3か月の乳児。激しい咳嗽を主訴に母親に連れられて来院した。約1週前から鼻漏と咳嗽とを認めていたが元気であった。昨晩から発作性に、顔を真っ赤にして途切れなく続く咳嗽と、それに引き続く息を吸い込む際の笛を吹くような音を繰り返したため受診した。体温37.2℃。診察時には呼吸音に異常を認めない。血液所見:赤血球402万、Hb 11.9g/dL、Ht 39%、白血球26100(桿状核好中球1%、分葉核好中球14%、単球2%、リンパ球83%)、血小板23万。CRP 0.2mg/dL。
この疾患について正しいのはどれか。a 空気感染が主体である。
b 成人期には発症しない。
c ワクチン接種は無効である。
d 潜伏期間は10日前後である。
e 罹患によって終生免疫は得られない。第109回医師国家試験 D51
これはなかなか教育的な問題です。
特に選択肢b「成人期における百日咳の動向」と、選択肢c「ワクチン接種」は百日咳予防にとって大切です。
今回は、2018年になって変更された百日咳の報告義務と、ワクチン接種について書きます。
このページの目次です。
感染症法に基づく百日咳の届出
2017年12月31日までの百日咳は、指定届出機関(全国約3000カ所の小児科定点医療機関)が保健所に届け出る「定点報告対象」でした。
つまり、2017年以前の小児科定点観測では、おとなの百日咳の動向が不明でした。
しかし、2018年1月1日から「検査で百日咳と診断された症例および、検査確定例と接触があり特徴的な咳を有する症例は年齢を問わず全数把握疾患として報告する」と改正されました。
これによりすべての医師は、百日咳患者の年齢、性別などを診断から7日以内に保健所に届け出なければなりません。
このように変更された理由は、感染症法に基づく医師届出ガイドライン(初版)百日咳に書かれています。
百日咳については、これまでの制度では成人を含む百日咳患者の発生動向が、適時かつ正確に把握できず、対応に遅延が生じる可能性 があることから五類感染症(全数把握疾患)へと改正となった。
感染症法に基づく医師届出ガイドライン(初版)百日咳
今回の変更によって、日本におけるおとなの百日咳の動向が明らかになることが期待されます。
おとなの百日咳の問題
おとなの百日咳の動向が明らかになることで、どんないいことがあるのかについて考えてみましょう。
ネルソン小児科学に面白い記載がありますので要約します。
(ネルソン小児科学 第19版 p1101-1106)
- 現在のアメリカの百日咳症例の60%は青少年と成人であり、年間推定60万人とされる。
- 7日以上咳が続く青少年と成人の13-32%が百日咳だった。
- 青少年と成人における百日咳は認識が低く、診断されない例が多い。
- 青少年と成人は百日咳菌の保菌者であり、乳幼児の感染源となっている。
つまり、子どもが百日咳になってしまう原因は、おとなが感染させているからです。
2018年から百日咳の報告が小児科科定点報告からおとなも含めた全数報告になったことで、おとなの百日咳の動向が明らかになり、子どもにうつしにくい環境を整備できるかもしれません。
(例えば隔離、感染したおとなへの抗菌薬治療、接触者への予防的抗菌薬など)
百日咳ワクチン接種
百日咳の届出の他に、2018年からもう一つ変わったことがあります。
それが、百日咳のワクチンについてです。
百日咳ワクチンについてもネルソン小児科学に面白い記載があります。
((ネルソン小児科学 第19版 p1101-1106))
- 百日咳は世界中で6000万例発生し、死亡例は50万人を超えていた。
- 百日咳ワクチンによって99%以上が減少した。
- アメリカでもワクチン導入前は年間1万人以上百日咳で死亡していたが、ワクチンによって1976年には罹患者が1010人にまで減少した。
- 百日咳ワクチンは3-5年で防御能が弱まり、12年で消失する。
- 自然感染であれワクチンであれ、完全かつ生涯にわたる免疫を得られるわけではない。
- ワクチン接種から時間がたった青少年と成人で百日咳の発生が起きている。
本ページに何度も出てくるネルソン小児科学は、小児科医であれば一度は読んで欲しいと個人的に思ってます。
ネルソンでも強調されているように、百日咳ワクチンの効果は非常に高いものの、終生免疫が得られるわけではありません。
日本でも2013年の小児の年齢別の百日咳の抗体保有状況では、抗PT抗体価10EU/mL以上の保有率は、4-7歳で40%未満に低下とあります(百日咳の抗体保有状況および乳幼児の百日咳予防接種状況の推移―感染症流行予測調査より)。
この結果を受けて、日本小児科学会は「就学前の追加接種を推奨」および「百日咳の予防を目的に、2種混合の代わりに3種混合ワクチンを接種してもよい」という声明を出しました。
(日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュールの変更点)
現在、任意接種ではありますが、5-6歳の時期と11-12歳の時期に三種混合ワクチンという形で百日咳ワクチンを接種することができます。
まとめ
乳幼児は百日咳の危険にさらされています。
その原因の一つは、青少年やおとなが子どもに百日咳を感染させてしまうためと考えられます。
おとなの百日咳の動向を明らかにすることや、青少年の時期にも百日咳ワクチンを追加接種することで、乳幼児が百日咳から守られることを期待します。
最後に、冒頭の国家試験問題の答え合わせです。
答えは「d:潜伏期間は10日前後である」です。
ただ、「e:罹患によって終生免疫は得られない」もネルソン小児科学的には正解です。
(国家試験的には、「罹患によって終生免疫は得られない場合もある」であれば正解でしょうが、「得られない」と言い切るのは間違い、というところでしょう)