保育園から「RSウイルスの検査をしてください」と頼まれるたびに、私には思うところがあります。
1歳以上の生来健康な子どもに対して、RSウイルス検査はどれだけの価値を持つのでしょうか。
そんなことを考えながら、子どもとポケットモンスターのゲーム(正確には、ポケモンクエスト)をしていたときです。
ふと閃きました。
「ポケモンの世界なら、RSウイルスの検査に価値を見出せそうだ」と。
今回は、ポケモンがRSウイルスに感染した場合の迅速検査の価値ついて書きます。
ポケモンの状態異常
ポケモンは特定のわざ・どうぐの影響で、まひ・こおり・やけど・どく・ねむりの状態になります。
これが状態異常です。
まひ状態では素早さが大きく下がり、かつときどき痺れて動けなくなります。
どく状態では、HPが徐々に低下していきます。
この状態異常、複数を同時に持つことは決してありません。
まひ状態になれば、どくになるわざを受けてもどく状態にはならないのです。
状態異常は1つまで。
これがポケモンのルールです。
このルールは他のゲームでは適応されず、たとえば私が中学生のときに夢中になっていたファイナルファンタジーでは、モルボルという敵が使う「くさい息」という技を受けると、毒・暗闇・沈黙・バーサク・睡眠・スロウ・石化中・混乱・カーズと、本当にたくさんの状態異常を同時に持つことができました。
もしポケモンがRSウイルスに感染すればどうなるか
さて、もしポケモンがRSウイルスに感染すればどうなるでしょうか。
ポケモンの世界では、状態異常は1つまでという絶対的なルールがあります。
したがって、RSウイルスに感染したポケモンは、他の疾患を合併したり、他の疾患に進展したりしません。
つまり、鼻水が出ているピカチュウからもしRSウイルスが検出されれば、このピカチュウが尿路感染症やアデノウイルス感染症、細菌性肺炎、中耳炎、心筋炎、川崎病になることはありません。
このピカチュウはRSウイルス感染を持った時点で、他のあらゆる疾患から守られます。
そのピカチュウが生来健康で1歳以上であれば、「RSウイルスが検出されたら、鼻水を適宜吸引していれば治ります」という対応で確実に元気になるでしょう。
ですが、現実はポケモンの世界とは違います。
「RSウイルスが検出されたら、鼻水を適宜吸引していれば治ります」という対応は、現実世界でもほとんどのケースで正しいものの、実際は症状の本体がRSウイルス感染症から離れていることもあるので注意が必要です。
RSウイルス検査に意味があるのか
お子さんからRSウイルスが検出されても、他疾患の合併が否定できたわけではなく、また他疾患への進展が防げたわけでもありません。
これがポケモンの世界とは違う、現実です。
すなわち、本当に病気の本体はRSウイルスなのか。
抗菌薬は使わなくていいのか。
中耳炎の合併はないのか。
RSウイルスが検出されても、小児科医は引き続き注意深く子どもの診療にあたるでしょう。
さらには、RSウイルスとライノウイルスは合併しやすいという報告があります。
長野県松本地域の1医療機関における小児呼吸器感染症由来ウイルスの検出状況では、151人の下気道炎症状および喘鳴症状のある子どもに対しウイルス検査を実施し、そのうち11人(7.3%)にRSウイルスとライノウイルスの合併を認めることを示しました。
つまり、RSウイルスが見つかったとしても、他のウイルス感染すら否定できないことになります。
そして、下気道炎および喘鳴を持つ子どもからRSウイルスが検出されなかったとしても、安心することも慌てることもできません。
その場合、確率的にはライノウイルス感染である可能性が高いです。
そしてRSウイルス感染とライノウイルス感染とで、ケアの方法は変わりません。
結局、RSウイルス迅速検査が陽性であっても陰性であっても、私は医学的なメリットを感じません。
それが1歳以上で、入院を要さないほどの重症度で、基礎疾患がなければ、特にです。
この「1歳以上で、入院を要さないほどの重症度で、基礎疾患がない」というのは、RSウイルス検査の保険適応すらない状況です。
臨床的な価値を見出せない上に、保険適応外の検査を強要されると、私はとても心苦しくなります。
この葛藤については、こちらの記事にも書きました。
余談:オッカムの剃刀
「クレンブテロールを大量に飲んでいる。それは事実なんですよ」
「まさか、その事実ひとつでご満足を?」
「”ひとつの物事を説明するのに、最も単純な説明が真理に近い” オッカムの剃刀ですよ。クレンブテロールが低カリウム血状態を引き起こし、神経症状に発展し、さらに腎炎までもたらした。全部これで説明できる。大変シンプルだ」
フラジャイル 8巻
フラジャイルは好きな漫画の一つです。
8巻から読み始めても、まったく問題ないです。
オッカムの剃刀(かみそり)について、「理論は、できるだけ少ない仮説で成り立っている方がいい」と私は解釈しています。
思考節約の原理とも言われますね。
要するに、「理論の余分なところは剃刀でどんどん削ぎ取ってしまえ!」という考え方です。
RSウイルス検査が陽性だったなら、すべての症状をRSウイルスで説明してしまおう。
これこそオッカムの剃刀です。
これは基本的に正しいと私は受け止めます。
ですが、人間はポケモンではありませんので、RSウイルスが陽性であっても、他の疾患や感染症を否定することはできません。
まとめ
ポケモンは状態異常を一つまでしか持てません。
ですので、ポケモンにRSウイルス迅速検査は非常に有効です。
なぜなら、RSウイルスが陽性であれば、他の疾患をすべて除外できるためです。
ですが、子どもたちはポケモンではありません。
RSウイルスが検出されても、それが病気の本体かどうかは分かりません。
他の疾患を合併している可能性もあります。
その後、どのように病気が進展するかもケースバイケースです。
個人的な思いとしては、RSウイルスが陽性となって、「診断がついたからもう大丈夫だ」となってしまうことのほうが心配です。
治療は症状に合わせて行うべきであって、迅速検査でひっかかったウイルスに応じて行っているわけではありません。
「風邪の診療は対症療法しかない」と聞いてがっかりされる親御さんはいますが、まさにこの対症療法が大切です。
鼻水が多い場合は、しっかりと鼻を吸っていくケアが大切です。
そして症状の変化を見逃さない技術も、小児科医には求められます。