょっと小児科医の頭の中を覗いてみましょう。
どうでしょうか。
おそらく、一般的なお母さんの気持ちとは違うのでないのでしょうか。
レントゲン検査はとてもありふれた一般的な検査ですが、小児科医が考えている検査の意義と、お母さんが考えている検査の意義が異なっているように思います。
今回は小児科医が考えるレントゲン検査の意義について考えてみます。
このページの目次です。
レントゲンの意義
レントゲンを撮影する意義はなんでしょう。
「気管支炎や肺炎を診断するためじゃないんですか?」
その通りなのですが、厳密に言うと少し違います。
レントゲンを撮影する主な目的は「肺炎を鑑別するため」です。
結果的にレントゲンを撮って「気管支炎」と診断されることはありますが、臨床医が日々の外来でもっとも注意を払っているのは肺炎を鑑別することです。
レントゲンのタイミング
肺炎の鑑別が必要となるタイミングは2つあります。
- 診察で下気道感染があると診断したとき。
- 診察では分かりにくい肺炎を疑ったとき。
これを言いかえると、次になります。
- 下気道炎と診断したあと、それが気管支炎か肺炎かを鑑別したいとき。
- 下気道炎があるかどうか分からないとき。
どちらも同じように見えるかもしれません。
ですが、臨床的にはこの2つのタイミングは全然違う意味を持ちます。
下気道炎とは?
気管支炎と肺炎とを併せて「下気道炎」といいます。
(正確には細気管支炎も下気道炎に含まれますが、ここでは話をシンプルにするために省略します)
鼻や喉のことを上気道といい、喉より下の気管、気管支、肺のことを下気道といいます。
上気道の炎症は上気道炎といい、一般的に「カゼ」というのは上気道炎のことを言います。
(胃腸炎のことを腸のカゼと言ったり、手足口病のことを夏カゼと言ったり、実はカゼの定義はとても多様ではありますが、多くの場合においてカゼが指すのはウイルス性上気道炎のことです)
一方で、気管支炎や肺炎のような下気道炎は「カゼ」をこじらせたものと多くのお母さんは認識しています。
上気道炎よりも下気道炎のほうが症状が強いことをお母さんは知っています。
下気道炎の診断は、主に診察でされます。
熱があって、咳が出て、痰がからむ子どもで、胸の聴診ではゴロゴロまたはヒューといった雑音が聞こえる場合は下気道炎です。
湿った咳も下気道炎によく見られます。
下気道炎の診断にレントゲンは必須ではありません。
私の場合、ほとんどの下気道炎はレントゲンを撮る前に診断しています。
むしろ、下気道炎と診断したあとにレントゲンを撮ることが多いでしょう。
下気道炎は、前述した通り、気管支炎と肺炎を併せた病名です。
レントゲンを撮ることで、気管支炎なのか肺炎なのか分かります。
気管支炎の定義と肺炎の定義
まず、気管支炎の定義と肺炎の定義を見てみましょう。
小児呼吸器感染症ガイドライン2017では、気管支炎は次のように定義されています。
急性気管支炎
発熱、咳嗽、喀痰などの気道感染症症状がある患者で、胸部聴診では副雑音(ラ音)が聴取できるものの、胸部X線像では明確な異常陰影が認められない場合の臨床的診断である。
小児呼吸器感染症ガイドライン2017
「発熱、咳嗽、喀痰などの気道感染症症状がある患者で、胸部聴診では副雑音(ラ音)が聴取できる」というのは、まさに下気道炎の十分条件です。
つまり気管支炎とは「レントゲン異常がない下気道炎」と言うことができます。
重要なことなので繰り返しますが、レントゲンで何か異常があれば気管支炎と診断されるわけではありません。
むしろ、レントゲンで何も異常がないときに気管支炎と診断されるのです。
(なお、ネルソン小児科学には「胸部X線写真は正常範囲か、肺門理の増加がみられることがある」とあります。肺門理とは肺の血管の走行のことです)
次に肺炎の定義を見てみましょう。
肺炎の定義
発熱、鼻汁、咽頭痛、咳嗽などの急性呼吸器症状を伴い、胸部X線像やCTなどの画像検査において肺に急性に新たな浸潤影が認められるものを肺炎という。しばしば肺炎では胸部聴診所見において副雑音(ラ音)や呼吸音の減弱を聴取する。
