心理学で徹底解明!夜尿症にアラーム療法が有効なのはなぜか。

5歳になっても月に1回以上のおねしょを連続3か月するとき、夜尿症と診断されます。
5歳のうちは様子を見ますが、6歳になっても週に3回以上おねしょをする場合は、小児科に相談してみるのがよいでしょう。

夜尿症の基本は「起こさない、焦らない、怒らない」です。

「起こさない」のが基本としつつ、夜尿症では「アラーム療法」というおねしょをしたらアラームが鳴って子どもを起こすという治療法が確立しています。
これって、矛盾しているように感じませんか?

「起こさない」と「アラーム療法」

夜尿症の子どもは、おねしょをしてしまうことで自尊心を傷つけられています。
自信を失っています。
そんな子どもの前で、お父さん・お母さんがおねしょに対して焦っていたり、怒ったりしたら、落ち込んでしまうでしょう。
「焦らない、怒らない」が夜尿症の基本であることは、理解できるはずです。

では「起こさない」というのは、どうしてなのでしょうか。

夜尿症の積極的治療の一つに「アラーム療法」というのがあります。
パンツの中に水分を感知すると鳴るアラームをセットしておき、夜尿があるとアラームが鳴って、子どもが起きます。
これを3~4か月続けると、条件付けがされて、夜中におねしょしなくなることがあります。
アラーム療法は夜尿症の2/3に有効とされています。

「起こさない」が基本なのに、「アラーム療法」で起こすのは矛盾しているように感じます。

この疑問は、「アラーム療法」がどうして夜尿症に有効なのかを理解すれば、解決します。

アラーム療法がなぜ夜尿症に有効なのか

アラーム療法とは、水分を感知して鳴るアラームを寝る前にパンツにセットします。
夜間にアラームが鳴れば、アラームをとめて、トイレに行き、残りの排尿を済ませ、パンツやパジャマやシーツを替えて、寝ます。

ネルソン小児科にアラーム療法に対して面白い記載がされています。

アラームは「コーチ」であり、小児は「プレイヤーである」と助言する。
体内および体外の正のバイオフィードバック信号により、膀胱の中枢神経系コントロールが加速することを助言する。

ネルソン小児科学

 

バイオフィードバックは、聞きなれない言葉だと思います。
私は知らなかったので、wikipediaで調べました。

バイオフィードバック(生体自己制御、Biofeedback)とは、人間の、不随意筋の働きによる心拍のような通常では自覚・制御が難しい現象を、センサー等により検出して人間が感覚できる音や光などに変換し対象者に自覚させるフィードバック、および、その利用によりそういった現象を意識的に制御する技術、技法。

wikipedia

要するに、「おねしょ」という無意識の現象を「けたたましいアラーム」という音声に変換し、子どもに自覚させることをバイオフィードバックと言います。
そして「けたたましいアラーム」によって「おねしょ」を意識するという行為を繰り返すと、そのうち「おねしょ」をコントロールできるようになるのです。

本当にそんなことができるの?と疑問を持ちますよね。
でも、みなさんも無意識のうちにバイオフィードバックを経験しているはずです。

身近なバイオフィードバック

「パブロフの犬」という実験を知っているでしょうか。

  1. イヌにメトロノームを聞かせる。
  2. イヌにえさを与える。イヌはえさを食べながらつばを出す。
  3. これを繰り返す。(上記の二つのプロセスを条件付けという)
  4. すると、イヌはメトロノームの音を聞いただけで、唾液を出すようになる。

梅干しを見ると、自然に唾液が出ますよね。
私は「シゲキックス」という言葉を聞くだけで、つばが出てきますし、なんだか酸っぱい味すら感じてしまいます。

これは古典的条件付けというもので、実はバイオフィードバックとは対をなす条件付けです。
ですが、条件付けをイメージしやすいと思います。
繰り返すうちに、無意識に体にしみつくイメージです。

バイオフィードバックはオペラント条件付けの一種になります。
オペラント条件付けというのは「報酬」と「罰」による学習と考えてもらうとよいでしょう。

オペラント条件付けとして有名な、スキナーの実験を紹介します。

箱の中にはレバーがあり、押すとえさが出てくる仕掛けになっています。
ネズミはレバーを押すとえさが出ることは知らないため、空腹のままうろうろしますが、そのうち偶然レバーをさわってえさを得ることがあります。
何回か偶然が重なるうち、レバーを押せばエサがもらえるということを学習します。

