子どもの鼠径ヘルニアの手術時期。

第108回の国家試験からの問題です。

2か月の男児。
右下腹部の膨らみを主訴に母親に連れられて来院した。
全身状態は良好であり、機嫌もよい。
膨らみを触れても痛がる様子はない。
強く押すと消失するが離すとまた膨らむ。

母親への説明として適切なのはどれか。

a「緊急手術が必要です」
b「膨れた時には浣腸してください」
c「いつもより哺乳量を減らしてください」
d「時々押して平らになることを確認してください」
e「できるだけ泣かさないように注意してください」

正解は最後に書きます。

鼠径ヘルニアに関する専門家は、小児外科の先生です。
鼠径ヘルニアの相談を受けた小児外科医は、適切な手術の時期を決めます。

いっぽうで、鼠径ヘルニアを最初に認識するのは多くの場合、小児科医です。
それは4か月健診や10か月健診のときかもしれませんし、または「陰部が腫れている」ことにお母さんが気づいて小児科外来に子どもを連れてきたときかもしれません。

私が鼠径ヘルニアを見つけた場合、すぐに小児外科に相談します。
その後のことは小児外科の先生にお任せしていますので、いつ頃手術されているのか今まであまり考えたことがありませんでした。

今回は、子どもの鼠径ヘルニアの手術時期について考えてみます。

鼠径ヘルニアとは

赤ちゃんがまだお腹の中にいるときのことです。
赤ちゃんの腹膜は、ふとももの付け根にある鼠径管という隙間を通って、一部が突出します。
この突出を「腹膜鞘状突起(ふくまくしょうじょうとっき)」といいます。

腹膜鞘状突起は生まれるまでになくなってしまうことが多いのですが、時々残ってしまうことがあります。
腹膜鞘状突起の中に小腸などの臓器が迷いこめば鼠径ヘルニア、水が流れ込めば精索水瘤や陰嚢水腫、Nuck管水腫となります。

すごく簡単に言うと、本来お腹の中におさまっているべき腸が、ふとももの付け根にまででてきてしまうことを鼠径ヘルニアといいます。
俗に「脱腸」という呼ばれ方もされます。

余談ですが、上記のようなヘルニアを正確には「外鼠径ヘルニア」といいます。
鼠径管の内側を通るのに、外鼠径ヘルニアというのは、非常にまぎらわしく、逆にそのまぎらわしさゆえに、医学生を含めて医者の中では常識といえる知識です。

鼠径ヘルニアの手術時期

鼠径ヘルニアはいつ頃手術されているのでしょうか。

私が持っている「系統小児外科学」にはこう書いてありました。

外鼠径ヘルニア自然治癒する可能性は低く、ことに低年齢(とくに6か月未満)では嵌頓の危険性もあるため、診断がつきしだい手術するほうが望ましい。

系統小児外科学改訂第2版 P674

私が外来でお母さんに説明するときによく使う「お母さんに伝えたい子どもの病気ホームケアガイド」にも同様の記載があります。

治療:外科医にもう一度診察してもらい、なるべく早めに手術を受けましょう。

お母さんに伝えたい子どもの病気ホームケアガイド第4版 P353

ここまで紹介した本は早期手術を勧めています。
ですが、これとは逆に、待機的に手術するという方針もありました。

鼠径部ヘルニア診療ガイドライン2015に小児の鼠径ヘルニアの手術時期について書いてありました。
ガイドラインのP89-90に該当します。

実際に読んで頂けるとよいのですが、簡単にまとめます。

  • 鼠径ヘルニアの手術時期については早期手術と待機的手術の両方の考え方があります。
  • 具体的には「診断がつき次第ただちに手術する」「生後3か月ごろに手術する」「生後6か月ごろに手術する」「生後9か月頃に手術する」「診断から6か月後に手術する」など様々な意見があります。
  • 新生児はまだ組織が弱く、全身麻酔の懸念もあるので、原則的には手術は推奨されません(嵌頓の危険性がある場合はのぞきます)。
  • 生後1か月以降については、「Adopt a wait-and-see attitude for patent processus vaginalis in neonates.(J Pediatr Surg. 2003; 38: 1371-3.)」という論文を根拠に、生後9か月まで手術を待つことを弱く推奨します。
  • 手術時期を最終的に決定するのは小児外科専門医です。

手術を9か月まで待つという根拠になった論文「Adopt a wait-and-see attitude for patent processus vaginalis in neonates.(J Pediatr Surg. 2003; 38: 1371-3.)」がとても気になりますね。
さっそく読んでみましょう。

117人の新生児(うち37人は早産児)のうち、鼠径管から腸が脱出していたのは14人(うち早産児は8人)いました。
そのうちフォローしたのはおよそ1/3です。
つまり、鼠径管から腸が脱出していたのは児でフォローできたのはおよそ4人(うち早産児は2人)です。(正確な人数は論文からは分かりません)
ほとんどの鼠径ヘルニアは両側性(つまり、1人の鼠径ヘルニアの児が2つの鼠径ヘルニアを持っている)であり、鼠径ヘルニアの数で言えば7例ありましたが、そのうち手術に至ったのは2例で、それ以外の5例は約9か月の観察で自然閉鎖しました。

私がこの論文を読んだ感想としては、対象となった児の数が少ないように感じました。
生後9か月までヘルニアが自然に治る可能性はあるのでしょうが、そこまで待っても安全であるという根拠にはならないように感じました。

まとめ

子どもの鼠径ヘルニアの手術時期について勉強しました。
以上のように、冒頭の問題は「緊急手術が必要です」は正解とは言えないようです。
消去法からdの「時々押して平らになることを確認してください」が正解のようです。

ですが、ガイドラインにも書いてある通りですが、早期手術も待機手術もそのエビデンスは乏しく、「手術時期を最終的に決定するのは小児外科専門医」ということになりそうです。

小児科医にできることは、鼠径ヘルニアを正しく診断し、速やかに小児外科医に相談するという現状の対応を継続することです。
(加えて、嵌頓時に整復できることでしょうか)

そういう意味で、冒頭の問題の真の答えは「小児外科の先生に相談しましょう」というべきだと私は思います。

なお、本文中で触れた「お母さんに伝えたい子どもの病気ホームケアガイド」は一般の人向けに分かりやすく書かれ、値段も(医学書に比べると)手頃ですので、お薦めします。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。