小児呼吸器感染症ガイドライン2017
気管支炎と肺炎では、定義の書き方が少し違います。
これは、肺炎の診断には2通りの経路があるためです。
- 発熱、咳嗽、喀痰などの気道感染症症状がある患者で、胸部聴診では副雑音(ラ音)が聴取でき、下気道炎と診断したのちにレントゲンを撮影し、肺に浸潤影を認めて肺炎と診断したケース。
- 発熱、咳嗽、喀痰が目立たず、胸部聴診でも副雑音(ラ音)がはっきりとせず、でも肺炎を否定できないためレントゲンを撮影し、肺に浸潤影を認めて肺炎と診断したケース。
1のケースは、気管支炎の診断と裏表の関係になります。
下気道炎のうち、レントゲンで異常がなければ気管支炎、異常があれば肺炎です。
とても分かりやすいです。
2のケースとはどういうものでしょうか。
たとえばマイコプラズマやクラミジアは胸の音が悪くならないことが多いです。
咳も乾いていることがあって、なかなか診察だけでは下気道炎があるかどうか分かりません。
また、乳幼児は咳や肺のラ音が目立たない肺炎(潜在性肺炎:occult pneumonia)のを多く見かけます。
呼吸症状が目立たない5歳未満で、体温39度以上、白血球2万以上のケース146人に対しレントゲンを撮影すると、38人(26%)で胸部X線写真に浸潤影を認めたという報告もあります。
Occult pneumonias: empiric chest radiographs in febrile children with leukocytosis.Ann Emerg Med. 1999 Feb;33(2):166-73.
下気道炎を疑わせる症状はないのだけれど、年齢や状況などからもしかしたら肺炎があるかもしれないと思ったときにもレントゲンを撮影します。
そこで肺に浸潤影があれば、肺炎と診断されます。
ただ、やはり2のケースで肺炎と診断されるのは、1のケースに比べて少ないと私は感じています。
気管支炎と肺炎の鑑別の必要性
気管支炎と肺炎。
どちらのほうが重症だと思いますか?
「肺炎のほうが重症だと思います」
多くの人がそう答えると思います。
正確に言うと、重症度はケースごとに違います。
気管支炎でも陥没呼吸や肩呼吸が強く、顔色が悪く、SpO2が低く、重症な場合もあるでしょう。
逆に肺炎であっても、機嫌がよく、呼吸もあまり苦しくないケースもあります。
現在の重症度という観点で、今この瞬間の状態を切り取るのであれば、気管支炎だからとか肺炎だからというよりも、バイタルサインの確認や呼吸様式の確認などのほうが正しく重症度を評価できます。
ただし、明日の重症度を予測する場合は、気管支炎か肺炎かは重要になります。
肺炎は細菌感染の合併が気管支炎よりも多く、翌日状態が悪くなる可能性が多いです。
ネルソン小児科学にも同様の記載があります。
臨床医の役割は、肺炎を鑑別することである。
肺炎は細菌性である可能性がより高く、その場合、治療に抗菌薬を必要とする。ネルソン小児科学
気管支炎か肺炎かを鑑別することは、治療方針の決定に有用でしょう。
肺炎である場合は、より細菌感染の存在に注意が必要となります。
いっぽうで、気管支炎である場合は抗菌薬を使わなくても安全に経過を観察できる可能性が高まります。
これについては、こちらの記事に書きました。
「レントゲンは撮らなくてもいいんですか?」
「レントゲンは撮らなくてもいいんですか?」
これも小児科外来でよくある一コマです。
子どもが気管支炎か肺炎になっていないかを心配しているお母さんは、この質問をしてきます。
このとき小児科医が取るリアクションは2つしかありません。
- 「そうですね、念のためレントゲンも撮っておきましょう」
- 「現時点では、レントゲンが必要なタイミングではないと思いますよ」
レントゲンは被爆を伴う侵襲的な検査です。
撮る意味がないのであれば、撮らない方がいいです。
そのため、レントゲンを撮影するメリットとデメリットを天秤にかけ、撮った方がいいと医者が判断すればレントゲンを勧めます。
