アドレナリンはアナフィラキシーに対する第一選択薬であり、最も重要な薬剤と言ってよいでしょう。
アドレナリンを適切に投与することで、アナフィラキシーによる死亡を防げます。
私は食物経口負荷試験を年間200件ほど行っていますので、私の目の前でアナフィラキシーを含めたアレルギー症状はしばしば起きます。
そのため、アドレナリンはいつでも筋肉注射できるように、常に準備しています。
ですが、アレルギー症状が起きれば常にアドレナリンを筋肉注射するわけではありません。
アナフィラキシーかどうか、その重症度が中等症か重症なのかどうか、過去のアレルギー歴はどうなのか、これらを加味してアドレナリンを使わなかったり、使ったりします。
今回は、アドレナリンを筋肉注射するタイミングについて考えます。
アナフィラキシーガイドラインでは
まず、日本アレルギー学会のアナフィラキシーガイドラインを確認してみましょう。
アドレナリンの適応
- アドレナリン筋注の適応は前出のアナフィラキシーの重症度評価におけるグレード3(重症)の症状(不整脈、低血圧、心停止、意識消失、嗄声、犬吠様咳嗽、嚥下困難、呼吸困難、喘鳴、チアノーゼ、持続する我慢できない腹痛、繰り返す嘔吐)である。
- 過去の重篤なアナフィラキシーの既往がある場合や、症状の進行が激烈な場合はグレード2(中等症)でも投与することもある。
- 気管支拡張薬吸入で改善しない呼吸器症状もアドレナリン筋注の適応となる。
アナフィラキシーガイドライン p14
日本のガイドラインにおけるアドレナリンの適応は、「中等症のアナフィラキシーであれば、状態を丁寧に観察しながら、アドレナリン注射を少し待ってもいい」と解釈することもできます。
アドレナリン自己注射薬であるエピペン®の適応についても、アナフィラキシーガイドラインには次のように定めています。
一般向けエピペン®の適応
エピペン®が処方されている患者でアナフィラキシーショックを疑う場合、下記の症状が一つでもあれば使用すべきである。
消化器の症状
- 繰り返し吐き続ける
- 持続する強い(我慢できない)腹痛
呼吸器の症状
- のどや胸が締め付けられる
- 声がかすれる
- 犬が吠えるような咳
- 持続する強い咳き込み
- ゼーゼーする咳
- 息がしにくい
全身の症状
- 唇や爪が青白い
- 脈を触れにくい・不規則
- 意識がもうろうとしている
- ぐったりしている
- 尿や便を漏らす
アナフィラキシーガイドライン p22
上記の症状は、いずれも重症のアナフィラキシーのサインを示しています。
日本のガイドラインからは「アドレナリンは重症なアナフィラキシーに投与するのが基本だ」という印象を受けます。
(あくまで私の印象です)
Up to dateでは
いっぽう国際的には、アドレナリンのタイミングについてどのように考えられているのでしょうか。
Up to dateで調べてみます。
(Up to dateが国際基準なのかどうかは、議論しません)
個々の患者におけるアナフィラキシーの経過が、どの程度重症化するのか、どの程度急速に進行するのか、二相性の経過となるのか、長引くかを予測することはできません。
したがって、生命を脅かす症状への進行を防ぐためには、アドレナリンの早期投与が不可欠です。
Up to dateでは、アドレナリンのタイミングに「重症度」という概念が出てきません。
「アナフィラキシーであれば、中等症であってもすぐにアドレナリンを!」という姿勢が感じられます。
(ちなみに、アナフィラキシーの診断基準は、国内外で変わりません)
エピペンの適応も見てみましょう。
ほとんどが日本の適応と同じなのですが、次の2つが違います。
- 過去にアナフィラキシーを起こしたことがあり、今現在アレルゲンの摂取が疑われ、広範囲のじんましんが出現している。
- 以前に重度のアナフィラキシーを引き起こしたアレルゲンを確実に食べた。この場合は、症状が出る前に自己注射器を使用することが妥当である。
Up to date: Prescribing epinephrine for anaphylaxis self-treatment
Up to dateでは、仮に無症状であっても、エピペンを使っていい状況を記載しています。
これは、皮膚症状だけであればアドレナリンを使わない日本の基準とは対照的な印象を受けます。
アドレナリンを早期に使うメリット
重症なアナフィラキシーを選んでアドレナリンを使うのか。
それとも、今現在は中等症であっても早期にアドレナリンを使うべきか。
これは難しい問題です。
アドレナリンに絶対的な禁忌がないとはいえ、副作用に関する懸念はあるでしょう。
(ちなみに、エピペン®使用者の3.7%に有害事象がありましたが、全例回復していることも付記します)
ですが、アドレナリン早期投与のメリットについての報告はいくつもあります。
カナダ横断アナフィラキシー研究(Cross-Canada Anaphylaxis REgistry)では、救急外来に到着する前のアドレナリン投与は、救急外来でのアドレナリンの複数回投与のリスク低下と関連する唯一の因子でした(オッズ比0.2; 95%CI 0.0-0.6)。
Increasing visits for anaphylaxis and the benefits of early epinephrine administration: A 4-year study at a pediatric emergency department in Montreal, Canada. J Allergy Clin Immunol. 2016; 137: 1888-1890.e4.
