妊娠中にアレルギー性鼻炎は悪化しますか?

「妊娠中に鼻炎は悪化しますか?」

とても気軽なクリニカルクエスチョンだと思ったんです。
調べればすぐに答えが出ると。

しかし、調べれば調べるほど、混迷が深まりました。
実はとても難しいテーマなのかもしれません。

今回は妊娠中のアレルギー性鼻炎について考えてみます。

妊婦の鼻炎と小児科医

小児科医はお母さんと接する機会が多い職業です。
そのお母さんが妊娠中であったり、授乳中であったりすることはよくあります。

妊娠中または授乳中のお母さんから「鼻炎の薬を使ってもいいんでしょうか?」と質問されることは、小児科医であればよく経験するでしょう。
妊娠中または授乳中の薬については、別の記事で書きます。

小児科医がよく接する妊婦さんが、偶然鼻炎を持っているということは稀ではありません。
その鼻炎は、妊娠中に少しは楽になるのでしょうか。
それとも、妊娠中にもっとしんどくなるのでしょうか。

妊娠と鼻炎:アンケート調査編

そもそも、妊娠によって鼻炎の症状はどうなるのでしょうか。

  • 多くの場合、悪化する。
  • 多くの場合、改善する。
  • なんとも言えない。悪化する人もいれば改善する人もおり、変わらない人もいる。

この3つのうちのどれかになります。

妊娠とは、胎児という異物を体内に宿すことです。
なんとなく、異物に対するアレルギー反応が弱まりそうな気がします。
ハウスダストやスギ花粉などの異物に対しても優しくなれそうな気がします。

ちなみに、異物に対して過剰な免疫応答を抑えることができるようになることを「寛容」と言います。
「寛容」というと、広い心を持った器の大きな大人のイメージです。

妊娠すると、免疫的に寛容するのではないかと私は思っていました。
つまり、妊娠中は鼻炎は軽くなると思ってました。

ですが、当院の産婦人科医3人にアンケートをとってみると、意外な結果になりました。
なんと、産婦人科医3人ともが「妊娠中は鼻炎が悪化しているような気がする」と言ったのです。
(ちなみに、妊娠によって湿疹ができる妊婦さんも多く、ステロイド外用薬がよく効くということも教えてもらいました。妊娠は鼻炎だけでなく、アトピー性皮膚炎も悪化させるのでしょうか)

腑に落ちません。
病棟や外来の看護師さんにも聞いてみました。

  • 確かに妊娠中は鼻炎が悪化したかも。
  • 悪化したというより、抗ヒスタミン薬を飲まないようにしたので辛かった。
  • 私は鼻炎じゃないので分かりません。
  • そんな昔のことは忘れました。

いろいろな意見が返ってきました。
ですが、鼻炎が改善したという意見は聞けませんでした。

最後に、私の妻にも聞いてみました。
私の妻はスギ花粉によるアレルギー性鼻炎です。

  • 一人目は秋生まれだったから春先しんどかったけど、二人目は春生まれだからしんどくなかった。

なるほど、これが噂の季節バイアス

注:季節バイアスとは、被質問者が質問を受けた季節や時期によって答えが偏るというものです。

確かに季節性鼻炎の場合は、妊娠した時期によってアンケート結果が大きく変わってきます。
このままアンケート調査を続けても、バイアスにまみれた不正確なデータしか集まりません。

岡本
「これは大変なことになってきた」

私はそんなことを考えつつ、文献的考察へと手法を切り替えました。

妊娠と鼻炎:文献考察編

私は文献考察する手順は決まって同じです。

  1. google検索でイメージをつかむ。
  2. 医中誌検索でイメージを膨らませる。
  3. pubmedで補完する。

まずはgoogleで「妊娠 鼻炎」と検索してみます。
「妊娠性鼻炎」という言葉がHITしました。
医師国家試験でも産婦人科研修でも聞いたことがないフレーズです。

妊娠性鼻炎とは、ホルモンやら免疫的な過敏性亢進やらで鼻炎が悪化することだそうですが、よく分かっていない概念のようです。
鼻漏の原因に「ホルモン」という言葉が出てくるあたり、よく分かってなさがひしひしと伝わってきます(皮肉のつもりではありません)。

