「では、モシモシしますね」
小児科外来における、診察の一場面です。
ですが、このありふれた診察にも、小児科医にテクニックが秘められています。
今日は、診察の順番について書きます。
問診の次に行うのが診察
病気の子どもを連れていくと、どういう症状なのか、いつから始まったのかなど詳しく聞かれます。
これが問診です。
一通り問診が済みますと、次に診察となります。
診察とは、口の中を見たり、耳を見たり、首のリンパ節を触ったり、聴診器を使って呼吸の音や心臓の音を聞いたり、お腹を触ったり、背中を叩いたり、腱反射を確認したり……。
いわゆる身体所見をとるのが診察です。
この診察。
たくさんの診察があるので、どの順番でやるのか迷ってしまいそうです。
適当に思いついた順番でしてよいのでしょうか。
それとも頭から順番に下へ下へ診察していけばいいのでしょうか。
それともこどもが苦しんでいる場所、たとえば腹痛ならお腹から、頭痛なら足から診察すればいいのでしょうか。
実は小児科医は順番を考えながら診察をしています。
診察には順番がある
例えば、2歳のさきちゃんは、2日前から熱があって、痰が絡んだ咳もしています。
食事の量も減っています。
水分もあまり摂れません。
さきちゃんのお父さん・お母さんは「咳が強いために、のどが腫れて、食べ物や水分がのどに滲みるのではないか」と心配しています。
こういう子どもを診察するとき、のどの所見が気になるからといって最初に口の中を診るのは、あまりいい順番ではありません。
最初に口を診ると、子どもは必ずと言っていいほど泣いてしまいます。
子どもは口の中を覗かれるのが嫌いですし、ましてや舌圧子で舌を抑えられて、のどを見られようものなら泣き叫びます。
泣いている2歳児の胸に聴診器を当てても、泣き声しか聞こえてません。
呼吸の音というのは本当に小さな音なので、口を覗いた後に胸の音を聞こうとしても、もう聴診器で呼吸の音を聞くことはできないでしょう。
また、強く泣けば、顔は真っ赤になって、耳鏡で鼓膜を診ても真っ赤に見えてしまうかもしれません。
こうなれば中耳炎かどうかも分かりません。
最初に胸を聞き最後に口を診る
こういうトラブルを防ぐため、小児科医はまず胸を聞き、耳を診て、最後に口を診るようにしています。
さて、さきちゃんが診察室でも咳をしました。
その咳は、オットセイが鳴くような低い音の咳です。
これを犬吠様咳嗽(けんばいようがいそう)と言います。
日本の犬は「ワンワン」と泣きますが、アメリカの犬は「バウワウ」と泣きます。
犬吠様咳嗽は「バウワウ」とした低い音の咳のことです。
小児科の先生は「家では、声が嗄(か)れていませんでしたか?」と聞いてきますした。
そういえば、今朝のさきちゃんは声が嗄れていました。
先生にそう伝えると「クループ症候群でしょうね。口の中を診ることはやめておきましょう」と言いました。
口の中を診ないほうがよい病気もある
クループ症候群は声門の周りに炎症を起こして、声がかすれ、呼吸がしにくくなる病気です。
強く泣くと呼吸が苦しくなってしまうので、疑ったときは「あえて口を診ない」という選択肢もあります。
もちろん、嗄声(させい)をきたす病気として、喉に何かを詰まらせていること(いわゆる異物誤飲)もありますので、誤嚥が疑わしいときには慎重に喉を見ることもあります。
痛くない場所から触る
しんご君は13歳の中学生です。
昨日からお腹の右下がすごく痛くて我慢できません。
お父さん・お母さんは虫垂炎(いわゆる盲腸)を心配しています。
こういうとき、ついつい痛がっている右下腹部をぐりぐり触りたくなるのが医者です。
触るとどれくらい痛いのか、つい知りたくなるのです。
ですが、痛い場所を触ると、お腹の筋肉が緊張して硬くなり、腹部全体の柔らかさが分かりにくくなります。
お腹の柔らかさを診察することは、筋性防御という腹膜炎の所見をとるのに大事です。
お腹は痛くない場所を先に触わるのが正解なのです。
まとめ
診察一つにしても、小児科医は独特のテクニックを持っています。
さりげない診察ですが、小児科医はその順番には気を配っています。
それはすべて、正しく子どもを診療するための小児科医の技術なのです。
このような小児科医独特の考え方をもっと詳しく知りたい人には、こちらの本をお勧めします。
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