次にレバーを押すと電流が流れるようにしました。
ネズミはレバーに触ると電流が流れ、嫌な目に合います。
これを繰り返すうちに、ネズミはレバーに触らなくなりました。

牡蠣を食べてお腹の調子が悪くなった経験をして、牡蠣を嫌いになった人を私は知っています。
その人は、ほとんどの牡蠣が食べても安全であることを頭では理解しています。
ですが、もう牡蠣は食べたくないようです。
体が牡蠣を拒否すると言っていました。
よほど酷い目にあったんでしょうが、これもオペラント条件付けの例だと思います。
無意識に染みついてしまったんでしょうね。

アラーム療法のバイオフィードバック

アラーム療法に話を戻します。
夜間におねしょをすると、アラームが鳴ります。
子どもは心地よい眠りの世界から現実へ引き戻されます。
そしてアラーム療法で重要なのは、起きた子どもはそのままアラームを止めてまた眠ってはいけないという点です。
起きて、トイレに行って残りの排尿をすまし、パンツを替え、パジャマを替え、シーツを替えます。
子どもが負担するストレスを考えると、かわいそうに思えます。
ですが、このストレスこそアラーム療法の根幹です。

アラーム療法では、子どもはおねしょをすると起こされるという嫌な目に合います。
そして、おねしょをしないで済めば、朝までぐっすり眠れます。
これを繰り返すと、条件付けがされ、おねしょをしなくなります。

「起こさない」の意味

ここまで理解できれば、「アラーム療法」が「起こさない」と全然違うことが分かるはずです。

「起こさない」というのは、「お母さんがまだおねしょをしていない子どもを例えば夜の0時に起こしてトイレに行かせるということをするな」という意味です。

まだおねしょをしていないのに起こされても、子どもは条件付けされません。
熟睡を妨げるお母さんの存在を嫌いになるだけです。

では、夜に子どものパンツを確認して、濡れていれば起こすというのではどうでしょうか。
これも意味がないことです。
パンツが濡れたことにお母さんが気づいたのは、おねしょをしてから1時間とか2時間とか経過しているかもしれません。
おねしょをした瞬間に起こしたのでなければ、子どもはおねしょをしたからという原因と、起こされたという結果を結び付けることができません。

おねしょをしたら、その瞬間に起こされるという状況が大切なのです。
これを繰り返していれば、おねしょをすることが嫌いになります。
そして、おねしょをしなくなります。

時々、アラームを嫌いになる子どももいます。
これもまたオペラント条件付けです。
アラームをパンツに入れるだけで、不愉快な気持ちが襲い掛かってくるのでしょう。
だからこそネルソン小児科には「アラームをコーチと思うように助言しろ」とあるのです。

アラームはなかなか厳しいコーチです。
もしおねしょをしなかったら、子どもをいっぱい褒めてあげましょう。
誉められたという経験も、オペラント条件付けになります。
結果さえ伴えば、子どもも厳しいコーチを好きになれるでしょう。

多くの子どもでアラーム療法は有効ですが、3人に1人は効果がない場合があります。
そういう子どもはアラームをだんだん嫌いになるでしょう。
アラームが嫌いになってしまった場合は、薬物療法に切り替えるタイミングかもしれません。

まとめ

  • アラーム療法はオペラント条件付けに基づいたバイオフィードバックです。
  • 「おねしょをしたから起こされる」という状況が大切です。
  • 「おねしょをしたから起こされる」という状況が続くと子どもはおねしょが嫌いになります。
  • 「おねしょをしていないのに起こされる」という状況では子どもはお母さんを嫌いになります。
  • おねしょをしてしばらく経ってから起こされても、子どもはどうして起こされたのか理解できません。
  • 「起こさない」というのは、「おねしょをしていないのに起こすな」という意味と「おねしょをして時間が経ってから起こすな」という意味です。
  • おねしょをしなかったときは、いっぱい褒めましょう。アラーム療法は誉めるとセットでより成功率が上がります。
  • アラームを嫌いになったときは、無理せず他の治療を考えましょう。

夜尿症診療ガイドラインでは、アラーム療法とともに薬物療法も奨められています。
どちらの治療の推奨度も同じです。

アラーム療法は間違いなく有用な治療法ですが、夜間に子どもがアラームで起こされるのがかわいそうという気持ちが出てきます。
治療を途中でやめてしまう子どももいます。
またアラームの購入に費用がかかります。
夜尿症の治療について、症例提示についてはこちらを参照ください。

アラーム療法を選択するか薬物療法を選択するかは、小児科の先生と一緒に決めるのが良いでしょうね。

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。