ただ、とりあえずgoogleで分かったのは、妊娠で鼻炎が悪化すると思っている人が少なからずいるということでした。

イメージはつかめましたので、次に医中誌で検索してみます。

まず覚えたばかりの「妊娠性鼻炎」で検索してみました。
たった3件しかHITしません。
妊娠性鼻炎についての解説は1つもありませんでした。
あまり学術的な言葉ではないのかもしれません。

「妊娠 鼻炎」と分けて検索しなおしましたが、妊娠中に鼻炎が悪化するメカニズムについての論文は見つけられませんでした。

あまりイメージは膨らみませんでしたが、最後にpubmedで調べてみます。

Allergic diseases and asthma in pregnancy, a secondary publication.(World Allergy Organ J. 2017; 10: 10.)という論文がありました。
妊婦さんがリンゴを持っているという不思議な写真つき論文です。
(私にとってリンゴとは、口腔アレルギー症候群か、アダムとイブか、死神リュークかです。前二者は鼻炎または妊婦と関係あるかもしれません)

要約だけ和訳します。

妊婦の5人に1人はアレルギー、特に鼻炎および喘息の影響を受けます。
妊娠前のアレルギー症状は、妊娠中において、弱まっているか、または変わらず、しばしば増悪しています。
母親と赤ちゃんの健康を守るためには、妊娠中の最適なアレルギーと喘息の診断と管理が不可欠です。
妊娠中のアレルギー診断では、採血検査が行われるべきです。
皮膚検査や負荷試験は出生まで延期されるべきです。
アレルギーが確認された妊婦は、アレルゲンへの暴露を避けるべきです。
アレルゲン免疫療法は、妊娠中に開始すべきではありません。
妊娠前から免疫療法を受けている患者では、維持療法を続けることができますが、アレルゲンの投与量をさらに増やすべきではありません。
喘息、鼻炎、または妊娠中の皮膚症状に適用可能な薬物が議論され、リストされています。
結論は以下です。
i)妊娠中のアレルギーは、優先的に採血検査で診断されるべきです。
ii)アレルゲン免疫療法は継続することができますが、開始すべきではありません。また対症療法は注意深く選択されなければなりません。
iii)妊娠中に母親と子どもの健康のために喘息やアレルギー疾患の管理が重要です。

大事な部分をさらに抜きだします。

妊娠前のアレルギー症状は、妊娠中において、弱まっているか、または変わらず、しばしば増悪しています。

文献的な考察を終えて、私はこう思いました。

岡本
「これは大変なことになってきた」

樹状細胞による鼻炎への影響

問題解決の糸口すら見つからないまま、月日が流れました。

2017年8月20日のことです。
私は第52回日本アレルギー学会専門医教育セミナーに行ってきました。

そこで、面白い講義を聞けました。
妊娠と樹状細胞(DC)とアレルギーについてです。

妊娠中はプロゲステロンという妊娠を維持するホルモンが増加します。
このプロゲステロンはDC2を増加させます。
DC2は異物保持型の樹状細胞であり、妊娠を継続させるいっぽう、IL-10というサイトカインを放出します。
IL-10は体液性免疫を優位にし、Ⅰ型アレルギー反応であるアレルギー性鼻炎を増悪させます。

つまり、妊娠が鼻炎を増悪させるという基礎医学的な裏付けを知ることができました。

まとめ

妊娠中、プロゲステロンというホルモンが樹状細胞を刺激し、鼻炎が悪化するというメカニズムがあるようです。

ですが、鼻炎は季節や時期によって症状が変化し、また妊娠中は抗ヒスタミン薬が控えられるケースもあります。
様々な因子が鼻炎の症状を修飾し、すべてを一元的に説明することはできないでしょう。

そして「暗闇に偶然光が差すこともある」という哲学的な命題を残して、この記事を終えます。