序文:医療崩壊から学んだ教育改革。


本記事は、初期研修医・総合診療医のための 小児科ファーストタッチの序文です。

医療崩壊から学んだ教育改革

兵庫県立柏原病院は、医師不足による医療崩壊を経験した地方基幹病院です。
医師不足を解消すべく、柏原病院が2013年に打ち出した施策は教育改革でした。
優れた医学教育を提供し続けることで、初期研修医にとって魅力のある病院にしようと取り組みました。

まず、初期研修医がどのような教育を受けたいのかを調査しました。
柏原病院では、初期研修医と指導医が月に1回ミーティングをし、指導医が教えたいこと、初期研修医が学びたいことが一致するように努力しています。
そのミーティングの結果、初期研修医の多くが「外来に子どもが来たときに、一人で対応できるようになりたい」と述べました。

なるほど、それまでの初期研修医に対する小児科教育は「入院患者の担当医として勉強すること」に偏っていました。
入院患者は外来患者とは違って、カンファレンスでゆっくり話し合うことができます。
教科書や論文を読んで、治療方針を熟考することもできます。
問題が起きたときもその都度対応できます。
少なくても私は、初期研修医はまず病棟の入院患者から勉強するのが適切だと考えていましたし、私自身もそのような教育を受けてきました。
将来小児科医になりたいと考えている初期研修医にとって、この「まずは病棟から」という教育方針は適切かもしれません。
病棟診療で経験を積み、ある程度成長して小児科医となってから外来診療を学べばよいでしょう。

ですが、多くの初期研修医は小児科医にはなりません。
彼らは内科医・外科医となることを目指しつつ、2年間のローテーション研修の一つとして小児科を選んでいるだけです。
小児科医を目指す初期研修医とローテーション研修の一つとして小児科にやってきた初期研修医とでは、異なった教育がなされるべきです。
小児科医にならない初期研修医にとって、小児科研修は長い医師人生の中で唯一子どもに特化した教育を受けられる期間なのです。

非小児科医にこそ学んで欲しい小児科ファーストタッチ

将来小児科医になるわけではないけれど、それでも子どもの初期対応くらいは自信を持ってできるようになりたい。
初期研修医の想いが、柏原病院の研修医ミーティングで明らかになりました。
初期研修医は「外来に来た子どもに、まずは何をするべきなのか」というテーマに強い関心を持っています。
研修医ミーティングを経て、彼らに必要な教育は入院患者に対する専門的な治療よりも、小児科外来や救急外来における「子どもへのファーストタッチ」であると私は感じるようになりました。
最新のエビデンスに基づいた専門的な治療は、小児科専門医が引き継いでから行えばよいのです。

ファーストタッチというのは、どのような病気を考え、どのような検査と処置を計画し、どうなれば帰宅、どうなれば入院になるかということを頭にしっかり思い浮かべながら、問診と診察と検査をすることです。
鑑別疾患を広く考え、見落としなく診療を進めて行くことが大切です。
そのため、本書では総論をできるだけ詳しく書きました。
そして、小児科学の入門書として分かりやすくなるように、大切なことは何度も繰り返し書きました。
小児科学をある程度知っている人には、くどいと感じるかもしれません。
ですが、このくどさこそ教育であると思っています。

いっぽう、小児科研修の後半になって、ある程度診断能力が向上しきたら、鑑別疾患はスムーズに立てられるようになるでしょう。
そういう場合は、本書の各論を外来診療のリソースとして使用してください。
各論はポケットリファレンスとして機能するように、シンプルにまとめました。

入院を要する疾患の治療については簡略して記述しました。
これは、入院後の治療をある程度知っておくことで、外来での対応をスムーズに行うことを目指したためです。
入院後の詳細な管理のリソースとして、本書は適切ではありません。
本書はあくまで「外来に来た小児に対してどのようなファーストタッチを行い、どのタイミングで小児科専門医に相談するか」を目的に書かれています。

「子どもは小児科医が診る」という時代は続かない

初期研修医が小児科を効率よく研修をするためのリソースとして本書は書かれました。
これは、初期研修医に優れた医学教育を提供することで、兵庫県立柏原病院に初期研修医が集まり、彼らはやがて成長し、その後も病院をきっと支え続けてくれるだろうという計画の中の一つです。
教育の成果は実を結び、2018年の基本的臨床能力評価試験において、当院の2年目研修医は391病院中6位という成績でした。
柏原病院の研修医数、医師数はともに増加しており、医師不足問題は解決に向かっています。

小児科医が偏在・不足する中、子どものファーストタッチが小児科医ではないという地域は増えていくと思います。
自信を持って子どもへのファーストタッチを行える医師が増えてくれると、私たち小児科医の仕事も楽になります。
初期研修医を教育するのは、彼らのためだけではありません。
彼らを適切に教育することで、回り回って小児科医である私の負担も楽になるはずです。

小児科専門医ではない医師が、自信をもって子どものファーストタッチができる。
くどいくらいに教育的な総論と、シンプルな各論を併せ持った本書がその一助となることを願います。
本書を通して、子どもを診ることができる医師になりませんか?

兵庫県立柏原病院 小児科医長
岡本 光宏

ABOUTこの記事をかいた人

小児科専門医、臨床研修指導医、日本周産期新生児医学会新生児蘇生法インストラクター、アメリカ心臓協会小児二次救命法インストラクター、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野に入局。現在、おかもと小児科・アレルギー科院長。専門はアレルギー疾患だが、新生児から思春期の心まで幅広く診療している。