いっぽうで、レントゲンのメリットが乏しいと判断した場合は、撮らないことを勧めます。
レントゲンを撮るメリットについては上で述べた通りです。
肺炎を鑑別できます。
もし肺炎であれば、細菌感染に配慮し、採血や抗生剤のタイミングを逸さないように注意できます。
ですが、こういうときはどうでしょう。
- 喘鳴を伴っており、RSウイルスが鼻汁から検出され、RSウイルスによる下気道炎であることはすでに診断されている。
- 発熱してから3日以内で、湿った咳や喘鳴などの下気道症状がなく、さらに年齢や地域の流行からマイコプラズマなどの非定型肺炎が否定的である。
RSウイルス気管支炎とRSウイルス肺炎では、治療方針に大きな差はありません。
少なくても「RSウイルス気管支炎なので重症化することはなさそうです」という説明はできないでしょう。
RSウイルス気管支炎であっても、RSウイルス肺炎であっても、治療は加湿と鼻汁吸引が基本です。
あとは全身状態に注意して、状態が悪くなる場合は入院し、輸液や酸素投与、吸入などを行っていきます。
(もちろん経過の予測にレントゲン所見は有用だという意見はあってよいと思います。RSウイルス感染においてもレントゲンが全く無意味だというつもりはありません)
また、熱が出たばかりで、下気道炎を示唆する症状がなく、年齢や地域の流行的にマイコプラズマやクラミジアなどの肺炎を疑わせないのであれば、肺炎である確率は低いでしょう。
さらに言うなら、成人を対象とした研究ではありますが、バイタルサインの異常がなく、呼吸様式に異常がない場合は、肺炎である可能性は小さいと、ネルソン小児科学にも記載されています。
つまり、主治医が「もし肺炎であっても治療方針に影響がない」「肺炎である確率が低い」と感じたとき、レントゲンを撮らないことを勧めることがあります。
裏を返せば、ただのカゼにしては熱が長かったり、下気道感染を疑うものの原因が不明である場合には、レントゲンを提案されることがあるということです。
注意点
ヒトメタニューモウイルス感染を疑った場合、ヒトメタニューモウイルス検査の保険適応に「画像所見」が必要であると明記されているため、レントゲン検査をすることが多くなります。
(保険のために検査をするのは本末転倒なのですが)
まとめ
私がレントゲンをオーダーするときに考えていることを書きました。
やはり「下気道炎があるかどうか」がレントゲンをオーダーするポイントでしょう。
発熱に加えて、喘鳴があったり、湿った咳があれば、まず下気道炎ですので、レントゲンを撮って気管支炎か肺炎かを診断します。
私が下気道炎と診断する際にもっとも重視するのは聴診所見です。
聴診所見についての考察はこちらの記事に書きました。
いっぽうで、喘鳴もなく、湿った咳もなくても、4歳以降の子どもが発熱に加えてしつこい咳をしていたらレントゲンを撮る場合があります。
もしマイコプラズマが流行している状況なら、4歳未満の子どもでも検討します。
ただ、毎回レントゲンを撮るわけではなく、まずはマイコプラズマの迅速検査をすることも多いです。
検査をどの順番でするかは、熱が出ている日数や全身状態などに影響されるので、一概には言えません。
マイコプラズマを疑ったわけではなくても、熱が4日以上続くときや、採血検査で炎症反応がとても高いときは肺炎を疑います。
いろいろ書きましたが、結局のところまとめれば、冒頭にも書いたこの2点がレントゲンのタイミングです。
- 下気道炎と診断したあと、それが気管支炎か肺炎かを鑑別したいとき。
- 下気道炎があるかどうか分からないとき。
気管支炎と診断されるのは、1のケースでレントゲンに異常がないときです。
2のケースでレントゲンを撮っても、まず気管支炎とは診断されません。
(咽頭からマイコプラズマが検出されたのなら、マイコプラズマ気管支炎と診断してもいいと思いますが)
もしレントゲンを撮られて「気管支炎」と診断されたのなら、それは「肺炎ではなかった」という意味で捉えてくださると、小児科医と親とで共通の見解が持てると思います。