また、救急外来到着前にアドレナリンを投与された食物誘発性アナフィラキシーの小児は、救急外来でアドレナリンを投与された小児と比較して、入院する可能性が低い(17% vs 43%; P < 0.001)ことが報告されています。
Early Treatment of Food-Induced Anaphylaxis with Epinephrine Is Associated with a Lower Risk of Hospitalization. J Allergy Clin Immunol Pract. 2015; 3: 57-62.
アドレナリンは、二相性アナフィラキシーと呼ばれる、「いったんアレルギー症状が落ち着いた数時間後に、再び起きるアナフィラキシー」を予防する可能性があります。
初期のアナフィラキシー反応をエピネフリンで早期に治療することは、二相性アナフィラキシーを発症するリスクを低下させます。
2007年の報告では症状から30分以内のアドレナリン筋肉注射が二相性アナフィラキシーのリスクを減らしました。
Incidence and characteristics of biphasic anaphylaxis: a prospective evaluation of 103 patients. Ann Allergy Asthma Immunol. 2007; 98: 64-9.
2015年の報告では90分以上アドレナリン筋注が遅れると、二相性アナフィラキシーが有意に増えました。
Priority role of epinephrine in anaphylaxis further underscored—the impact on biphasic anaphylaxis. Ann Allergy Asthma Immunol. 2015; 115: 165.
日本の救急体制の仕組みからは、アドレナリン筋注が90分以上遅れることは想像できません。
ですが、30分以内に投与しようと思うと、迅速な判断が必要となるでしょう。
まだ重症ではない中等症のアナフィラキシーに対して、アドレナリンを早期に注射するという判断を後押しする報告は積み上げられています。
新型コロナウイルスワクチンに備えて
新型コロナウイルスワクチン接種にともなう重度の過敏症(アナフィラキシー等)の管理・診断・治療にも、アドレナリン筋肉注射の適応が記載されています。
「アナフィラキシーが疑われた」時点で可能な限り素早く大腿部中央の前外側等にアドレナリン(ボスミン®)(0.01mg/kg、最大 0.5mg)あるいはエピペン®注射液 0.3mg の筋肉注射を実施する。
ここには、アナフィラキシーの「重症度」という言葉は出てきません。
「可能な限り素早く」という言葉が、強いメッセージとなっています。
(個人的には「アナフィラキシーが疑われた」よりも、「可能な限り素早く」がポイントだと思っています。アナフィラキシーかどうかは速やかに判断できるので)
この文章を読んだとき、私は「国際的な基準に近い」と感じました。
今後、より安全なワクチン接種を進めていくためにも、「可能な限り素早く」というメッセージを強調していきたいと思いました。
まとめ
- アナフィラキシーであれば、中等症であっても国際的にはアドレナリン適応あり。
- 過去にアナフィラキシー歴がある物質を摂取した場合、症状が皮膚症状だけであったり、または無症状であっても、国際的にはアドレナリン適応あり。
- 新型コロナワクチンによるアレルギー対応は国際基準に近く、アナフィラキシーであれば、中等症であってもアドレナリン適応あり。
もしアドレナリンを注射するなら、30分以内に注射したいとも思いました。